その97 リプトゥア国

 シェンドの町の南。

 かつてナタリーを救い出し北上して来た道を南下すると、そこにはリーガル国とリプトゥア国の関所がある。ここを通る事で、交易品のチェックや出入国の税金を払う。

 手前側にあるリーガル国の関所で出国料の金貨一枚を支払い、その奥に併設されているリプトゥア国への入国料が金貨一枚。つまり、人一人国境を超えるためには、金貨二枚……日本円換算で二万円程必要になるという事だ。

 そして、これは奴隷にも適用される。当然、奴隷は商品ではないので、関税をかける事も出来ない。これはドマークに聞いて知った事だ。

 一人金貨二枚支払えば、奴隷は国を跨げる訳だ。

 リーガル国では奴隷の売買こそ禁じられているが、他国で買った奴隷に対する罰則はない。

 ドマークはここを上手く活用しているのだ。

 まぁ、参考にしたくないけどな。


「ふむ、これでリプトゥア国に入ったのか、ミック?」

「えぇそうです。ドマークさんの話だと、ここから南東に向かった先にある『ドルルンド』という町があるそうです。そこが一番奴隷の売買が盛んだそうです」

「ほぉ、首都リプトゥアではないのだな」

「流石に首都に奴隷を置きたくないのでしょう。当然、リプトゥアから奴隷を買いに来る商人や貴族も多いそうです。その中にはおそらく――魔族との繋がりを持った奴隷商もいるでしょう」


 俺の説明を聞き、リィたんがすんと鼻息を吐く。


「いつの世も、人間とは愚か者が多いのだな」

「否定はしません。俺もそう思われないように必死です」

「ミックは魔族だろう?」


 おっと、やべえやべえ。


「そうですけど、人間と共に暮らしたいですから」

「ふむ。そう考えれば、私も今人間と共に暮らしているという事か」

「エメラさんはいい人だし、カミナも良い子でしょう?」

「うむ……まぁ、そうだな」


 何度かカミナと仕事をし、少しだけカミナに対する警戒心が解けたリィたん。

 でも、まだ自分の中では受け入れられない部分もあるのだろう。


「うむ。エメラはいいやつだぞ!」

「はははは、まぁ今はそれでいいですよ。リィたんにも、沢山友達を作って欲しいですから」

「とも…………だち?」

「そうです。仲の良い人です。仲間、友人ともいいますね」

「ふむ……ナタリーのような存在だろうか? アイツは共に旅をした仲間だ」

「そう、何でも言い合えるようなそんな仲の人を友達っていいます」

「んー……しかしまだナタリーに言ってない事もある……ぞ?」

「あれだけ言えてれば十分ですよ。それに、全部話すなんて不可能ですし」

「確かにそうだな。うん、ナタリーは友達! 私の友達だ!」


 無邪気に笑ってナタリーを友達と叫ぶリィたん……マジ可愛い。

 後でナタリーにテレパシーで言っておくか。いきなり言われたら驚くだろうしな。

 さて、ドルルンドの町に向かいながら、シュッツと給与の相談でもするかな。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「ほぉ、これがドルルンドか」

「これって言わない。ここです。ここ」

「うむ。ここがドルルンドか」


 町をまるで物みたいに言うんだから、リィたんは。

 まぁ、リィたんの本当のサイズや存在からしたら当然っちゃ当然なんだけど、流石にそれは直さなくちゃいけないからな。人界で暮らすなら尚更だ。


「やっぱり国が違うと色々変わりますね」

「そうだな、中々に窮屈そうだ」


 リィたんがそう言ったのは納得で、このドルルンドの町は道が狭く、家屋と家屋の間が非常に狭い町である。

 従って町は全体的に暗く、息苦しい。お国柄なのか、この町だけなのか、それはわからないが、確かに窮屈である。


「して、どうするミック?」

「とりあえず町を歩いてみましょう。それ程大きくないので奴隷市もすぐに見つかるでしょう。まずは国と町の雰囲気に慣れるよう努めましょう」

「つまり、散歩だな」

「まぁ、そういう事です」


 散歩と銘打って歩き始めた俺たちだが、そんな幻想は一瞬にして打ち砕かれた。

 何故なら、ほんの少し歩いただけで、小さな町に似合わない巨大な市場が見えたからだ。


「ミック」

「……何でしょう」

「人界の生活にそこまで慣れていない私でもわかる」

「何がでしょう……」


 まぁ、リィたんが何を言うのかはわかるつもりだ。

 何故なら、リィたんを信用している俺がここに来て最初に思った事だからだ。


「「これは酷いな」」


 だから、声が揃ってしまったのだろう。

 見渡す限りの巨大な檻。中に詰め込まれた無数の人、人、人。

 乱雑に置かれた檻に男。ほんの少し小綺麗な檻に女。奥に見える一回り小さな檻には、子供。


「ミック、あれは何だ?」

「…………吐き気がしますね」

「親子セット二割引……?」


 このドルルンドの町は、正にリプトゥア国の闇。

 しかし、その闇という市場が、リプトゥア国の生計を助けているのも事実なのだろう。

 それ故、俺は思ってしまう。切に願ってしまう。

 ――こんな国、さっさと滅びればいいのに。


「どうするんだ、ミック?」

「買いますよ、勿論。この悪夢から覚めるためにね」


 あぁ、何て胸糞が悪いんだ。

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