その201 うそつきみっく

 再び二階までやって来た俺は、構造的に明らかにおかしい空間を見つけた。

 部屋と部屋の間が大きく隔てており、その間には壁しかない。

 試しに指でコツコツとその壁を叩いてみると、中に微かな空洞があるという事がわかった。


「こっちはさっきの書斎か。書斎にはそんなスペースはなかった。ならこっちか」


 書斎と壁、そしてその奥には大きな部屋。

 これは現ハンニバル伯爵の寝室だろう。


「ハンニバル卿は気付いてるのか……? いや、においからして人の出入りはなさそうだな」


 そう、人のね。

 部屋の端――すなわち壁側には大きな暖炉。

 当然、人がいないのだ。火など入っている訳もない。

 暖炉の奥を調べてみると、かつての公爵の屋敷のように、鎖と繋がった鉄の輪があった。


「貴族ってのは好きだね~、こういう仕掛け」


 当然、俺も好きなので、帰ったらナタリーと共に秘密基地計画を始動しよう。

 仕掛けを引いてみると、「ガチャリ」という音が部屋に響く。

 部屋に異変はない。


「となると、あっちか」


 ハンニバル卿の寝室を出て、再び廊下に向かう。

 すると、部屋と部屋を隔てる壁には、人が一人通れそうな秘密の入口が現れていた。

 寝室に入口を造った方がバレる心配がないのでは?

 そんな構造上の欠陥を感じながら中へ入る。

 トーチが中を照らすと、すぐにそれは現れた。


「階段……?」


 俺はゆっくりと階段を降り始める。

 へぇ、面白い。二階から地下へ向かう長い階段だ。

 降りている段差、そして段数からそれを理解した俺は、徐々に警戒度を上げていく。

 すると、俺の目の端にソレは映った。


「かなり腐ってるな……」


 それは、体格のいい男の死体だった。

 近くには男の武器だったであろうバスタードソードが落ちている。


「もしかして、行方不明のランクA冒険者の一人か……?」


 ディックは言っていた……ランクA冒険者は二人組だと。

 辺りに散らばる書類の山。軽く目を通すと、そこにはリーガル国のあらゆる貴族の情報が、事細かに記載されていたのだ。これはもしや……?


「もしかして……アナタ、、、、身体はランクA冒険者の片割れなのでは?」


 俺は背後にいた白い服の女を見てそう言った。

 トーチで照らされた女は、甲高いデスボイスを出しながら俺を威嚇したのだ。


「冒険者なのに白いワンピースとは、中々奇抜なファッションセンスですね」


 威嚇は止まらない。だが、奴もわかっているはず。

 動けないという動かしようもない事実に。


「色々繋がりましたよ。やたら洗練された攻撃、悪霊とは思えない駆け引き。もしかして憑依ひょういタイプの悪霊なのかな? まぁ、種がバレてしまえばどうという事はない」

「デテ……イケ……」

「喋るとB級臭が増しますよ?」

ワガヤシキ、、、、、ヨリ……タチサレ!」

「っ!」


 ……なるほど、悪霊なかみの正体がわかったぞ。

 故ハンニバル卿……それが奴の正体だ。道理で隠し部屋にいる訳だ。

 どうやら自分が死んだ事に気付いていないようだ。だからこその防衛本能。

 屋敷に侵入して来た俺や冒険者は皆敵だという事か。

 考える頭もなく、帰巣本能だけが残ればこんな結果にもなる……か。

 正直、今はこの悪霊も哀れに思えてくる。いや、こいつは本当に悪霊なのか?

 そう考えている内に、俺はディックに言われた言葉を思い出したのだ。


 ――――水面下では有力貴族との交友もあったと聞く。


 それが誰なのかはわからない。だが彼はランドルフが一目置く男だったはず。

 そして、先程の書類の山。……ならば、必然的にこの回答へ結びつく。

 俺は静かに一つの超能力を発動した。

 それは【サイコキネシス】でも【テレパシー】でもない。

 普段俺が愛用し、人間に化けるために使っている超能力……【チェンジ】だった。

 さて、俺の変化に気付いてくれるといいのだけどな。


「ッ!?」


 ……なるほど、故ハンニバル卿がここに残る理由は帰巣本能ではない。

 そんなはずはなかったのだ。


「オ……オォ……オォ……ッ!」


 確かディックの話だと、ハンニバルの名前は……――、


「……壮健か、エラニール、、、、、

「オォ……! ヘイカ……!」


 そう、俺が化けたのはリーガル国の王――ブライアン。


「何だその姿は?」

「コレハ……ッ! コレハ……? コレハ…………?」


 どうやら、彼の思考が人間レベルだと思わない方がいいみたいだな。

 理解が追いつけない程に、その精神体は不便なのだろう。


「よい、余を思っての行動なのであろう」

「ハ……ハイッ!」


 跪く女。しかし中身はエラニール・スルト・ハンニバル。

 彼が、エラニールがここに残る理由。

 それは忠義。

 それ以外の何物でもなかったのだ。ならば、俺はやらなければならない。

 えくそしすとでも、ごぉすとばすたぁでもない。ただの嘘吐きのミックとして。


「だがもうよい。もうよいのだ」

「…………ッ!」

「長く余に尽くし、仕えてくれた忠義……誠、見事なり」

「オォ……オォ……!」

「先に逝っておれ。余もいつか其方そなたの下へ逝こう」

「ヘイカ…………!」


 エラニールから溢れ出る涙は、何度も何度も頬を伝う。


「大義であった!」


 その言葉と共に、女の身体は大きく仰け反った。

 口から溢れ出る黒い煙のような気体が、天井を透過するように消えていく。

 バタリと倒れた女の身体からは最早もはや何も感じなかった。


「ふぅ……」


 チェンジを解いた後、俺は先の書類に再度目を通した。

 一枚一枚、丁寧に。

 男爵の好みからゴシップ的な噂話。偏った性癖と愛人の有無。

 交友関係だけではない。彼は王のために生き、王のために働いていた。

 記された情報から王への脅威を考察し、その対処と根回し、実際ブライアン王への報告も何度もしている。こりゃ、陛下への報告も必要だろうな。

 全てに目を通した後、俺は深い溜め息を吐いた。


「……最初にこれを見ていれば、もう少し気の利いた嘘を言えたのかな……」


 そんな叶う事もない言葉に、俺は再度自嘲気味に溜め息を吐いたのだった。

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