その246 割譲地

 数日の後、俺はサマリア公爵であるランドルフと共に、首都リーガルまでやって来ていた。

 護衛にはリィたん、ジェイル、そしてナタリーである。


「で、何でナタリー?」

「だってミナジリには私の名前も入ってるんだよ? そんな大切な日なのに来ないなんておかしいじゃない」

「確かに。でも何が起こるかわからないし……」

「それに、お父さんとお母さんもいいって言ってくれたし」


 エメラはともかく、クロードが許可を出すとは思わなかったけどな。


「安心しろミック、ナタリーはお前が思っている程弱くない」


 そんな俺の不安を拭うように、リィたんがフォローを入れる。

 しかし、リィたんが他者の強さを認めるとは珍しい。

 いや待てよ? この前コリンが三人で水浴びに行ったとか言ってたな?

 ナタリー自身が鍛えているのは予想していたが、まさかその相手がリィたんなんて事は……、


「「立国~! 立国~!」」


 パンツルックの二人が、手を繋ぎながらその場で嬉しそうに回る。

 とても仲が良さそうである。前なら考えられなかった光景だ。

 ……やはりありえるな。

 サマリア公爵家の応接室で時を待つ俺とランドルフは二人を見ながら苦笑し、見合う。


「してミック」

「はい、何でしょう」

「国家としての実情を伝えるタイミングだが、それは一体どうするつもりだね? まさか建国と同時にミナジリは魔族国家であると伝えるのか?」

「いえ、何かキッカケのようなものがあれば、それに乗っかってしまおうかと思っております」

「うむ、それがよかろう。今回の立国で多くの貴族がミックに味方している。無闇やたらと敵を増やす必要はないからな」

「はい、ありがとうございます」

「ふむ、ならば私が言うことはもうないな」


 そんな時だった。

 壁に寄りかかっていたジェイルが、廊下で聞こえた音に反応し扉に向いたのは。

 入って来たのは、サマリア公爵家の執事ゼフ。


「旦那様、ミケラルド様、お時間にございます」

「うむ!」


 一つ頷いたランドルフが勢いよく立ち上がる。

 俺もそれに続き、リィたんとナタリーは見合って嬉しそうに笑った。

 ゼフとジェイルが開け、そこを通り抜ける俺とランドルフが向かう先は……――リーガル国王ブライアンが待つリーガル城である。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 居並ぶ貴族たち。中には大商人ドマークの姿も見受けられる。

 俺とランドルフの到着に、全視線がこちらへ向く。

 緊張高まるこの空間、ポンと俺の背を押してくれたのはナタリーとリィたんだった。

 重い一歩だったが、彼女たちの応援のおかげか前へ進む事が出来た。

 先行するランドルフが貴族たちの集団に加わり、俺の眼前にはブライアン・フォン・リーガルのみ。

 跪く四人。

 俺の両隣にはリィたんとジェイル。そして一歩後ろにはナタリー。


「壮健か、ミケラルド」

「はっ! 陛下もご健勝そうで何よりにございます」

其方そなたのおかげで潤沢な資金が手に入ったのだ。余は勿論の事、皆心より嬉しく思っている」


 約束のリーガル白金貨一万枚は、既にドマークを通して届けている。

 これなくして俺がこの場にいる事はなかった。


「有り難き幸せに存じます」


 ここに俺の味方は多くない。

 辺境伯であるギュスターブは来られないし、ハンニバル伯爵とサマリア公爵だけでは不十分。だが、味方に回らざるを得ない状況を俺とブライアン王で作り出せれば、それはそれでいいのだ。


「時にミケラルド」

「はっ」

「かねてより余に切望していた望みは何だったか。この場に余に今一度聞かせてくれないか?」


 これは、俺が高らかに宣言する場。

 ブライアン王はその場を用意しただけの事。


「……はい。それは、あのミナジリの地を……陛下から頂く事です」


 両側からざわつく声。どうやら立国の話すら耳に入れてなかったと見える。

 するとブライアン王は少し大袈裟に目を見開き、わざとらしく言ったのだ。


「異な事を。余は既に領地としてミケラルドにあの地を与えた。これ以上何を欲しがるというのか?」

「ミナジリの自治権、土地、民、その全てを陛下から頂きたいと申し上げております」


 すると、背後よりサマリア公爵が俺に聞く。


「ミナジリ卿、それはつまりリーガル国からミナジリを割譲しろと仰るおつもりか?」

「然り……!」


 更にざわつく謁見の間。

 状況を理解している者でも、この発言には驚くだろう。

 これから先、何の協力も無く自らの力で進むという愚行を、理解出来ないという顔ばかりだ。だが、今それは関係ない。俺は、俺たちはブライアン王を見据え、声を揃え高らかに言ったのだ。


「「陛下、どうかミナジリの地を我らにっ!!」」


 しんと静まりかえる謁見の間。


「……ミック、、、


 公式の場で呼ばれる俺の愛称。

 この場でそんな事が許されるのはただ一人だけ。


「はい、陛下」

「良き目をした仲間たちだ。是非、余に紹介してくれぬか?」

「はっ! まず、彼女がナタリー。幼いながらミナジリの領地で多くの政策に協力してくれています」


 気恥ずかしそうにナタリーが頭を下げる。


「ほぉ……ふむ、で、その男は?」

「彼の名はジェイル。我が剣の師であり、友人です」

「ランクSを超える実力を持ったミックの師か」


 ジェイルはただ目を伏せるばかりである。


「なるほど。して、そこの美しき者は?」

「彼女の名はリィたん。我がミナジリ領の守護者にして、私の護衛にございます」

「うむ、かの武闘大会でミックと死力の限りを尽くした女子おなごというは其方そなたか」

「無骨な身故、不作法許されよ……あるじの王よ」


 リィたんの言葉通り、確かにその言葉はこの場にとって不作法だった。

 しかし、リィたんの言葉と存在感は、それを指摘させぬ何とも言いようのない力があったのだ。


「なるほど」


 あごを揉みながらブライアン王が再び四人を見る。

 そして視線でなぞりながら言ったのだ。


「ミケラルド、ナタリー、ジェイル、リィたん。……ふふふ、確かにミナジリを冠する者たちな訳か」

「はっ」


 ブライアン王は、静かに立ち上がり俺の前に立ったのだ。

 そして俺の肩にその両手を置き、静かに、しかし通る声で言った。


「ミック、お前にミナジリをやる事は出来ぬ」


 沈黙響く謁見の間で、俺の目が丸くなった瞬間だった。

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