その98 奴隷の王

 なるほどな。

 ドルルンドの町がこんなに窮屈なのは、中央の市場を目一杯広げるためか。

 そして、細道や路地裏がないのは、奴隷に逃げられないようにするため。

 町の中にすら隠れられなければ、すぐに発見出来る。

 きっと、この町に住んでるような人間は奴隷商関連の人間か、冒険者、仕方なく働いているような人間ばかりだろう。


「へへへ、おにーさん。うちは安いよー? 屈強な男だろうが、子供だろうが、なんでも揃ってるぜ?」


 何とも下種げすびた言葉だ。

 この男の目には光も闇もなく、ただ濁りきった不快な色だけ。

 …………まぁ、せめて買って解放してやろうと思っている俺も、似たようなものかもしれないな。


「……大丈夫か、ミック?」

「あ、あぁ。大丈夫だよ。ありがとうリィたん」

「こりゃすげぇ! へへへ! お兄さんの連れかい? なんならウチで買ってやるよ?」


 瞬間、リィたんが奴隷商の男を鋭い視線で睨め付けるも、男がそれに気付く前に俺がリィたんを止める。リィたんの前に出した俺の手により、男が一瞬怯むも、俺は精一杯の演技でかわす。


「すみません。この子はウチの用心棒なもので」

「へぇ? 確かにどでけぇハルバードだし、それを扱えるって事はかなりの腕なんだろうな。だが、気が変わったら教えてくれよ?」

「はははは、それよりこちらではどれだけの奴隷を扱っているのですか? わたくし、商店を営んでおりまして、是非お話を伺いたく」

「お! って事は大口の取引が希望って事かな!?」


 男は途端に嫌な笑みを浮かべた。

 まぁ、金をちらつかせればこうなって然るべきか。


「大口かはわかりませんが、今後も継続して取引したいと考えていますよ?」

「へへへへ、いいねあんたぁ。付いてきな」


 男は大きなテントの中に、俺をいざなう。

 なるほど、表の奴隷は客引き用か。可能な限り質の良い商品を見せようとするのは、どこの世界も一緒という事か。

 薄暗いテントの中には、ところ狭しと置かれた無数の檻。

 膝を抱える少女。俺を睨み付ける男。肘を抱える肉感的な身体をもつ女。

 正直、こんなところ早く出て行きたい。

 しかし、それでは彼らを解放出来ない。力弱き俺が彼らを救えるのは、合法的にそれを成す事。


「――っとまぁ、こんなとこだ。詳細はこっちのリストにあんぜ」


 あらかた説明して回った後、奴隷商の男が一枚の紙を渡した。

 男の幼児は約金貨五十枚。青年は金貨八十枚。後は年齢別で徐々に下がったり、屈強な肉体を持った男が金貨百枚ってとこか。

 女は幼児から成人まで一律金貨百枚。この価格が変わる事はない。これはつまり……そういう事なんだろうな。後は容姿に応じて、年齢に応じて上下がある程度。金貨百八十枚する女は、やはり眉目秀麗だった。

 さて、これが正規の値段であれば【交渉】を使う方がいいだろう。

 浮いたお金は奴隷商にではなく奴隷たちに使ってあげたいからな。


「わかりました。全て購入させて頂きます」

「はぁ!?」

「聞こえませんでしたか? 全て、購入させて頂くと言ってるんです」

「いや、でも……百人弱はいるぜ……?」

「何か問題でも?」

「と、とんでもないっ!」


 俺の威圧とリィたんの眼力が効いたのか、奴隷商の男はすぐに手続きの準備に入った。


「リィたん、俺は別の店回ってくるよ」

「わかった」


 ドルルンドの町にある奴隷商店は四カ所。

 それぞれ偏りこそあったものの、全て目の色変えて準備に入り、店の前には『本日閉店』の札がさげられる。奴隷を見に来たであろう他の客たちも、違った意味のギャラリーのように、各店舗を行き来する俺を見ていた。


「焼き印……っ?」

「え? えぇ、正確には奴隷印スレイブマークといって、腕に入れるものです」


 奴隷契約の説明を聞いている最中、奴隷商の男から新たな情報が入った。

 どうやら、奴隷に契約内容を口頭で言わせ、それを打ち込むように焼き印を入れるそうだ。流石にそれは可哀想だし、それを見ている俺も頭がおかしくなりそうだ。

 契約といっても、結局は魔法。ならば俺が使えるのではないか? というリィたんの指摘により、俺は焼き印を見せてもらう事にした。


「あぁ、なるほどね。この契約は闇魔法の一種だな。魔法陣みたいなのの内容がなんとなくわかるよ」

「へぇ~、お兄さん魔法を使われるので?」

「詮索は無用ですよ。焼き印は結構です。こちらで契約を行います」

「いいんですかい? 逃げられてもアッシは知りませんぜ? 契約のしていない奴隷は普通の人間と一緒なんですから」


 その普通の人間が所望なんだよ。

 まぁ、情報封鎖をするだけの契約はさせてもらうけどな。


「「本日は誠に! ありがとうございましたっ!」」


 四店舗の奴隷商に見送られ、俺は、ドルルンドの町をあとにした。

 奴隷たちを引き連れ歩く俺の姿を見る周囲の冒険者たちの目は、非常に鋭いものだった。

 当然だ。俺だってそういう目で見る。

 意外な事に、ドルルンドの町を出るまでの間、奴隷が逃げる事は無かった。

 町の人間たちからは、何故か「奴隷の王スレイブキング」と呼ばれ続けたが、それも過ぎ去ってしまったものだ。

 今しなくてはいけないのは、この人たちとの契約。数にして四百二十のこの奴隷たち。

 さて、まずはどうしたものか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る