その248 新生ミナジリ共和国

 整地した街道。

 整備される国境。関所の前に立てられた看板を目にする旅人、商人、冒険者。


「ウッソだろ……」

「こらたまげた……」

「マジかよ」


 そんな声を聞きながら、俺は関所を通る人たちを横切って行く。

 無視をしている訳ではない。仕事をしているのだ。それは、元首ミケラルドによる公開デモンストレーション。

 街道には至る箇所に柱があり、その上を凹面おうめんの水路が敷かれている。これに微量の風魔法を付与エンチャントすれば、首都ミナジリまでの循環水路の完成である。

 そこへ、突如やってくるモンスター。

 というのは周りから見たものだ。

 あのゴブリンの集団はジェイルが追いやってこちらに差し向けた連中だ。

 人だかりにいた冒険者たちが前へ出るも、ゴブリンたちはある一定距離まで近づくと……ギョッとした顔つきになり、そのままきびすを返して去ってしまったのだった。


「なぁミック」

「来てたんだ、マックス」


 俺の隣まで来て柱の上を流れる水を指差す。


「あれってもしかして……」

「そ、【聖水】っ♪」


 笑顔で言った俺に対し、硬直するのはマックスだけではなかった。

 皆がそれ程驚くのも無理はない。何故ならこれは、関所からミナジリ共和国までの安全を約束されたようなものだから。

 ここは冒険者が弱小とうたわれるリーガル国のお隣さん。

 冒険者が弱い理由は、出現するモンスターが低ランクであるため。低ランクモンスターは総じて【聖水】を嫌がるものであり、街道全域に【聖水】の結界が張られたという事は――、


「ウッソだろ!?」

「こらたまげた!!」

「マジかよ!?」


 驚きがグレードアップして再登場してしまうのだ。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「う~ん……」

「何唸ってるんだよ、ミック?」

「いやさ、ミナジリ共和国の領土なんだけど、当然、ここから東はリーガル国の領土なんだけど、西側はシェルフだろ? だけど、バルトにもらったシェルフの領土を見たら、意外に狭くてな」

「人口数万だからなシェルフは」

「つまり、自然に配慮しながらであれば、これまで以上の領地を使える」

「…………まだ人口数千ちょっとじゃなかったか? ミナジリ共和国は?」

「ソウダネ」

「まぁ、これがあれば自然と増えるだろうけどな……」


 言いながらマックスは聖水路を見上げる。


「お触れは今日にでも出るだろうから、その内仕官志望の連中も来るだろうぜ」

「あー、そういうのもあったか。うん、そっちはシュッツに任せよう」

「忙しそうだな」

「忙しいよ。この後国境線上に外壁作って、マッキリー方面の関所と首都リーガル方面の関所を作らなくちゃいけないし、そこに【テレフォン】用のマイク置いて、人員配置して、一つ町を作る」

「はぁ!?」

「首都リーガルから直接来る人の事も考えないといけないしね。大丈夫だよ、割く人員はもう決まってるし、簡素な造りだから」

「そんなのを一日でやるとか……益々ヤバイな」

「化物染みてると言ってくれていいんだよ、クマさん」

「ぐっ、折角濁してやったっていうのに……!」

「因みにこれは一日じゃなくて午前の予定だから」

「…………前言撤回。化物染みてるわ、ミック」

「どうもありがとう」


 ニコリと笑顔を振りまいた俺は、正に今読み上げた午前の予定をなぞる用に行ったのだった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「……ミケラルド様」

「何でしょうドマークさん♪」

「確かここは首都リーガルだったと記憶しておりますが……」

「えぇ、ミケラルド商店四号リーガル店へようこそ!」

「加えて……あなたは先日ミナジリ共和国の元首となった方だったと記憶しております」

「そうですね」

「あなたは商人の枠で終わる方ではないのは重々承知ですが、何故ここに?」

「あぁ、さっき呼ばれたんですよ。エメラさんに」

「……エメラ殿は人間だったと記憶しています。いえ……もしやっ!?」


 目を見開いたドマークが想像したものは当然ギルド通信という連絡システムだ。

 だが、ドマーク程の大商人なら知らないはずがない。

 ギルド通信が民間に出回る事はなく、冒険者ギルドが門外不出の技術と謳っている事を。

 実情レンタルの水晶は、未だ冒険者ギルドの上層部によって信用されており、俺の作ったマイク型の【テレフォン】は、現在ギルド本部内での試験運用に使われている。

 ギルドマスターディックとゲミッドの話によると、安価であり、精度の高さとして問題はないという話もちらほら出ていると聞くが、ギルド上層部が首を縦に振るかはわからない模様。

 がしかし、ドマークはその情報を知らないだろう。

 だからこそ知ってしまうのだ。こちらの新技術に。


「……契約書の準備をしたいのですが、いかがでしょうか?」


 目を光らせた狸なドマークは、情報の価値を知っているだけに恐ろしい。当然、それはこちらとしても望むところである。何故なら俺の目的は、このドマーク商会にあるのだから。

 応接室に移動し、【交渉】を発動した俺は、ドマークに言った。


「契約金はいりません。ただ、販売数は絞らせて頂きます」

「内容は?」

「ここ以外のドマーク商会の支部はシェンドとマッキリーでしたね」

「えぇ、ミケラルド様に当てられ、最近出店致しました」

「後二店舗増やして頂きたい」

「一つはミナジリ……もう一つは?」

「先程町を造ってきました」

「…………なるほど?」


 珍しくドマークが理解に追いついていない。

 だが、彼もリーガル国の王商おうしょう

 この話に食らいつくしかないのだ。


「なるほど……!」


 今一度言ったドマークの形相は凄まじく、俺は彼の商魂しょうこんを見習いたいと思ってしまった。


「シェンド、マッキリー、そしてリーガル。ミナジリと新しい町分の計五点。ソレをお譲りしましょう」


 静かに頷くドマーク。


「条件に移りましょう。これは簡単です。ミナジリ共和国での売り上げを十パーセント


 俺はドマークの目を見る。

 なるほど、そうかそうか。


「訂正します十五パーセントでいかがでしょう」

「ほっ!」


 驚いた様子のドマークが、少しだけ嬉しそうにふくよかな顎を揉みながら言った。


「お見事です、ミケラルド様。正にギリギリを攻められました……!」


 王商ドマーク商会の名はリーガル国内外問わず有名である。

 そんなドマーク商会を招致し、尚且つ売り上げを要求する。この横暴とも言える理由以上の価値が【テレフォン】にはある。だからこそこの数字はドマークにとっても投資なのだ。

 だが、博打ではない。それがわかっているからこそ、彼は筆に手を伸ばし、契約書にサインをしているのだろう。


「ありがとうございます」

「それはこちらの台詞です。ありがとうございました、ミケラルド様。ミナジリ共和国の未来が楽しみですな」


 固い握手をかわした応接室での一幕。

 思い出してみれば、今日はむさい男としか会ってない気がする。

 女の子成分補充のため、数分後スキップしながらリィたんに会いに行く俺は、その予定が訓練だという事も忘れていた。

 むさい男の方がまだマシな、地獄が待っているのに。

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