その216 リッツという男
「凄い、リーガル白金貨百二十枚ですかっ?」
マッキリーの店の応接室でカミナとお茶を呑みながら、商人ギルドとの商談について俺が話すと、最近、旧友のカミナと一緒に昼休憩をとっているエメラの目が光る。
何あれ、光魔法でも使ってるの?
「確かに、【イグドラシルの葉】の性質上、お金持ちの皆さんは喉から手が出る程欲しがるでしょうね」
「病気になってそれ以上の商談が潰れると考えるなら保険としてとっておきたいでしょうからね」
この際、保険の仕事でも始めてみるか?
いや、それを世界に浸透させるには時期尚早か。
この世界の皆は、目の見えないモノに金を出す感覚はまだないだろうしな。
「それで、残りの葉はどうするんです?」
カミナがテーブルから身を乗り出して聞く。
「聖薬草と同じ扱いでいこうかと」
「それはまた……太っ腹ですね」
「とは言っても、今後どれだけの仕入れがあるかまだ不明なので、現状は保留って事で。商人ギルドには月に十枚前後納めるって事で話がついてます」
「年間契約ですか?」
エメラの瞳が再度光る。
「三年間契約です」
「今夜はご馳走ですね」
「期待しておきます」
「あ、ずるい! 私も行きたいですっ!」
「じゃあ今夜、カミナさんも是非屋敷に来てください」
「はい! 是非に!」
イグドラシルの葉を店頭で出すのは少々怖い。
まずは今後の定期収入分を確保してから、ドマークとバルトに困っているお客の斡旋をして頂こう。最近ではそれが功を奏してミケラルド商会を崇めるような人も増えてきてるし、慈善業務も上手いこと歯車がかみ合って、宣伝という結果に繋がっている。
偽善と言われようがそれはそれでいいのだ。これを上手く回す事で経済が回り、雇用も増え、活気に繋がり、また経済が回る。その際、候補の中にミケラルド商店が上位にくればそれはそれでめっけもんなのだ。
そんな事を考えていると、マッキリー店の【テレフォン】が起動した。
カミナがそれを起動し、音声が応接室へ響き渡る。
「はい?」
『そちらミケラルド商店三号店でしょうか?』
「えぇそうです、そちらは?」
『私、首都リーガルのギルドマスター、ディックと申します。そちらにオーナーがいらっしゃると聞いたもので――』
と聞いたところでカミナと通信口をかわる。
「――いますよ、どうしたんです?」
『おぉミック! 来たぞ、例の男だ』
「例の男――っ! わかりました、すぐに向かいます」
俺の反応を聞き何かを察したのか、カミナとエメラがこちらを見る。
「ちょっとリーガルに行って来ます」
「行ってらっしゃいませ、ミケラルド様」
「夕飯までには帰って来てくださいね~」
個性豊かな見送りをされ、首都リーガルへ転移した俺。
四号店に着くなり俺は、すぐに冒険者ギルドへ向かった。
ディックの言う例の男とは
◇◆◇ ◆◇◆
「おう来たか、座りな」
首都リーガルの冒険者ギルド、その応接室に着いた俺は、ディックに言われソファーに腰を下ろす。前に座っていた男は、右眉部分に傷のある中年の男だった。
「おぉ、アンタがミケラルドさんか! 武闘大会、見てたぜっ? 惜しかったな! はははは!」
「ありがとうございます、リッツさん」
おそらくディックがある程度の経緯を話してくれていたのだろう。
俺たち二人は特に弊害なく握手を交わす事が出来た。
支部長の席に腰掛けたディックが、手を組みながらリッツに聞く。
「ではリッツ君、ミナジリ卿に先程の件をもう一度」
「あぁ勿論だ。あれは武闘大会の二日目だったかな?」
二日目、本戦が始まる直前って事か。
「その日の朝、武闘会場のコロセウムに向かってたらよ? 背の低い女に声を掛けられたんだ」
「女……」
「ありゃ声からしても
「調査ですか……」
「だから俺は言ってやったんだよ、『あんなつえーやつの調査なんて受けられない』ってな」
確かにリッツはランクB冒険者、俺との実力差を理解しているし、断る理由も真っ当だ。そもそも何故ランクBの彼を指名しようとしたのか。
「んでその日の夜、仲間内との飲みでよ? 同じ依頼を受けたってヤツが五人はいたんだ。しかも、そん中にはランクDの冒険者もいたんだ」
「D?」
俺がディックに顔を向ける。
すると、ディックはリッツを見たまま顔を動かさなかった。
つまり、まだ情報があるのか。
「ランクDって言ったら、リプトゥア国ではまだ駆け出し。報酬がちらつけば興味が出てくるものだろ? だから詳しい話を聞いてみたんだとよ」
「それで、その方は何と?」
俺がそう聞くと、リッツは出されていたお茶を一気に呑み込んでから言った。
「『どんな些細な情報でも構わないから、ミケラルド・オード・ミナジリを調べて欲しい』ってな」
「些細って……?」
「身長、体重、交友関係、それこそ好みから癖まで何でもござれよ」
え、何それストーカー?
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