その171 恩義
「何と、吸血公爵の……!」
「ローディ様、予め申し上げておきますと、我らは既に魔界の魔族とは関係なき者とご認識ください」
「……つまり、先の一件は決して自作自演などではなかったと?」
なるほど、ディーンの指摘は尤もだ。相手は魔族四天王だった【リッチ】。魔族四天王の息子が目の前にいちゃ疑わない方がおかしいか。
まずはそこから崩さなくちゃいけないな。
「ディーン様はそうお思いで?」
「信じたくない話だ」
「陛下はその話を?」
「うむ、今しがた聞いたところだ」
「申し訳ありません。同盟締結までは互いの利益のため口を閉じておりました」
「構わぬ。寧ろそのおかげで同盟に至ったと聞いたからな」
「ありがとうございます」
するとブライアン王は、ディーンに向き言った。
「ディーン殿、全てがミケラルドの工作だったとすると……それはつまり我が国の工作だったとも言えるが?」
「む、確かにそうですな。これは失言でした」
ありがたい、ブライアン王が助けてくれるとは思っていなかった。
「しかし、その全てを仕組んでいたと考えると……ミケラルドの知略は正に深淵の如きと言ったところか……?」
前言撤回。上げて落としにきやがった。
「ミナジリ卿」
「はい、ローディ様」
「何故人界に住もうと?」
「魔界を追われたからです」
「何故?」
ふむ、両国の長がいるのであれば良い機会かもしれない。
「元々ワラキエル家は後継者がおりませんでした。そこで我が父は異界より我が魂を呼び寄せ、肉体に封じたのです」
「何と……異世界からの召喚者だったか」
ローディ含む皆は俺の出生に驚きを隠せない様子だ。
「えぇ、我が魂は人間のものです」
貴賓室が一瞬無音に包まれた。
これは、皆にとって大きな衝撃だったのだろう。
「私の手から光魔法が発動された時、父は私を切り捨てました。その後、師や道中出会った龍族の友人と共に、リーガル国へ落ち延びたのです」
「私を……私を助けてくださったあの【龍の血】はもしや……」
「えぇ、アイリス様。我が友人からの贈り物です」
「何と……何と高潔な……!」
アイリスは目に涙を溜めながら両手で口を塞いだ。
「客観的な事実を申し上げるのであれば、魔族は敵です」
「ミナジリ卿、それは自らを否定する事になるのでは?」
「ギュスターブ卿、敵というには少々語弊があります。魔族は人間やエルフやドワーフを糧とします」
「捕食者……という事だね」
「その通りですサマリア卿。人間からしたら強者。そんな強者の味覚を変えられるはずもない。しかし、例外はいます」
「それがミケラルドだと」
「陛下、ローディ様、我が領民に限って言えば、人間も、エルフも、魔族もおります。共存が成り立っております。これは新たな可能性だと思います。どうか、お力添えを……!」
深々と下げた頭。
沈黙の貴賓室に、ブライアン王の言葉が響く。
「ダメだな」
そしてローディの言葉が。
「いけませんな」
俺は顔を上げ、否定的な二人が見合っているのを見た。
そして、互いに譲り合うように視線をかわし、ブライアン王が言った。
「一国の王となるべき男が、そう簡単に
「ミナジリ卿が何一つ悪さをしていないのであれば、その行為はいけませんな」
「あの……それはどういう……?」
俺が貴賓室内の顔ぶれを見渡していると、顔なじみの男で視線が止まる。
「……ランドルフ様、何故目を?」
「逸らしてなどいないぞ」
「いえ、間違いなく逸らしました」
「……へ、陛下。そろそろよろしいのでは?」
ランドルフがブライアン王に尋ねるように聞くと、ブライアン王はすんと鼻息を吐いた。
「ふむ……実はな
まるでネタばらしかのように、ブライアン王は呆気なく吐いた。
「まさか……! 最初のディーン様の視線から芝居だったとっ!?」
「年端もいかぬ娘と男が手を繋いでいたのだ。父親なら当然の視線ではないか」
くそ、ファーストアンサーがファイナルアンサーだったって事か!
「しかし、ミックの身の上話は非常に面白かった。大義である」
こんな政治的な
「メアリィ様が混乱しますって!」
「だそうだが?」
ディーンは娘のメアリィを見ながらそう言った。
「えっと……つまり、ミナジリ領は間もなく魔族国家として立国するという事でしょうか……?」
「そうだ」
「それを父上たちが協力されると?」
「ミナジリ卿には返しきれぬ恩がある。族長も同じ意見だ」
「わ、私も賛成です!」
「だそうだが?」
ディーンは娘に言った台詞と同じ言葉を俺に向けた。
額を抱える俺を見て、ブライアン王はディーンに言った。
「これを見てもミックに自作自演が出来ると? ディーン殿」
「それを言う役は最初アイリスだったはずですよ」
「私はミケラルド殿にそのような言葉を吐けません」
つんとした態度のアイリスに、ディーンが肩を竦める。
簡単な台本まであったとは驚きだな。
溜め息を吐く俺に、ブライアン王が二本の指を立てた。
何故Vサインを?
「ミナジリ領に二ヶ所屋敷を建てておけ。ミックの屋敷に近い場所でな」
「な、何故でしょう……?」
「決まっている。シェルフとリーガルの大使館だ」
話が早いというか即断即決だな、この人。
大方俺の懐事情を既にドマークから聞いているのだろう。
そんなブライアン王の話を聞き、勢いよく挙手した者が一人。
「はい! 父上、ミナジリ領のシェルフ大使は私に!」
「それは、シェルフに戻ってから決める事だ」
「でも!」
食い下がるメアリィに、ディーンは腕を組んで溜め息を吐いた。
「はぁ……既にアイリスから進言があった。メアリィが大使という事で前向きに検討しているところだ」
「わぁ! ありがとうございます、母上!」
本当に大使の任を勝ち取りそうだ。
しかし、若過ぎるのではないだろうか? まぁ、シェルフの判断を俺が反対する事も出来ないだろう。
「リーガル国からは我が息子が大使の任に就く予定だ」
アンドリューがミナジリ領の大使か。大抜擢だな。
「ミケラルド」
っと、愛称じゃないって事は、仕事か。
「噂を流布しておく」
何のだ?
「我が国の立国賛成派閥を増やせ」
「という事は……貴族の」
「根回しというやつだ。何、
王の無茶ぶりにも慣れたものだが、いよいよ立国が見えてきたな。
しかしまぁ、まずは明日の武闘大会からだな。
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