その199 えくそしすとみっく

 まるで感動のラブストーリーでも始まるのかってくらいの見つめ合いを続け早五分。

 アレは一向に動こうとしなかった。

 白い服の女性。その情報しかなく、俺は目を逸らさぬまま、少しずつ、かに歩きをしながら屋敷の扉に向かった。

 扉のノブに手を掛けようとした瞬間、扉がけたたましい音を鳴らした。


「……お、音響効果バツグン……」


 正直、心臓が口から飛び出るかと思った。

 ただ、これだけはわかった。


「歓迎はされてないみたいだね」


 ノブをひねると「ドン!」という強い衝撃音が扉を叩く。


 何コレ、超怖い。


「……そうだよな。何も言わずに入るのは失礼だよな」


 そう思い、俺はノブから手を放し、扉をノックした。

 コンコンコン……そう、三回叩いたのだ。

 すると、扉からは「ドンドンドン!」という返答が届いた。


「なるほど、入ってるのか」


 中にいる存在が便座に座っているかいないかはともかく、俺は中に入らざるを得ないのだ。

 コンコンコンコン……今度は四回のノック。

 するとやはり同じ回数だけ扉を叩いて返ってくる。

 コンコココンコン……少しだけリズムを変えてみると、やはりリズミカルに返してくる。


「リズム感……良し! うーむ、才能豊かな相手だな」


 相手が何であれ……少しだけ楽しくなってしまうのは仕方がないだろう。

 楽しみ半分、恐ろしさ半分。そんな気持ちで俺は扉のノブを再度ひねったのだ。


「おぉ……開いた」


 俺が帰らないと諦めたのかは不明だが、ようやく屋敷に入る事が出来た。

 昼間だというのに薄暗い屋敷内。光魔法トーチの魔法を発動し、中へ入る。

 一歩、二歩、三歩……何事もなかったのはそれまで。


「っ!?」


 背後からまたけたたましい音。

 それは、扉が物凄い勢いで閉まる音だった。


「……やばい。お決まりのパターンだこれ」


 と思ったのも束の間。


「あ、そっか」


 俺はポンと手を叩いたのだった。

 扉の前まで戻り、俺は思いきり扉を蹴ったのだ。


「ほい」


 扉は先程以上に物凄い音を発し、外の中庭まで吹き飛んでいく。


「……よし、脱出経路確保」


 そう、ホラー映画で家に閉じ込められるのは一般人なのだ。

 扉を叩いて「開けて! お願い開いて!」なんて叫ぶのは、このファンタジー世界に似つかわしくない。


「ふっ、吸血鬼ミケラルドに死角なし!」


 そう思い、さぁ解決してやろうと振り向いた瞬間……そこにソレはいた。

 ぞわっとし粟立つ肌。正に俺の死角にいつの間にかいたソレは、黒く長い髪の間から血走った目を覗かせた。


「あ、泣き黒子ぼくろ


 黒髪のキューティクル度、目下の泣き黒子、そこそこのスタイルと白い肌。

 長い髪に阻まれ顔の全貌はわからないが……とても素敵な女性なのでは?

 直後、俺は物凄い力に吹き飛ばされてしまった。


「つぉ!?」


 まるでハンマーにでも殴られたような衝撃。

 外まで吹き飛ばされ、着地した俺が再度屋敷内へ向かう。

 しかし、


「んなばかな!?」


 俺が吹き飛ばしたはずの扉が宙を舞いながら戻っていく。

 歪な形の扉はギリギリと音を発し、入口を塞いでいた。


「開けて! お願い開いて!」


 中に入りたい俺は、いつの間にか扉を叩いていた。

 しかし、叩けど叩けど扉は開いてくれなかった。


「ったく、しょうがないな……ほい!」


 再度扉を蹴る。

 今度は屋敷内に向かい、扉だった板が転がっていく。


「こうして……こう!」


 そしてサイコキネシスで扉を持ち上げ、火魔法でそれを焼き尽くす。


「……よし、侵入経路確保」


 もう俺の侵入や脱出を阻むものはない。

 先程の白い服の良い女は、どうやらここにはいないようだ。

 だが――


「うわぁ……面倒だなこりゃ……」


 屋敷の中から無数の無機物が俺に向かって来る。

 壺、絵画、包丁と様々である。


「よっ、ほっ、ふっ、おっと!」


 それらをかわしながら前に進んでいると、今度はかわしきれないサイズの箪笥チェストが飛んできた。

 これを「チェストォオオオ!」とか叫びながら斬るのは、流石におっさん臭い。


「チェストォオオオ!」


 だが、俺はおっさんだから別にいいのだ。


「ふむ、止まったか」


 ヒステリックな攻撃はりを潜め、屋敷内に静けさが戻る。


「まったく、自分の家だろうに……物は大切にすべきだろ」


 そう言いながら俺は、壁にぶつかって壊れてしまった物を修理リペアで直した。


「お? おぉ?」


 すると今度はトーチの光度が徐々に弱くなってきたのだ。

 これは魔力を吸い取られているのか?


「なるほど、そうきたか」


 暗闇は恐怖心を煽るホラー映画の醍醐味。

 光魔法やライトで中を照らすのは、ここにいる存在にとって御法度のようだ。


「魔力量なら負けない――ぞっと!」


 すかさず俺はトーチへの供給魔力を上げ、更に五つのトーチを発動させた。

 まるで太陽の真下にいるかのような明るさに、


「まぶしっ!?」


 自爆とも言える俺の声に紛れ、奥から叫び声が聞こえた。

 声のピッチを下げ、加工したかのような低い叫び声に俺は驚きを隠せなかった。


「優秀なSEサウンドエフェクターがいるのだろうか?」


 首を傾げる俺が更に歩を進める。

 すると、弧を描く素敵な階段がそこにあった。


「いいなこれ。ウチにも欲しい」


 ハンニバル家のセンスに唸りながら階段を昇る。

 しかし、俺は足を止めた。いや、止めざるを得なかったのだ。

 最後の階段の上で見下ろすのは先程の白い服の女。

 スカートから覗かせる御御足おみあしも素敵である。


「ナニ……モノ……ダ……」


 どこから声が出ているのかわからない程の低音。

 どうやら彼女の腹の中に音声加工の職人がいるらしい。


「本日付でエクソシストに就任した……ミケラルドと申します」


 たとえ相手が誰であろうと、自己紹介って大事だよね。

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