その170 同盟調印式

 あれから数日経ち、俺はジェイルとの鍛練に日を重ねた。

 今では、ジェイルとの差はそこまでない気がする。無論、身体能力という点においてだけである。戦略の幅、技の応用を考えれば、まだまだジェイルには遠く及ばない。


「よし、良い仕上がりだ。明日はリプトゥア国か」

「まったく、こんなタイミングで開かなくてもいいんですけどね」


 訓練の後、ジェイルと俺が休みながら話していると、後ろからドゥムガがやってきた。


「何でぇ? ガキは明日いねぇのか?」

「あぁ、明日はリィたんと一緒にリプトゥア国だな。付き添いにネム、、もいる」

「冒険者ギルドに来たっていうあのちっこい娘か?」

「そ、明日は冒険者ランクSに上がるための大層な試験」

「あー、あれか。武闘大会ってやつ」

「各国からランクAの冒険者が集まる大きな催し物だと言っていたな」


 ジェイルが補足するように言うと、俺はコクリと頷いた。

 そして、その補足にドゥムガが疑問を示す。


「何でそんな面倒臭ぇ事毎回やるんだ? 強さの優劣なんぞちょっと力比べすりゃわかるじゃねぇか?」

「色んな利権が絡んでるんだよ」

「また金か。人間は金が好きだねぇ……」

「というより冒険者ギルドを存続させるための方便……かな」


 全てを言わぬ俺の遠回しな言い方に、ジェイルが理解を示した。


「なるほど、集客により金を集める事が目的か。それにギルドの宣伝と武勇が広まれば、冒険者ギルドにとっても冒険者にとっても有利」

「そういう事です。シェルフとの同盟調印式が今日で良かったですよ、ホント」

「ガハハハハ、被ってたら行けねぇもんな!」

「そろそろ時間じゃないか、ミック?」

「あ、そうでした。ドゥムガ、ちゃんとジェイルさんと訓練しとくんだぞ」

「へいへい、わーったよ」


 当然、俺は今リーガル国にいる事になっている。

 テレポートが使える事はミナジリの領民しか知らない事。

 リーガル国のミケラルド商店から出れば、解決無欠なのである。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「おぉミック!」

「ミナジリ卿!」

「ミケラルド殿!」

「ランドルフ様、ギュスターブ卿、アンドリュー殿、しばらくぶりです」


 リーガル城へ着くと、そこには慣れ親しんだ貴族仲間たちがいた。

 遠目には、ドマーク商会のドマーク。バルト商会のバルトもいる。

 式典には彼らも参列するという事か。

 シェルフの族長ローディ、息子のディーン、その妻アイリス、娘のメアリィと勢揃いといった感じだ。

 とはいっても、俺は仲人をしただけで、貴族の中では下に男爵位があるだけの末席。

 参列したからといって何かが起こる訳でもない。

 同盟の内容も至ってシンプルである。

 通商条約、不可侵条約、平和条約が結ばれ、ブライアン王と族長ローディがその内容にサインと印をし、皆の前で掲げて終了。

 成ってみれば一瞬ではあったが、ここまで来るのは本当に長かった。

 皆の拍手や歓声の下、強かな目をする男が二人。

 当然それはドマークとバルトである。

 待ってましたと言わんばかりに人間とエルフ間の交渉を始めるつもりだろう。

 あの二人が俺を満面の笑みで見ているのが何よりの証拠だ。

 ドマークのヤツ、【水龍像】を客寄せに使って美術館を始めたらしい。水龍像リィたんを見に毎日通っている者や拝んでいる者もいるとか。

 バルトのヤツ、【ヒップウォッシュ】を客引きに使い、「発祥の地」として売り込みを始めたそうだ。勝手に代理予約なんか始めたのは驚いた。当然事後承諾はしたが……しかし予約に金を使わずとも、予約するために客がバルト商会へ足を運ぶのは確かだ。何とも狡猾な。

 あの狡猾な二人が笑うとろくな事がない。ここはさっさと帰るとしよう。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「ミケラルド様! あのね、あの蜜菓子店、すっごく美味しくなったんですよ!」

「おぉ、それは良かったです。ミナジリでもお店の準備が着々と進んでいるので、完成したらお届けに上がりますよ」

「本当ですかっ!?」

「えぇメアリィ、、、、様」

「あ、でも……やっぱりいいです」

「おや、それは何故?」

「わ、私がミナジリ領へ行っても……いいですか?」


 そういう事か。


「勿論、観光案内をさせて頂きますよ」

「わぁ、ありがとうございますっ!」


 逃げるつもりが、ブライアン王と族長ローディに呼ばれ、何をするのかと思えばメアリィとの雑談……もとい、これは子守役なのだろう。

 奥の部屋で歓談している中、メアリィを放置する訳にもいかない。

 ダドリーとクレアたち護衛は、扉の外で護衛の仕事があるので、適役は俺しかいない訳だ。

 メアリィとそんな雑談をしていると、どうやら歓談に一区切りがついたようで、中からギュスターブ辺境伯が出て来た。


「コホン、ミナジリ卿、メアリィ殿……中へ」


 ふむ、どこか改まっている様子だ。

 中で何かこじれたのか?

 俺とメアリィは手を繋ぎながらゆっくりと中へ向かった。

 貴賓きひん室の中に入り、最初に気になったのは、ディーンの視線だった。

 俺に向いている訳でもない。しかし娘のメアリィに向いている訳でもなかった。

 視線の先は……その間。

 俺とメアリィが繋ぐ「手」にあった。


「これ、ディーン」


 族長ローディの言葉にディーンがハッとする。


「これは失礼を……」


 目を伏せて非礼を詫びるディーンだが、はて? 別に不快ではなかったが?

 自分の娘と見ため青年の俺が手を繋いでいれば、あんな視線にもなるだろうに。


「ミック」


 公式の場でブライアン王が愛称で呼ぶのは珍しい。


「何でしょう、陛下」

「見せろ」

「……へ?」


 脱げという意味ではないはずだ。

 ここで腹踊りでも披露すれば空気は明るくなるはずだが、そういう意味ではないのだろう。俺がキョトンとした顔をしていたら、ランドルフ君が補足してくれた。


「リーガル国とシェルフの間に新たな国が出来つつあると、陛下は説明された」


 ……まじか。

 つまり、ブライアン王の「見せろ」とは俺の正体について。

 だからディーンは魔族の俺とメアリィが繋いでいた「手」を見ていたのか。


「……メアリィ様、どうかご両親のところへ」

「え? え? ……はい」


 緊張が漂う空間だという事は、メアリィにもわかったのだろう。

 ゆっくりとディーンとアイリスの下に向かうメアリィ。

 ちらちらとこちらの様子を窺うメアリィに愛嬌を感じつつ、俺は微笑みを浮かべた。


「「っ」」


 今のディーンたちの反応は何だったのか、しかしそれがわかる事はない。

 俺は自らの【チェンジ】を解き、ゆっくりと魔族の……吸血鬼の姿へと戻っていった。


「嘘……」


 最初に言葉を零したのはメアリィだった。

 そこには驚きも、恐怖もあった。

 ここでしこりを残してはいけない。彼らを不安にさせるのが一番いけないのだ。


「我が名はミケラルド・ヴァンプ・ワラキエル。かの吸血公爵の息子にございます」


 そう、ミナジリが国家として認められるために。

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