その178 初戦

 ◇◆◇ レミリアの場合 ◆◇◆


「…………私は、生きているのか?」


 目を覚ました時、私の視界には見慣れぬ天井が映った。


「あ、起きましたぁ! 大丈夫ですか、レミリアさん?」

「君は……?」

「今大会の救護を担当してる、キッカ、、、と申します」

「キッカ……? 確かランクB冒険者パーティー【緋焔ひえん】にそんな名前の優秀な回復術士ヒーラーがいると聞いていたが……」

「あ、そうです。優秀かどうかはわからないですけど……あ、でもでも先日Aランクに上がったんですよ」


 キッカは嬉しそうに鼻息を吐き気合いに満ちた顔を見せた。


「ほぉ、それは凄いな。この武闘大会には……あぁ、そうか」

「ですです。回復術士ヒーラーの実力じゃ一回戦も勝てませんから」


 苦笑するキッカはどことなく悲しそうだった。


「冒険者としても回復術士ヒーラーとしても半端者なんて、自信なくしちゃうなぁ……」


 出来れば後衛でもランクSへの近道があってもいいと思うが、それは私が決められる事ではない。ならばここで私がフォローするだけ無駄という事だ。

 だが、我が身を助けてくれた礼は言わねばなるまい。


「助けてくれて感謝する。ありがとう」

「ふぇ? 覚えてないんですか……?」

「何がだ?」

「レミリアさんを治療したのは私じゃありません」

「異な事を言うな? 救護の担当は君ではないのか?」

「私ですよ。でも、私より凄い回復術士ヒーラーが現れて、レミリアさんを治療したんです」


 確かに、キッカが優秀だとはいえ、あの時の私を治療出来るのは回復魔法に特化したSSダブルの【魔皇まこう】か、【聖女】くらいなもの。私を殺そうとしたSSSトリプルの【破壊魔】も出来なくはないと思うが、奴程治療という行為に似つかわしくない者もいないだろう。

 戦って気付いた。アレは性格のねじ曲がった……悪魔だ。


「では、私を治療してくれた者は? 是非とも礼を言いたい」

「あ、えっと……ん~……でも、レミリアさんはあの時一瞬気がついたし、言っても問題ない……のかな? ん~、でも言っちゃダメって言われてるしー……」

「何をブツブツ言っている?」

「なら言わずに教える方法を考えればいいのかな? あ、いや、匂わせる程度なら……でもどうやって?」


 キッカはブツブツ言ったまま、こちらの世界に戻って来ない。

 私は溜め息を吐きながら救護室内を見渡す。すると、剣と共に歩んで来た私だからこそ、目を引く物があった。


「あれは……!」


 私はベッドから飛び降り、それを持った。軽い……まるで羽のようだ。


「この剣は……?」

「へ? あぁ! それです!」


 私が持つ剣を指差して、キッカは叫んだ。


「そうです、それです! それ、さっきここにいらした方が忘れてちゃったんですよ。もしよろしければ、レミリアさんから返してくださいませんか? 私はこの通り、ここから離れられませんから」


 言いながらキッカは、作ったような笑顔を私に向けた。


「……なるほど、この剣の持ち主が私を治療してくれたのだな」

「誰も~、そんな事言ってないじゃないですか~」


 キッカのわざとらしい作り笑顔は、まだ続いていた。

 口止めされているのか、全てを言わずに私に伝えたキッカ。なるほど、後衛とはいえランクA冒険者の看板に偽りなしというところか。純粋な力だけで生き抜ける程、冒険者の世界は甘くないからな。


「わかった、ではこの持ち主の特徴を教えてくれ」

「えぇ、持ち主、、、の特徴なら教えられますよ♪」


 ◇◆◇ ◆◇◆


 ――――めちゃくちゃカッコいい黒銀の髪の青年で、今大会のシード選手です。名前は……ミケラルド!


 キッカの説明を聞いた私は、すぐにコロセウムの観客席へ向かった。

 誰もが私を見つけるなり道を開け、譲る。ランクSになり有名になったはいいが、何とも生きにくくなってしまったものだ。だが、この二年私がどれだけ成長出来たかと聞かれれば、私は何も答えられないだろう。

 神童、天才などと呼ばれ、剣に生きてきたが、先を生きる化け物たちには太刀打ちが出来ない。例年の武闘大会のSSSトリプルのゲスト――【剣神】。彼の剣は、恐ろしく静かで柔らか。そして繊細だった。あの剣をもう一度見たくて、彼に会いにドワーフの国、ガンドフにも行ってみた。けれど、会う事すら出来ず、【剣鬼けんき】との勝負までこぎ着けたはいいが、一瞬の内に叩き伏せられてしまった。

 武闘大会のゲストに二度も呼ばれるとは思っても見なかった。

 しかし、相手があの【破壊魔】だと誰が想像しただろう。【剣神】との勝負が出来ずともSSSトリプルの実力に触れられる良い機会だと思ったが最後……結果は悲惨なものだった。

 この小さき命を救ってくれた者は、一体どんな剣を振るうのだろう。

 あまり見ない不思議な剣。この反った羽のように軽い剣。

 鞘の中を……見てみたい。

 初戦が始まる直前、私の欲望はその一点だけに集中していた。

 観客が立ち上がり、盛大な歓声で選手を迎える中、私は少し……ほんの少しだけ鞘から刀身を引き抜いてしまった。

 瞬間、私の世界は音を失った。

 観客の声など、我が心音など、私の耳には、身体には届かない程……私はその刀身に吸い込まれて行った。

 青白く発光するこの刀身は正にオリハルコン。反った形状は、刃が受ける衝撃を逃がすため。切っ先は太陽のように輝き強烈な切れ味を思わせる。

 こんな剣……今まで見た事がない。


「いけぇえええ! ミケラルドォオオオオッ!!」


 観客の一人が選手の名前を呼んだ時、私はようやく刀身を仕舞う事が出来た。

 ハッとして立ち上がり、眼下で行われていた試合を観る。

 ミケラルドと呼ばれた男は……やはり、私を助けてくれた男だった。

 あのリィたんと共にいた男の名が、ミケラルド。破壊魔パーシバルとリィたんの仲裁に入った私に助け船を出してくれたのが、ミケラルド。そして、私を治療して助けてくれた男こそ……ミケラルド。

 彼は一体……どんな剣を振るうのか。


「竜剣、獄爪ごくそう!」


 正に一閃だった。

 振ったと思った時、既に相手には四つの爪痕を刻んでいた。

 何だあの剣は? 私の知らない剣。私の知らない剣技。私の知らない……剣士。

 試合が終わった後も、私はずっとあの男を見つめていた。

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