その282 法王国で

「すっげ……」


 俺が実際に法王国に来たのは一度だけ。

 それこそ、オリハルコンの輸送任務を引き受けたあの一度きりである。

 しかも到着するなりオベイルに実力を確かめられてしまったから、法王国の中を見る事は出来なかった。

 そう、見る事が出来たのは外観のみ。

 そんな俺が見渡すのは法王国の素晴らしい街並み。

 整地された区画と凝った建造物。歴史を感じる才能の結晶たち。

 彫刻、硝子、衣服のソレは、決して他の国では感じる事の出来ない気品さで溢れていた。

 冒険者ギルドもそうなのだろうか? そう思いつつも、まずは法王国へ配達を済ませるべき。ここはぐっと堪えて法王国の城――ホーリーキャッスルへ向かう。

 なんという厨二感満載なネーミングだろうか。

 名前が頭を過る度に眉がくっつきそうになるが、これもお国のお偉いさんが決めたのだ。仕方ないだろう。


「お待ちしておりました、ミケラルド様」

「……へ?」


 待ち構えていたのは角刈りの大男。法王国騎士団、アルゴス団長直轄第二部隊隊長――ストラッグだった。

 彼とは顔見知りである。オリハルコン輸送の時に一緒に行動をしたのは記憶に新しい。

 どうやら法王国も俺を冒険者として迎えるつもりはないらしい。

 そもそも、その冒険者として訪れる初手を彼によって塞がれてしまったのだから。


「お久ぶりです、ストラッグさん。その節はどうも」

「我が名を覚えておいでとは光栄であります」


 かしこまったストラッグは、静かに目を伏せ、更に頭を下げた。

 こういうところは見習わないといけないな。過去は過去、そして今は今でちゃんと使い分けている彼は、素晴らしい騎士と言えよう。


「法王陛下と皇后陛下がお待ちです」

「……冒険者ギルド、ですか」

「流石のご慧眼けいがん、恐れ入ります」


 流石に用意が周到過ぎる。リプトゥア国の首都リプトゥアで用事を済ませた俺は、更に首都リプトゥアから転移でドルルンドへ飛んだ。

 そしてドルルンドから南下して数時間で着くのがこの法王国である。

 おそらく俺がリプトゥアにいた時点で、俺の情報は冒険者ギルドへと運ばれ、俺の身体能力を考察しつつ、到着時間を予測したのだろう。

 法王国は他国よりも歴史深い国。飛び抜けたSSSトリプルの実力も把握しているだろうし、それ以上のZ区分ゼットくぶんだったであろう古き勇者の記録すら残っているだろう。

 ならば、俺の速度も予測出来て然るべきなのだ。

 ……ただ、彼らの情報収集能力を少々見誤っていたのは否めない。

 俺はストラッグの後ろでそんな事を考えながらホーリーキャッスルの中を見回しながら歩いた。

 純白で光沢すら見える廊下は、一体どんな構造で出来ているのだろうか。

 マジックスクロールにクリーンウォッシュ機能を搭載しているのか?

 ならば、魔力は外界から? それとも人力? いや、これはそのどちらでもない。おそらく人間から零れ落ちた微量の魔力を使って清潔を保っているのだ。

 面白いな、今度ウチでも採用しよう。


「ミケラルド様は聖騎士をご存じでしょうか?」


 前を歩くストラッグから、そんな質問が聞こえた。


「ストラッグさんもそうなのでは?」


 俺の聞き返しにストラックがくすりと笑う。


「ははは、私では聖騎士様の足下にも及びませんよ」


 はて? ストラッグは聖騎士じゃないのか?

 …………そうだった。彼は法王国騎士団、、、、、、

 聖騎士団とは言っていなかったな。

 という事は、つまり聖騎士は別にいるという事か。


「聖騎士は競争率の激しい聖騎士学校を勝ち残り、法王陛下に認められた者のみが許される称号。その戦力は最低でもランクS。中でも法王国最強の神聖騎士に認められた者は現法王国でも二人のみ。その実力は剣神イヅナ殿にも迫ると言われております。それ故、この国では聖騎士はシンボルとまで言われ、多くの民が敬い、慕っているのです」


 だったら、そいつらがこの前の輸送任務を引き受ければ…………って、多分それが出来なかったから俺たち冒険者や普通の騎士団を使ったのだろう。

 なるほど、サッチが娘を通わそうとしている聖騎士学校ってのは、こういった理由で馬鹿高い入学金やらが必要なのか。

 おそらく入学出来たところで卒業出来るかもわからない競争率の激しい学校なのだろう。まぁ、俺には縁のないところだろうな。


「興味深い話ですね」

「いえ、実はそれはこちらのセリフなのです」

「ん?」


 謁見の間へ続く扉を開けたところでストラッグが下がる。

 遠目には皇后アイビスと、法王らしき存在が座っているのが見える。

 ストラッグの最後の言葉は意味深過ぎるが、ここで止まる訳にもいかない。

 俺は静かに歩き始め、彼らの下へ向かった。

 しかしどうしよう。相手はこちらを元首として迎えているようだが、こちらの服装は冒険者のものだ。ドラキュラスーツを着てくれば良かったと後悔しているところだ。

 俺は少し目を伏せ、彼らに挨拶を述べる。


「法王クルス・ライズ・バーリントン殿、そして皇后アイビス殿、お初にお目にかかります。我が名はミケラルド・オード・ミナジリ。ミナジリ共和国の元首――」

「――剣神イヅナを破った男、であろう?」

「っ!?」


 おかしい。

 剣神イヅナとの勝負は、身内ですら知らないはず。

 俺は正面で俺をじっと見つめる男を見た。

 皇后アイビスも若々しいと思ったが、彼はその比ではない。

 本当に七十を超えているのかと見紛う程だ。

 四十……いや、三十後半にすら見えるこの強烈な存在感を発する男。

 なるほど、魔力もアイビス以上……そういう事か。法王国のトップは、おそらく俺と同等に近い実力者。


「クルスだ」


 ニカリと笑うこの男、一体どんな男なのか。

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