その284 聖騎士クリス

 銀八割、金二割程の程よい装飾の軽鎧けいがい

 実戦用とは言えないな。ミスリルに金を混ぜるのが悪いとは言わないが……って、相手は聖騎士である前にこの国の王女だった。なら仕方ないのか。

 赤茶の長い髪を結い、少々気が強そうだが、中々端正な顔立ち。ポニーテールとはおっさんの好感度上げてきますねお嬢さん。

 歳の頃合いは二十前半。肌艶良く健康的。素晴らしい女性と言えるだろう。

 個人的にはレミリアの方が好みではある。がしかし、世界の美は俺にとても優しいと言わざるを得ない。

 そんなクリス王女は目を瞑りながら静かに時を待っていた。

 俺はそんな時を邪魔出来ないと思い、静かに彼女に近づく。

 …………おかしい。そろそろ話しかけてきてもいいはずだが?

 ここは俺から話すべきだろうか?

 ちらりと法王クルスの方を見ると、彼はただくすりと笑っていただけだった。

 はて? 何故彼は笑っているのだろう?

 ……仕方ないか。


「あのー?」


 俺が声を掛けるや否や、眼前のクリス王女はビクついてしまった。


「んな!? い、いつの間にっ!?」


 かなり驚いてしまったご様子。

 ははーん、なるほどなるほど? 法王クルスから相手を用意すると待っていたはいいが、その相手が気配を殺して近付いて来たから目を開けるタイミングを逃してしまったと。

 なるほど、演出に拘り過ぎたが故の若き過ちだな。

 法王クルスが笑うのも無理はない。

 俺が気配を殺さずに近づいていたら、きっと「どこの誰だかわからんが~」とかの台詞から口上を述べた事だろう。


「ど、どこの誰だかわからんが、私に接近を気付かせないとは中々やるようだなっ!?」


 ニュアンスが違うだけでこんなにも面白くなる台詞がこの世にあったとはな。

 なるほど、この子もエメリー同様に面白い。

 俺は再び法王クルスを見る。

 俺の事は話してないのかね? ……うん、あの笑顔は話してないな。

 正直、あの性格は嫌いじゃない。何たって俺に似てる。

 同族嫌悪なんて言葉もあるが、この場合は違う。

 あの法王クルス……俺と一緒で人生を楽しんでるな? なるほど、若々しいはずだ。

 さて、そろそろ平静を取り戻したであろうクリス王女には、どうやって俺の事を知らせよう。


「名乗っておきましょうか」

「必要ない、どうせすぐに忘れる」


 ふむ、中々増長した感じに育ってらっしゃる。

 これだな? 法王クルスの狙いは? お転婆娘に世界広しと教育すべく俺という相手を用意した。

 なら、こちらもそれに合わせたセッティング、、、、、、でいくか。

 相手は聖騎士。ストラッグの話では、冒険者換算最低でもランクS程。

 卒業したばかりならほぼSだろう。たとえ法王クルスの娘だとしてもな。

 身に纏う魔力がそれを物語っている。ランクSとSSダブルの間……ランクS+ってところか。法王クルスはきっと俺の性格も知っているのだろう。

 そして、俺が法王クルスの狙いに気付く事もわかっている。

 それでいて尚この対戦カードを組んだって事は。

 ……好きにやれって事だな。

 ニヤリと笑った法王クルスが手を上げ、クリス王女が剣を構える。


「始め!」


 直後、クリス王女が駆けた。


「やぁああああああっ!」


 相当自分に自信があるのだろう。初手薙ぎ払いなんて中々選べるものじゃない。後ろ手を組む俺の脇腹に剣が直撃する。


「馬鹿な! 真剣だぞ!?」


 刃引きしてないとは恐ろしい。

 まぁ、効きませんけどね。

 腹筋の硬直、【外装強化】諸々の防御能力向上。

 剣神イヅナの剣で抜けなかった俺の皮膚や外装が、小娘に抜かれる訳がない。


「くっ! もう一度!」


 上段、下段からの切り上げ、払って突いて押し込んで。


「何で!?」


 響くのはまるで金属音かのような甲高い音。

 だが、俺の身体には髪の毛程の傷も付かない。

 情熱的なアタックではあるが、俺の心には何も響いてこないのだ。


「……格が違い過ぎたか」


 そんな法王クルスの言葉と、


「先に申したであろう」


 皇后アイビスのやり取りが聞こえるも、


「この! この! このっ!」


 クリス王女には一切聞こえていない様子だ。


「そこっ!」

「っ!?」


 あっぶね!


「っ! わかった! どうやら顔が弱点のようね!?」


 違う、髪の毛ばかりはそうもいかないからだ。

 今のはどう見ても河童ハゲコース一直線の攻撃だった。


「はぁああああああっ!!」


 一般人からすれば目にも止まらぬ攻撃……なのだろうが、剣神イヅナと比べてしまうとやはりスローテンポである。顔を重点的に狙うのは悪くないが、髪型を変えられるのはよろしくない。

 髪型? あー、そうだ。


「ほらほらほら! いつまで避けきれるかしら!?」

「よ、ほ、ここかな? よし、ほい、よっと!」

「はぁはぁはぁ…………嘘でしょ?」

「どうです? いい感じに纏まったのでは?」


 顔を傾け、クリス王女に見せるのは我が髪型。

 聞こえるのは法王クルスの失笑。


「わ、我が娘の斬撃が散髪代わりとはなっ! はははは!」

「ちょうどそろそろ切ろうかと思ってたんですよ。似合います?」

「私の……私の剣を侮辱して何が楽しいっ!」


 お怒りはごもっとも。だが、今回はそんな彼女の自尊心を砕く事が目的だ。

 現代では不必要かもしれないが、この世界では絶対に必要な事。

 聖騎士学校、聞こえはいいが……おそらくこのクリス王女は野で戦った経験がない。この世界でそれは、本当に危険な事。

 だから法王クルスは、父親として娘の教育をしているのだろう。

 ここは心を鬼にして戦わなくては。

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