その202 ご報告
「…………そうか、エラニールが」
ディックへの報告の前に、俺はブライアン王への報告を優先させた。
ブライアン王はかつての盟友を懐かしんでいるように思えた。
「これらの書類が隠し部屋にありました」
あの後、ハンニバル伯爵家にあった書類をまとめていた俺は、ブライアン王にそれを渡した。ブライアン王は俺と同じくそれを一枚一枚ゆっくりと読んでいた。
「……なるほど、よく調べてある。アルフレドの事も、その側近ドノバンの事もな」
「えぇ、非常に優秀な方だったと推察致します」
「全て目を通したか。ミック?」
「え? ……はい」
「ふっ、とんだ情報漏洩だな」
自嘲気味に言ったブライアン王の心理は理解出来た。
俺がリーガル国に留まるのであればそれは問題がない。しかし、俺はこの後立国する事を決めている。リーガル国の貴族――その詳細な情報が他国の王となる者に渡ったと考えるのは当然なのだ。
「立国と同時に不可侵条約でも結ばねば割に合わない情報だと思わぬか、ミック?」
流石ブライアン王。何とも上手いかわし方だ。
だが、それはこちらも望むところである。
「陛下が望むのであれば、私が拒む理由はありません」
「うむ、ではこの情報を上手く使え」
「……は?」
「リーガル国の闇、つけいる隙が書いてあるのだ。これらの情報が根回しに必要であろう?」
ニヤリと笑うブライアン王の狙いに気付けなかった俺は、つくづく甘ちゃんなのだろう。
「さ、流石は陛下……!」
「ふふふ、統治者としてもっと励め……ミック」
ブライアン王はこう言ってるのだ。「リーガル国の
賢王と言いたいところだが、狡猾王とかの方がしっくりくる。
まぁ、不可侵条約については別にいいのだが、今後はあの人との会話には気をつけなくちゃいけないだろうな。
◇◆◇ ◆◇◆
リーガル国の冒険者ギルドに入ると、中で
「おう、お疲れさん」
ギルド奥の応接室へやって来た俺は、入口でディックに招かれる。
中へ入ると、気弱そうな青年が一人、ソファーに座っていた。
俺の入室と共にその青年は立ち上がり、心配そうな眼差しで俺を見つめていた。
俺はディックに小声で聞く。
「彼が?」
ディックは静かに頷き、奥の自席へ向かった。
「ラニエール・スルト・ハンニバル様、お初にお目に掛かります。ミケラルド・オード・ミナジリにございます」
「う、うむ。かけたまえ」
金の長髪をまとめ、ソバカスが印象的な真面目そうな青年。
もしかしてまだ社交界に慣れていないのかもしれない。
まぁ、それは俺も同じなのだが、彼の場合は場慣れしていないというのが正解だろうか。
「して、我が屋敷はどうであった?」
それから俺は、屋敷であった事、わかった事を全てラニエールとディックに話した。
二階から地下への隠し階段。ランクA冒険者二人の死体。屋敷にいた霊の正体。故ハンニバル卿が密かに調べていた貴族界の情報。そして、いち早くそれをブライアン王に報告した事を。
「何と……そのような事が……!」
「えぇ、ですからエラニール様はラニエール様への危害は加えなかったのかと」
「確かに……驚く事は多かったが、夜な夜な聞こえていたあの音は生活音に近かったとも言える」
「使用人についてもそうだったのではありませんか?」
頷くラニエールに、俺はようやく全てを理解した。
「
そう言うと、ディックが溜め息を吐いた。
「はぁ……ランクA冒険者の二人は死んでたんだろ? それのどこが平和的なんだ?」
「彼ら二人は優秀だったのでしょう。私同様に地下室まで辿り着いていたのですから。エラニール様が自分が死んだ事に気付かず、屋敷の中枢まで潜り込んだ知らない輩への対処……やむを得ない判断だったと思われます」
「……なるほど、冒険者への認識は泥棒と同義」
「事実、私にも『出て行け』と警告していたところを見るに、殺すという選択肢は最後の最後にとっておいたのでしょう」
俺の説明に頭を掻くディック。
「ったく、本部には何て報告すりゃいいんだか……」
霊の認知度が低いこの世界では異例な事なのかもしれない。
ディックの苦労は放っておくとして、ラニエールはどう動くのか。
「父上が……」
強く拳を握っているラニエールは何かを決心したのだろう。
バッと俺を見て、立ち上がったのだ。
「よくやってくれたミナジリ卿」
差し出す右手をとる俺。
先程と印象が変わったので少々驚きはしたが、これは上手くいったのだろう。
「いえ、仕事ですから」
「成功報酬として、ハンニバル家の交友関係の全てをミナジリ卿に託すとしよう」
「へ?」
俺の目が丸くかわる。
「おや? 陛下から何も聞いていないので?」
何故この会話にブライアン王が出てくるのだろうか。
ラニエールはくすりと笑い、羨望に近い眼差しを俺に向ける。
「なるほど、陛下のお気に入りという噂はデマではないかもしれないな」
「えっと……話が読めないのですが……?」
俺はディックに視線を向ける。
しかし、ディックも肩を竦めて首を横に振るだけである。
「ディック殿は何も知らない。これはミナジリ卿への指名依頼をする前の話だからな」
「そ、それってもしかして……」
「そう、ミナジリ卿への指名依頼を私に勧めたのは、何を隠そう陛下である」
この国に、つけいる隙なんてあるのだろうか?
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