その150 尻神様

 付与魔法【ヒップウォッシュ】は、水を体温程の温度にするため、水魔法と火魔法、そして光魔法の複合魔法である。この中に何故光魔法が入っているのか。

 答えは簡単、照準機能を持たせるためである。対象の体温を光魔法で感知し、尻の一番高い体温の部分、、に当てるのだ。……これ以上は語っても仕方ないだろう。

 マジックスクロールは便器に貼るだけでいい。

 と、商人ギルドの女エルフ受付嬢の前で口頭説明をするのは、完全にセクハラだと思う。

 いや、こちらは男性に代わって欲しいと頼んだのだが、相手が一歩も退かず仕方なく……そう、仕方なく尻対象商品の説明をしたのだ。

 顔を真っ赤にしながらもちゃんと聞いてくれたのは、職人魂というか致し方なくとか……まぁそういう感じの理由なんだろう。

 結局、受付嬢の理解は乏しく、試供品として【ヒップウォッシュ】のマジックスクロールを一枚渡した。早速試したのは興味本位か、それとも仕事なのか。

 しかし、トイレから帰って来た受付嬢は、まるで俺が神かのようにあがめてきた。

 商品価格を金貨二枚に設定したところで、バルトからストップが入った。


「もっと高く売れる」


 彼はそう言った。

 受付嬢をチラ見すると、彼女も彼女でうんうんと頷いていた。

 俺は彼らのげんを頼りに、最終決定を金貨四枚とした。

 バルトは「それでも安い」と言ってたが、受付嬢は俺の手を握りながら「お店は何時までですか!?」と聞いてきたあたり、口コミで広まるのは時間の問題だろう。

 そう思っていた時期が……俺にもありました。


「いや、何だよこの行列……」


 商人ギルド前でバルトに手渡しでそれを売り、五号シェルフ店の試験営業という事で開店したのだが、閑散としていたのは最初の三十分。その後、【ヒップウォッシュ】は飛ぶように売れた。


「一枚くれ!」

「こっちもだ!」

「私も!」

「ください!」


 正直、クロード新聞より売れている。

 しかし何故こんなに早く広まった?

 俺は頭の上に「はてな」を浮かべながら首を捻っていると、顔見知りのエルフが目の前にやってきた。


「ダドリーさん、クレアさん、いらっしゃい」


 リーガル国へバルトの護衛としてやって来た二人。


「何か一気に噂が広まっちゃって……何か知ってます?」


 すると、ダドリーが真顔で答えてくれた。


「バルト様がバルト商会の各店舗で早速運用されたのです。新商品の張り紙と共に、販売店を紹介されておりました」


 バルトアイツが犯人か!


「教えてくれてありがとうございます。謎が解けました」

「では」


 ダドリーが手を差し出す。

 そこには何もない。


「はい?」

「一枚ください」


 …………お前もか。


「……ひょっとして、クレアさんも?」

「………………はぃ」


 美しいエルフが、赤面しながら恥ずかしがっていらっしゃる。

 いや、こちらも商売なんで売りますけどね。

 新聞用にとっておいた羊皮紙がなくなりそうである。

 しばらくすると、今度はとんでもない人が来店したのだ。


「……い、いらっしゃいませディーン様」


 族長ローディの息子様。つまり、次期族長様であらせられる。


「面白い事をされていらっしゃるな、ミケラルド殿」

「面白いですか?」

「右手で羊皮紙に錬金術アルケミーを使いマジックスクロール化、そのまま左手へスライドさせ、マジックスクロールに付与魔法。完成した商品をそのまま手渡し。商品に気が行ってる我が民は誤魔化せても、私の目は誤魔化せません」


 おぉ、流石次期族長だ。ちゃんと俺の最適化された流れ作業を見てくれている。

 いやぁ、慣れるまでが大変だったけど、数が数なもので、すぐに慣れてしまった。

 しかし、こういうお偉いさんが俺を認めてくれるのは嬉しいものだ。


「視察か何かですか? 生憎あいにく、今日は試験営業なものでお相手が難し――」

「――十五枚くだされ」

「………………はい」


 きっと族長の家用だろうな。あそこは広いし、召使いの方たちにも配るのだろう。

 おっさんが大事そうに抱きかかえるなよ。いや、いいんだけど絵面えづらがちょっとアレなんだよな。まぁ、奥さんアイリスメアリィもきっと喜ぶだろう。

 しかし、疑問が残る。

 こんなに人気なのに、何故ナタリーだけは俺にビンタをかましてきたのだろう?

 もしかしてハーフエルフには合わないのだろうか?

 帰ったらクロードたちに聞いてみよう。

 とりあえず、今回シェルフでやる事はもうそこまでない。

 彼さえ来れば……って思ってたら来た。

 人の良さそうな恰幅エルフのおっさん。そう、彼は昼訪れた蜜菓子店の店長である。

 行列が途切れそうにないため、ここで営業終了するか……そう思った矢先、彼は言った。

「一枚ください」と。

 商売の話をするために来たのではないのか? そう聞くと、「それもあります」と現金な笑みを浮かべて言った。

 まぁ、結局はその蜜菓子店の店長こと【トムス】が協力してくれたので、とりあえず羊皮紙が品切れするまではお客をさばく事が出来た。明日バルト商会で羊皮紙を大量購入するか。

 因みに羊皮紙は三十センチメートル四方の大きさで一枚あたり銅貨一枚である。そう、クロード新聞と同価格。まぁあれは慈善事業のようなものだ。

 他に使い道のないモンスターの毛皮を流用出来る事から、そこまで高くはない。

 現代人感覚だと高いととる人もいるかもしれないが、アッチでもそれくらいの価格の紙はあった。何せ色んな紙があったからな。

 紙を使う人間がもっと多ければ、値段はもう少し高騰していただろう。

 その後、俺はトムスに礼を言うと共に、商売の話を進めた。

 この店に来たという事は、彼も乗り気なのだ。味の改良を進言したら、「のぞむところだ」という顔つきで賛成してくれた。ふむ、着々とミナジリ領の魔改造まかいぞうが進んでいるな。

 さて、明日はシェルフの冒険者ギルドを覗いてみるか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る