その204 魔帝グラムス

 豊かな白鬚しらひげ、皺の多い顔と鋭い眼光。

 頭はトゥルトゥルであるが、内包する魔力は確かに強い。


「夜に忍び込むにしては中々斬新なローブですね」

「こりゃ儂のトレードマークじゃ!」


 そんな真っ白なローブ着て凄まれても、こちらは反応に困るというものだ。

 背も小さく見たところ八十代? それ以上かもしれない。


「はぁ~……リィたん。危険はないみたい。放してやって」

「怪しい挙動があれば、斬るからな」


 リィたんは突き刺すような視線を向けるも、グラムスはリィたんの視線等意に介していなかった。


「……ミック、何故この者は私の胸ばかり見ているのだ?」

「まぁつまり……そういう人種って事で」


 ぬぅ、どこぞの漫画に出て来そうなエロ爺ポジションか。

 だがしかし、リィたんの胸に興味を示すとは流石魔帝だ。


「ふん、何ともおっかない女子おなごであったわ」

「おっぱい固定の熱視線ガンランス向けた後に言う台詞でもないよね」

「ほぉ? ぬしも女子に執心のようじゃのう」

「そういうのいいから。で、目的はさっき言ってたやつだけ?」

「いや、まだある」


 これ以上何があるというのだろう。


「茶と……菓子じゃ!」

「リィたん、斬ってもいいって」

「何でじゃああ!? 遠路はるばるやってきた魔帝わしを労うのは当然じゃろうて!」

「呼んでないし。そもそも泥棒じゃん」

「儂がいつ泥棒をしたというのじゃ!」

「じゃあ不法侵入者って事で」

「それは認めようじゃないか!」


 態度が図太いが、正直この性格は嫌いじゃない。


「ほら立ってください。話は応接室で聞きますから」

「うむ、苦しゅうないぞ」


 と、グラムスが立った瞬間、ローブの下からとんでもないモノが落ちてきた。


「これは?」


 俺がワナワナ震えながら聞くも、グラムスは返事すらしなかった。


「ミスリルの彫像だな、応接間に飾っておいたやつではないか?」


 ジェイルが言うと、グラムスはさっと目を逸らした。


「やっぱり泥棒じゃん!」

「ぶはははは! 儂はちゃんと言っただろう! いつ泥棒をしたかと!」

「さっきだ!」

「ほっほ! 正解じゃわい!」


 にゃろう、ホント良い性格してやがる。


「ったく、さっさと歩いてください」

「老人は労るものじゃぞ、若人よ」


 そうグラムスが言うと、


「老いを自覚した策士程恐ろしいものはないぞ、ミック」

「流石ジェイルさん、良い事言う~」

「ぬぅ、ミナジリ領か……やはり侮れんな……!」


 応接間に着き、俺は先の一件の顛末てんまつをグラムスに伝えた。

 当然、書類の詳細については伏せたまま。


「なるほどのう。それはすなわち浄化。これに近いと言える。道理で儂の攻撃が効かぬ訳よ」

「ほぉ、面白いな。戦わずして勝ったとは」

「古今東西あらゆる事象には理由がある。今回は強い思いが原因か。確かに面白い……」


 グラムス、リィたん、ジェイルは各々の感想を呟き俺を見た。


「まぁそんな訳で、私としても今回の戦闘は未知の領域だったんです」

「光魔法でこねてやればいいという訳でもなかったという事だな。うむ、勉強になったぞ、小僧」

「小僧はやめてください」

「では坊主じゃ」


 小僧の方がまだよかったかもしれない。


「それで、ここは何じゃ?」

「不法侵入しておいてその発言が何事ですかね? ようこそミナジリ領へ、グラムスお爺ちゃん」

「そんな事はわかっとる。武闘大会の覇者リィたんがミナジリ領の食客しょっかくだという話は噂にて聞き及んでいた。しかし、屋敷を囲う手練れたちは皆ランクSに近い実力を有している。中でも闇の衣を纏ったあの男はSSダブルに近い実力……」


 ラジーン部隊の事か。


「そして、そこの者」

「む?」


 ジェイルをずびしと指差し立ち上がるグラムス。


「剣の腕だけならば剣神に近いであろう。何故これだけの実力者がこんな辺鄙な場所に集っておる?」


 魔の帝王と言われるだけあって、魔力の多寡には敏感なようだ。

 当然、全員の底は見えていないようだけどね。


「辺鄙かどうかはお前が決める事ではない」


 リィたんの言葉を受け、グラムスが目を向ける。胸に。


「確かに、楽園は存在するようじゃな」


 真顔で決める言い回しがエロ爺過ぎる。

 いや、かつては俺もリィたんの横乳だとか下乳にうつつをぬかしていた事があった。この爺さんの気持ちもわからないでもない。だからこそ言おう、話が前に進まないから。


「リィたん、悪いんだけど外してくれる?」

「む? 仲間外れは嫌だぞ」


 俺もリィたんが離れてしまうのは嫌である。


むしろ特別だよ。ちょっと頼まれて欲しい事があるんだよね」

「面白い事か?」

「まぁそれなりには」


 俺が耳打ちをすると、リィたんは途端に嬉しそうに目を輝かせた。


「うむ、行ってくるぞミック!」


 とても楽しそうである。ありゃしばらく帰って来ないな。

 そんなリィたんの背中を苦笑しながら追っていると、今度はジェイルがずいと顔を覗かせた。


「ミック、仲間外れはいただけないぞ」


 何を言ってるんだ、このトカゲ師匠は?


「ごめんなさい、ジェイルさんじゃ萌えないっす」

「萌え……?」

「いやまぁ、ジェイルさんには別件でお願いしたい事があります」

「ふっ、それを早く言え」


 我が家に棲むリバイアタンとリザードマンは、頼られるのがお好きみたいです。

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