その247 元首

 はて? 俺は今一体何て言われたのだろう。

 小首を傾げようとするも、ブライアン王に止められる。


「ミック、先の話を聞き、お前にミナジリを割譲する事は出来なくなった」


 困惑する俺と、背後のざわめき声。


「先の話……と仰いますと……?」

「ここにはミック以外の者がいるではないか」

「は、はぁ……」

「何故この者たちをここへ連れて来た?」

「それは……私の仲間だからです」

「うむ、ここに素晴らしき仲間がいるのだ。だが何故、ここに立たない?」


 直後、俺は気付いた。

 ハッと我に返った時、俺の隣には既にナタリーが立っていたのだ。

 見下ろす俺を見上げるナタリーは、いつものような可愛さよりも際だって……何故か逞しく見えた。


「……あ」


 次にナタリーの隣に立ったのはジェイル。

 彼は口の端を少しだけ上げ、ニヤリと笑う。

 苦笑する俺の視線の端からジェイルの隣へ移動したのは、リィたん。

 その姿、正に威風堂々。他の貴族やブライアン王ですら目を奪われているようだ。

 最後に俺がブライアン王を見る。

 彼が言いたかった真意が、わかったからではない。

 皆と同じ場所を見たかった訳ではない。

 自然と、皆の心が一つになっただけの話なのだ。

 ブライアン王はマントをひるがえし、大きな声で言った。


「皆の者、余はここに、ミナジリ領の割譲かつじょうを宣言する!」


 皆が驚く中、これまでの意見をひっくり返したかのように言ったブライアン王。

 困惑する皆の理解が追い付くのは、おそらくこの後。


「だが、ミック! お前にミナジリ領は渡せぬ!」

「はっ!」

其方そなたには仲間がいる! 命すら分かち合う素晴らしき仲間が! 今、このブライアン・フォン・リーガルの名において、ミナジリの地を、この四名に割譲する!」


 そう、ブライアン王が言いたかったのはこういう事。

 俺一人にではなく皆に。それが王の決断。


「……よもや、異論のある者はおらぬであろう?」


 ブライアン王の鋭い視線が貴族たちに向く。

 すると一歩前に出たのが、ムスリル侯爵だった。

 おや? 彼には先日帳簿不正の忠告をしたはずだが、あれでは根回しが弱かったか?

 だが、それは違った。彼は先んじて言ったのだ。


「素晴らしい! リーガル王万歳っ!」


 それを聞いた時、ブライアン王はようやくお固い顔を、少し綻ばせたのだった。

 直後、俺たちの背中を多くの貴族たちの声が叩いた。


「「うぉおおおおおお!! リーガル王万歳!! ミナジリの地に繁栄あれっ!!」」


 拍手と激励の嵐。

 その中には当然サマリア公爵家のランドルフ、王商おうしょうドマークの姿があったのは言うまでもない。

 この日、ようやくミナジリはミナジリ共和国となったのだ。

 晴れやかな舞台ともいえる素晴らしき場にこの四人でいられた事が、俺は本当に嬉しかった。

 ◇◆◇ ◆◇◆


「聞いてない聞いてない! ミナジリ国じゃないのっ!?」


 貴賓室で待つ俺の前で、ナタリーの声がやたら大きく響く。


「ミナジリ共和国」

「何なのそれ!?」

「一番人望ある人がトップに立って、王様っぽい事をする」

「王様じゃないの?」

「う~ん……元首? でも、一番偉いんじゃなくて、あくまで代表。一定期間の任期が終わったらまた元首を選ぶ」

「誰が?」

「皆が」

「ん~……ミックの言ってる事難しいよ……?」

「シェルフみたいな感じだ。あそこの長のローディさんも皆から選ばれる」

「つまり、エルフ的国家ねっ!?」

「まぁそんなとこ。今度詳しく説明するよ」


 俺がナタリーにそう言った後、リィたんがソファに腰掛けながら言った。


「しかし驚いたな、ブライアン王の最後の啖呵は」

「あぁ、あの『異論のある者は後程書面とミック以上の国益を持って余に届けよ』ってやつ?」


 くすりと笑いながらリィたんが頷く。


「それって単純に、リーガル白金貨一万枚以上用意しないと文句言えないやつでしょ?」

「あぁ、だから陛下は俺にそれを集めさせたんだ。皆を納得させる国益、それをもたらした者に文句を言わせないために。ホント、王としちゃカリスマだよあの人は……」

「それは、余への褒め言葉として受け取ればいいのかな、ミック?」


 貴賓室の扉が開き、聞こえてきたのはブライアン王の声。

 おっといけない、【探知】を怠っていた。


「そ、そういう事にしておいて頂ければ……ははは」

「ふむ、まぁよい。早速だが書面上の手続きだ。これのこことここにサインしろ」


 何という事務的な国の譲渡。

 そして、契約書の書面には不可侵条約も記載されている。

 相変わらず抜け目のない人だ。

 大使には事前の取り決め通り、ギュスターブ子爵の名前。

 彼は現在お引っ越しの準備をしている頃だろう。


「ミック、金は足りてるか?」

「は?」


 いきなり言ってきたので間の抜けた声を出してしまった俺。


「金は足りているのかと聞いている」

「現状はリーガル白金貨を利用しますが、今後はミナジリの硬貨を普及させるつもりです。小国ではありますが、今後はどんどん大きくするつもりなので、ご安心くださいませ。あ、陛下にはこれを」

「何だこれは?」

「【テレフォン】の魔法が入ったマイクという品です。ギルド通信と同じですよ」

「そのような貴重なものを余にくれるというのか?」

「何か困った事があればいつでもご連絡ください。陛下との繋がりの方が私にとっては貴重ですから」

「……ふふふふ、それも褒め言葉として受け取っておこう」

「ありがとうございます。後程、ランドルフ様にも渡しておきます」

「それは助かる」


 ブライアン王は立ち上がり、俺に手を差し出した。

 これまでとは違う対等な相手と認めた握手のサイン。

 俺はその手を取り、ブライアン王の目を真っ直ぐと見つめた。


「大変なのはこれからだぞ、ミック」

「えぇ、ご助力感謝致します」


 そう、ここからが本当の始まりなのだ。

 人間と魔族以外の、第三勢力、、、、の誕生。

 世界がそれを知るのは……はてさて、いつになる事やら。

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