その203 ミケラルド式根回し

 ハンニバル家のラニエールと握手をかわした後、俺は方々へ走り回った。

 ブライアン王の狙い通りならば、エラニールが遺した情報を頼りに、多くの貴族に根回し……もとい、脅しに近い動きがとれるからだ。


「こ、これは……!?」

「いやぁ、ジャリス卿がこのような特殊な性癖をお持ちだとは思いませんでした。あ、いや、別に私は風の噂で知っただけでぇ~。あ、でも陛下も聞きつけているとかなんとか?」

「ぬ、くくく……っ!」

「後日陛下がとある提案をなさる予定です。伯爵であるジャリス卿には、是非この提案に乗って頂きたくご相談に、と」

「ミナジリ領の立国を認めろ……と?」


 流石だな、色んなところに噂が出回っている。

 だが、これもブライアン王の狙いの一つなのだろう。

 俺は笑顔だけ向け、それ以上の言葉を噤んだ。


「……ご、ご忠告……痛み入る」


 うふふ。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「いやぁまさか愛人との間に隠し子とは。エルダー子爵家ならば第二夫人に迎えられてもいいのでは? あぁ、そうでした。エルダー卿の奥方様は独占欲の強い方でいらっしゃるとか? 穏便に穏便にという考えがこういった結果を招いた事、陛下も気に掛けていらっしゃいました。もしよろしければ私から陛下へ口添えをする事も可能ですが、いかがでしょう?」

「そ、それは誠か!?」

「えぇ、陛下が認めたとあれば、奥方様も強くは言えないでしょう。まぁ、それにはエルダー卿にいくつか呑んで頂く条件というものがありますが……?」

「構いませぬ! 是非に!」


 うふふのふ。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「ミナジリ卿! これは脅迫ではないのかっ!?」

「私はあくまで陛下に査察の任を任されただけの事。昨年計上されたムスリル侯爵家の帳簿には明らかな不備がございました。陛下のご厚意もあり、厳重注意という名目で訪れた次第にございます」

「な、生意気な……っ!」

「おや? それは陛下へのお言葉でしょうか?」

「ち、違う! 断じてそのような事はない!」

「では、発言にはお気をつけくださいませ。『今年の帳簿は正確なものがもらえると信じている』との陛下よりのお言葉です」

「……て、手間を掛けさせたようだな。今後の親交もある。今夜は是非我が家で食事でもいかがか?」

「それはもう喜んで。別件のお話もございます故……」


 …………ふへへ。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 その翌日以降も男爵家、子爵家、伯爵家を走り回り、俺の真摯な願いに呼応して、多くの貴族がミナジリの立国に賛同した。

 侯爵家以上は流石にムスリル侯爵家しか隙がなかった。というより、ムスリル侯爵家以外は、まともな貴族ばかりなのだ。流石にブライアン王も高位の貴族に対しては気を遣っている証拠なのだろう。


「で、こんなに帰りが遅くなった訳だ?」

「おかしい。何でナタリーはこんなに怒っているのだろう? 毎日『今日は帰れそうにない』って連絡してたのに」

「おーいミック~? 心の声が漏れちゃってるよ~?」

「やぁナタリー。あ、これお土産の白金貨百枚ね」

「私がお金を請求したみたいな言い方やめてよね」


 とか言いつつ、大事そうに白金貨がたんまり入った革袋を持つナタリー。

 まぁ、これは個人的なお金じゃないけどね。

 当然それはナタリーも理解している。


「これで農作物分は何とかなるかもね」

「まぁ足りなかったら言ってよ。最悪ミケラルド商店の売り上げから――」

「――大丈夫大丈夫。そこら辺はぬかりないから」

「あ、そう? でも困ったら言ってね」

「うん、ありがとう!」


 明るく振る舞うナタリーに癒されながら、俺は屋敷のソファーに腰を下ろす。


「ぶぃ~……」

「何よその気の抜けた声は?」

「日頃の疲れから……でしょうかね?」

「確かに……ミックの代わりがいればそれは楽になるんだろうけどねぇ」

「けど、ここを乗り越えれば少しは楽になるからさ。もうちょっと頑張るよ」

「偉い偉い。何か食べる?」

「んや、今日はいいかな。その代わり、明日の朝食を楽しみに寝るよ」

「うん、わかった。おやすみ~♪」


 ナタリーの気遣いと声に癒されつつ、俺は自室へと向かう。

 すると、部屋の前にはジェイルが待っていたのだ。

 鋭い眼光から警戒している事がすぐにわかった。

 俺は声を落としジェイルに聞く。


「問題ですか?」

「侵入者だ。とは言っても、既にリィたんが捕らえている」


 ジェイルは首を振って部屋の中を指し、俺の入室を促す。

 中へ入ると、オリハルコンのハルバードを首に突き付けられた、老獪ろうかいそうな男が座っていた。


「来たかミック、待っていたぞ」

「リィたんお疲れ様。これはどういう状況?」

「少なくとも、ラジーン部隊を出し抜く能力は持っていると見た」

「へぇ、それは驚きだね」


 俺は老人に目を向ける。

 すると、老人は俺を睨みながら言った。


「お主がミケラルドか。なるほど、噂通りふてぶてしい顔をしている」

「ふてぶてしいのはお爺さんではありませんか? ここ、一応貴族の屋敷ですよ?」

「そんな事はわかっておる。がしかし、わしにも面子というものがある。この目でお主を見極めねば死ぬに死ねんわ」

「面子?」

「先のランクSの依頼。見事完遂したそうじゃな! 一体どのようにしてあの化け物を倒した!? 儂はそれが知りたくてここに来たのじゃ!」


 先のランクSの依頼? それって俺が解決したハンニバル家の依頼だよな?

 というかランクSの依頼なんてそれしか受けてないし。

 しかし、その依頼を知っているヤツなんて…………待てよ?

 依頼を受けて失敗したってヤツが一人だけいたような気がする。

 ――って、


「もしかしてアナタが魔帝、、!?」

「ガハハハハハ! そうじゃい! 我こそは魔帝グラムス、、、、、、じゃい!!」


 夕食頼んでおけばよかったかな。

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