その116 シェルフの族長

 幻想的な景色を満喫しながら、俺たち一行はシェルフの最奥さいおうへとやって来た。ナタリーへの視線は複雑なもので、侮蔑的な目を向ける者もいれば、好意的な目を向ける者もいた。だが、彼女はやはり非常に心が強かった。口を固く結び、懸命に自分の居場所を確保していた。

 当然、それにはエメラとクロードの支えがあってこそだが、十一歳の子供にそこまで頑張られては、俺も頑張らない訳にはいかない。

 城というには少々小さいが、堅実な木造の屋敷。天窓からは緑光が零れ、その光が俺たちが進むべき道を示す。

 なるほど、光の絨毯のようなものか。

 中々の演出効果に感心しながら俺は隣を歩くマックスを見上げる。

 ……物凄く緊張してるな。

 俺は、まばたきすらしないマックスに向かって肘で突く。

 ハッと我に返り、周囲を見渡すマックスだが、大丈夫なのだろうか。肝心なところでヘマをしないといいが。


「ではミケラルド殿、こちらでお待ちください」

「かしこまりました」


 ここがエルフでいうところの謁見の間だろう。

 光の絨毯の終着点の正面には、三つの席。中央に族長が座るのだろうが、残りの二席は誰が座るのだろうか。

 そう思っていると、奥の通路から腰の曲がった年配の男エルフがやってきた。

 エルフは長命だと聞く。彼がどれ程の年齢なのか見当もつかない。

 中央に座った彼が族長……その後ろにはバルトと似た年齢であろう男エルフと、ナタリーとそう変わらないであろう年齢の女エルフが続いた。

 男エルフ、年配エルフ、女エルフと三つの席を埋めた彼らを前に、俺が一歩前に出る。


「お初にお目にかかります。リーガル国より参りました、ミケラルド・オード・ミナジリと申します」


 俺の一礼と共に、後ろに控える皆も頭を下げる。

 リィたんの挙動が怖かったのだが、どうやら俺の真似をしているようだ。やけに楽しそうだけどな。

 バルトは脇に控え、目を伏せている。


「遠路遙々よく来てくださった。老いた身ながらシェルフをまとめているローディという。こちらは息子のディーンとその嫁、、、のアイリスだ」


 嫁……だと? あのアイリス幼女がそこのディーンおっさんの嫁だと?

 一体どういう社会を築いているんだ、このシェルフは?

 いやいや、俺がいた世界でも数百年前まで年端もいかない子供が嫁いでいた。

 きっとそういう事なのだろう。そう思う事で呑み込む事にしよう。

 そうじゃなきゃ俺の頭がおかしくなってしまうから。


「こ、今後とも宜しくお願い致します」


 顔がヒクヒクと痙攣しているであろう俺だが、不思議と背後からはそういった空気はなかった。やはり生まれた世界故だろうな。


「うむ、ミケラルド殿を歓待の席に招きたいところだが、今は困窮の時。是非ともその知勇をお貸し頂きたい」


 仮にも長とも呼べる者がここまで謙るのは珍しい。

 しかし、種の絶滅を抱えているのであれば、それは仕方ないのかもしれない。

 それに、ローディは俺を「ミケラルド」と呼んだ。貴族として自己紹介した俺だが、現在の立場ではなく、個人としての俺を頼りにしている。

 これはつまり、「同盟の話は後」だという事。

 まぁ、それには俺も同意だ。


「かしこまりました。と、その前にいくつか確認したい事がありまして」

「……何かな?」


 少し警戒したな。ディーンもか。

 きっと報酬の話を振られると思っているだろう。

 だが、俺もそこまで無粋ではない。ここは紳士的にいくべきである。


「私含む仲間たちで調査致しますが、シェルフ貴国の中に我々人間が手を付けてはいけない場所はございますでしょうか?」

「ほぉ、お若いのになるほど、気が利きなさる」


 ローディとディーンがホッと息を吐く。

 しかし、聞いておいて正解だったな。やはりあるのか。


精霊樹の聖域、、、、、……我らがそう呼んでいる場所があります」

「それはどちらに?」

「精霊樹を朝陽が照らしたその先、すなわち精霊樹の影の頂点……」

「ここから見て西側という事ですね」

「うむ、案内にクレアとダドリーを付けます故、詳しくは二人に聞くとよいでしょう」

「ありがとうございます。では早速取りかからせて頂きます」


 ◇◆◇ ◆◇◆


『とまぁ、何だかんだ言われたけど、ダドリーさんとクレアさんは体のいい見張り役、、、、だね』

『だろうな』


 リィたんとテレパシーで話しながら歩いていると、「まずは調査拠点へ」と案内するダドリーとクレアの後ろをナタリーがはしゃいでいるのが見えた。


「族長様との謁見、なんだかすぐに終わっちゃったね! でも緊張したぁ~」

「安心して、族長はお優しい方よ」


 クレアの助言にうんうんと頷くナタリーは超絶可愛いのだが、それ以上に気になるのが二人いる。先程から首を捻りながらうんうん唸っているジェイルと、謁見の間から惚け続けているマックスだ。

 仕方ない、まずはマックスからだ。


「おい、涎垂れてるぞ」

「おわっ!? 驚かすなよミック!」


 俺が貴族だって事忘れてるよな、こいつ。

 まぁ、公の場で俺をあだ名で呼ぶくらい放心していたという事か。

 しかし一体何が?


「どうしたんだよ? さっきからおかしいぞ?」

「いやぁ……ミックも見ただろ? アイリス様……美人だったなぁ……」


 ……ん? 確かに可愛かったが美人という歳だろうか?

 そんな疑問を抱いていると、ナタリーが振り返ってずびしとマックスを指差す。


「わかる!」


 何が?


「ほんっと綺麗だったよね、アイリス様! 私もあんな大人、、、、、になりたいなぁ~」


 はて? あの子が大人なら君はもう大人だろうに?

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