その179 違う違う、血じゃない

 パーシバルはあれから姿を見せない。

 リィたんの本気の魔力を見て、感じて、どこかへ隠れてしまったのかもしれない。

 もしかしたら武闘大会後の勝負やくそくは、立ち消えてしまうのではないか?

 まぁ、それならそれで早く帰れるから別にいいのか。

 初戦を難なく終え、借り受けた剣を返却した時、俺は気付いた。

 あれ? 俺の打刀うちがたな……どこ置いたっけ?


「そ、そこの者っ」


 妙に上ずった声だった。

 そんな声に呼び止められた俺は、振り返って目を丸くした。


「えっと……レミリアさん?」


 剣聖レミリアが、そこに立っていたのだ。

 顔は強ばり、警戒しているのか彼女の目には緊張が見てとれた。


「ん? あれ、それ……」


 俺は、レミリアが抱える鞘を指差して言った。


「きゅ、救護室に……!」


 彼女は、俺の打刀うちがたなを押しつけるように渡してきた。そうか、彼女を治療する時、確か置いた気がする。持って来てくれたって事か。

 だがこの様子は……怒っているのか? いや、怒気は感じられない。


「あ、ありがとうございます」

「礼はいい!」


 やっぱり怒っているような気がする。


「はぁ……」

「礼は……その…………」

「へ?」


 俺が聞き返してもレミリアから反応はなかった。

 彼女は何故かその場で深呼吸を始めたのだ。


「あのぉ?」

「まだだ」

「何が?」

「まだ緊張している……」


 彼女は俺を見ずにそう言った。

 しかしなるほど。言われてみれば挙動がおかしい。

 緊張しているのは本心という事だ。

 だが、その本心を口に出したとは、彼女自身気付いていないようだ。

 緊張しているのであれば、俺が急かすのは違うだろう。彼女の心が落ち着くまで、しばらく待てばいいのだから。

 だが、やはりと言っていいのかわからないが……何だろうこの人、一々可愛いな?

 ビジュアルが好みという事もあるが、それ以上に行動が、挙動が、一挙手一投足目を離せない。

 ミケラルド籠絡作戦に彼女が加わっていたとしたら、俺は勝てないかもしれない。

 そんな馬鹿げた事を考えながら彼女の反応を待っていると、いつの間にか五分近く経っていた。当然、その間俺も立っていた。待てど暮らせどレミリアからの反応は……――。


「まずは初手だ。初手が重要だぞ。怪しまれないように話しかけるんだ。これをしくじれば後に響く」


 初手は打刀を返すところで終わっている。既に十分怪しいし、後もつかえている。

 そろそろリィたんの試合も始まる頃だろう。応援しないとリィたんが拗ねる。

 リィたんが拗ねるとリプトゥア国の存続に響く。大問題である。


「下段か? いや、上段から虚を交ぜて袈裟懸けに斬るか? いやいや、斬り払いで様子を見るべきか……」


 是非真正面から来て欲しいところだ。


「いくぞ……いくぞ……いくぞ……! っ! ふぅ、今のは練習。練習だ……うん」


 練習は大事だよな。いざ本番って時に力を出すためには練習が必要だ。

 まぁ、本番おれはここにいるんだけどな。……お? こっち向いたぞ?


「こ、こんにちはっ!」

「……はい、こんにちは」


 あまりにも一所懸命だったので、笑顔で返してしまった。

 まぁ、それは別に悪い事ではない。挨拶は大事だ。世の中大事な事だらけだな。

 目の端に見えるレミリアは「初手成功」という様子で拳を強く握っている。

 彼女の中ではこの挨拶がそれ程大変だったのだろう。

 しかし、午前中見た時とはえらい違いだ。あの時は普通に会釈していたのに。

 この短時間で、彼女の中でどんな変化が起きたというのだろう。……お? またこっち見た。


「い、良い天気だな!」

「…………えぇ、そうですね」


 上を向いても天井しか見えないけどな。

 だが、彼女にも余裕が生まれてきたようだ。まだこちらを見ているぞ。まるで小動物かのように。


「れ、れれれ……れ」


 このレレレの美女は何を言いたいのだろう?


「い、いいい……い」


 なるほど、確かにイイ女……もとい素敵な女性である。


「れ、礼をっ!」


 …………おかしい? 一度拒否した礼を再度要求してきたぞ?

 まぁ、破壊魔さんに言われた通り、足りない頭だ。軽い頭ならいくらでも下がる。


「ありがとうございました」

「ち、ちがっ!」

「え? 血なんか付いてます?」


 今日の流血騒ぎはレミリアだけだったはず? その時に付着したのだろうか?


「礼を!」

「ありがとうございました」

「違っ!」

「やっぱり付いてます?」


 何故だかわからない。

 本当に何故だかわからないが…………段々楽しくなってきた。

 だが、ここで笑っては彼女を嘲笑ったように見えてしまうだろう。それはよろしくない。

 何度かこのやり取りを繰り返す内に、彼女の意図している事が俺の認識と違うような気がしてきた。

 そこで俺は思いついた。

 ポンと手を鳴らした後、【闇空間】を発動した。

 小首を傾げる俺を見るレミリア。

 俺は彼女に羊皮紙とペンを渡した。


「お使いください」


 そう、俺は彼女に筆談を勧めたのだ。

 彼女もその意図に気付いたようで、すぐに文字を書き始めた。

 待つこと数分。完成した彼女の手紙を受け取ると、そこにはこう書いてあった。


 ――――果たし状、と。


 …………何で?

 ホクホク顔で俺を見るレミリアと、顔を歪める俺。

 もしかしたら彼女は……ヤバい女なのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る