その208 きな臭い話

「それは、冒険者ギルドを介していない依頼……という事なんでしょうね」


 静かに頷くニコル。


「当然、その冒険者も警戒したらしく、依頼自体断ったそうですが、知り合いの冒険者たちも声を掛けられていたと仰っていました」

「団体……というのは?」

「声を掛けた者の人相が、全て違った事から複数の存在を確認したと伺いました」

「なるほど、それで団体ですか」

「当然、別の組織や人間という事も考えられますけど、報告する必要があると思いここへ……」

「……わかりました。その冒険者のお名前をお伺いする事は出来ますか?」

「ランクB冒険者のリッツさんです。この後、リーガル国へ向かうと仰っていました」


 ニコルの言葉の後、ディックが立ち上がって言った。


「わかった、リッツがウチにきたら連絡する」

「お願いします」


 ◇◆◇ ◆◇◆


 俺を調べる団体ねぇ……ランクB冒険者の実力を鑑みれば武闘大会の直後乃至ないし大会期間中。その段階で俺に目を付けていた組織がいる……か。

 しかし気になる。何故リィたんではなく俺なのか。

 こりゃそろそろ次の段階に入る頃合いだろうか。


「終わったか?」

「えぇ、そちらは?」

「見ての通りだ」

「見ての通りとは?」

「見てわからないか?」

「綺麗な女性がしゃがみ込み、胸を抑え、汗だくになりながら大泣きしている現場を目撃して、通報事案にならないか不安になる今日この頃です」

「何を言ってる?」


 真顔で首を捻る人間顔のジェイルだが、俺にはそう見えてしまのだから仕方ない。


「結果は?」

「三戦三勝だ」


 レミリアがことごとくジェイルにあしらわれた姿が容易に想像出来る。


「こんな……私の生涯……一体……何だったのだ……ひっく」


 あらやだ可愛い。

 このイケメンと一体どんな事をしたのだろうか。

 ……まぁ、勝負以外の何物でもないんだけどな。


「剣聖を泣かせる無名の剣士ってのも面白い構図なんですけど、あんまり無理しないでくださいよ。彼女の心が折れちゃ意味ないんですから」

「それは……うむ、わかっている」

「ほら、彼女の良いところを褒めてください」


 俺が小声で伝えると、ジェイルは頬を掻き中空を見上げながら思い出すように言った。


「筋は悪くない。ここで半年も鍛えればSSダブルの実力は付くだろう。うん」


 トカゲ師匠にしては悪くない褒め方だ。

 それに、ちゃっかり三ヶ月の約束を倍にしている。

 でもジェイルの事だ、意図した言い方ではないのだろう。つまり、それだけのポテンシャルを剣聖は持っている。そういう事だ。


「……ぐすん……ほ、ほんとうか?」


 あらやだ可愛い。

 よし、これで機嫌を直してもらおう。


「さぁ、約束のプレゼントですよ」


 俺は闇空間を発動し、中からオリハルコンの剣を取り出す。

 ごくシンプルなロングソードではあるが、隣のジェイルが唸る程の刀身である。


「おぉ……おぉ……」


 感嘆の声以外は出ない様子のレミリアに、俺が補足する。


「一応、付与エンチャントはしていません。とりあえず一週間はそれで過ごしてもらって、希望があれば後程させて頂きます」


 剣を受け取りながら、ぶんぶんと首を縦に振ったレミリア。

 どうやら早速試し斬りをしたいようだ。

 そんなレミリアを見て、くすりと笑って見合う俺とジェイル。

 俺はパチンと指を鳴らし、レミリアの周囲にいくつもの土塊つちくれ人形を出現させる。

 腰を落とし剣を構えるレミリアが静かに目を閉じる。

 次に目が開いた瞬間、土塊つちくれ人形は粉微塵になっていた。


「流石~」


 口を尖らせ感嘆の声を漏らす。

 これはいくら魔力があっても足りないかも、そう思った矢先だった。

 俺の後ろから、のしのしと重い足音が聞こえてきた。


「おいおい、何だそいつぁ?」


 やたら口がデカく目付きの鋭い大男。それがこの男の第二印象、、、、だった。


「ドゥムガか、今日より私の指導を受ける事になったレミリアだ」

「ジェイルのぉ? そらまた奇特な人間だな」


 レミリアが人間ドゥムガを見た後、俺を見る。


「彼は?」

「いつもここでジェイルさんと訓練してるドゥムガさん」

「ほぉ、それは失礼した。レミリアだ」

「ドゥムガだ」


 そんな二人の挨拶を見てピンときた俺は、ジェイルを見る。


「あぁ、今の二人ならばいい勝負をするかもしれんな」

「あぁ? 俺様がこんな小娘とぉ?!」

「それは聞き捨てならんな。こんな大男に私の剣がかわせるとでもっ?」


 ジェイルの一言で頭に血が上ったのか、二人は既に数十秒前に行った自己紹介を忘れたようだ。


「やってみればわかる」


 ジェイルの一言に二人は睨み合って押し黙る。

 なるほど、既にジェイルは二人にとって師匠のようなものなのかもしれない。


「……今、木剣を――」

「――おっとその大事そうな剣が傷付くのが嫌なのかい?」

「……そんな柔そうな肌を傷付けてはいけないという私の慈愛の心からだ」

「はっ、慈愛なんて心があったら最初から剣なんて握らねぇんだよ」


 流石ドゥムガ、煽りに関しちゃ分があるな。顔をピクピクと痙攣させ怒りを見せるレミリアには、確かに慈愛なんて言葉は似つかわしくなかった。

 おぉおぉ殺気立ってるなぁ。いいなこの空気。

 ドゥムガの成長も見られるし、レミリアの剣筋も勉強になるし、一石二鳥というやつだ。


「いつでも来い」

「はん、そっちが来るんだろ!」


 ジェイルの合図と共に、レミリアとドゥムガの殺気が交わる。


「始め!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る