その207 剣聖への勧誘

「賭け……だと?」


 怪訝けげんそうに眉をひそめるレミリア。


「先程お聞きになったように、こちらのジェイルさんは私の剣の師。今回来て頂いたのは単に剣をプレゼントしようという話ではありません」

「というと?」

「一週間」

「何?」

「一週間、一日に何本でも構いません。ジェイルさんと勝負をしてくれませんか? それはきっと、あなたのかてになる」

「それは願ってもない話だが、それが賭けになるのか?」

「その一週間の間に、一本……いえ、一太刀でもジェイルさんに攻撃を当てたのなら、レミリアさんの勝ち。一太刀も当てられなかったのなら負け」

「……それで? 賭けの対象は? まさか剣とは言うまい?」

「えぇ、それは勝っても負けてもプレゼント致します。賭けたいのはレミリアさんのミナジリへの長期滞在」


 俺がそう言い切ったところで目を丸くしたレミリア。

 するとディックが呆れ交じりに理解を示した。


「はぁ~、なるほどな。一週間では噂が広まるには期間が短い。だが、一ヶ月でも剣聖がいれば噂が広まり人が集う。依頼や消費は増え、領地が活性化するって訳か」


 つまるところの客寄せパンダ。

 ……おや? 扉の外に誰かの気配? これは……ニコル?


「……具体的な期間は?」


 レミリアは既に乗り気だ。

 しかし、賭けの内容を聞いて尚乗る理由は何だ?

 始めから乗り気だったとは思えないし……?


「三ヶ月以上とだけ。それ以上滞在するか出て行くかについては、レミリアさんの自由にしてくださって結構です」

「条件がある」


 なるほど、乗り気の理由はこの条件にあるって事か。


「伺いましょう」

「一週間を超えてもジェイル殿と戦う許可を頂きたい」


 今度は俺が目を丸くする番だった。

 俺は隣を見て、軽く頷くジェイルを見た後、肩を竦めた。


「いいでしょう、ご協力に感謝を」

「剣の礼と考えれば安いものだ」


 握手をかわし、レミリアはジェイルと共に広場へ向かって行く。


「よぉミック、二人きりだな?」

「おっさん顔で言われても嬉しくないですよ、ディックさん」

「ニコルだったらいいってか? あぁん?」


 まるでチンピラに絡まれているようだ。


「そうですね、ニコルさんなら言われてみたいですね」

「だってよ、ニコル?」

「ふふふ、三人きりですねミケラルドさん……」

「そんな言葉初めて聞きましたよ」

「にゃろう、ニコルが隠れてるの始めから知ってたな?」

「何か意図しての事だと理解してましたからね」


 俺が言うと、先程レミリアが座っていたソファーに二人が腰を下ろした。

 いつかの取調室を思い出すが、今回は室内がそれ程狭くないのが救いか。

 肘を膝にのせ、ディックが俺を睨みながら言う。


「お前、どういうつもりだ? 【剣聖】なんか呼び寄せて?」

「元々落ち着いたら来るって話だったんですけどね、剣の制作は意外に早く終わったのでジェイル師匠に伝言を依頼しただけです」

「剣聖はともかくとして、昨日は【魔帝】を見かけたという報告がありましたが?」


 まぁニコルの情報網は侮れないしな、これは予想範囲内である。


「そう、だから俺はここに来たんだ」

「おや、てっきり気軽に来られるから遊びに来てるのかと」

「そりゃ今日じゃねぇ」


 いつもはそうって事じゃねぇか。


「……はぁ、別にランクS同士で群れる事は悪くないでしょう? 食客としてミナジリ領にいてくれれば、それだけで領内の治安は良くなりますから」

「あのな、ここの警備がどれだけのもんか本当にわかってるのか?」

「リーガル国とシェルフが攻めて来ても、追い返せる程度には強固だと自負しています」

「まあ……」


 ニコルがわざとらしく驚く。


「更に魔帝と剣聖だぞ? 冒険者ギルドが目を付けるのも無理ないだろう」

「付けてるんですか?」

「……いや、まだだ」


 どうやら、今回はディックの個人的な興味の方が強いようだ。


「だが、高ランク冒険者の所在は、冒険者ギルドでチェックするのが決まりだ。|直《じき

 》に本部へ知られる事になる」

「それも狙いの一つです」

「あぁ? どういう事だ?」

「ランクSの依頼がここに集中するじゃないですか。遠方の依頼でも対処出来る力もあるし、人員も揃ってる。その内、冒険者ギルド本部もこのミナジリこそが信頼足る場所だと理解するはず」

「そう簡単にいくとでも?」

「いかないでしょうね~」

「ったく、これだよ……」

「頭では否定しつつもここに頼るしかない。それを構築出来ればいい訳です。幸い、現在は私に依頼を集中させる魂胆……そうディックさんから聞いてますからね。ところで……何故ニコルさんがここへ?」


 俺の質問に、ディックが押し黙る。

 そして隣へ視線をやると、かしこまったニコルが落ち着いた声で話した。


「少し、きな臭い話を耳にしました」

「きな臭い話……ですか?」

「依頼こそ少ないものの、シェンドの町の冒険者ギルドの協力もあり、このミナジリの冒険者ギルドにも徐々に冒険者が集まって来ました。当然、他国からやってくる物好きな冒険者も珍しくありません」


 物好きとは心外な……。

 しかし、ニコルの次の言葉を聞いた時、確かに思ってしまったのだ。


「その冒険者の中に、リプトゥア国から来た冒険者が私に言っていました。『ミケラルド・オード・ミナジリを調べる変な団体から調査依頼を頼まれた事がある』と」


 なるほど、物好きな団体がいるみたいだな。

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