その96 会議の行方

 ナタリーは最早お金の魔力にとりつかれているようだ。

 まるで石化したかのような硬直具合に、俺とクロードは苦笑する。


「確かに、それだけのお金があればミナジリ村にいる方々にもお給金が支払えますね」


 両手を合わせ嬉しそうにエメラは言った。

 なるほど、エメラが金額を気にしていたのはこれまで稼いだ金額が気になっていたのか。

 確かに実際に店頭に立ったのであれば、これまでの儲けがどれだけになったのか気になるところだ。

 シェンドの町の帳簿は付けていたから、ある程度は知ってただろうが、やはり町の規模の関係か、売り上げは首都リーガルの方が多かった。

 何故なら、国やドマーク商会が無尽蔵とも思える資金力で魔導書グリモワールやマジックアイテムを買って行ったし、貴族もお忍びで来ていたようだ。

 つまり、金持ちが多いのだ。

 そう考えると、金持ちから集めた金にしては、少々物足りないとも言える。

 だが、資金力が付いてきたというのも事実だ。

 だから俺は、これを機にドマークに聞いた話を皆に相談する事にしたのだ。

 ドマークに聞いた話とは、すなわちリプトゥア国にある奴隷制度の事。


「まぁ」

「リプトゥア国の奴隷……ですか…………」


 エメラは驚き、クロードは口ごもった。

 ジェイルとリィたんは魔族と海獣という事もあり、そこまで気にしていない様子だ。

 しかし、一番気にしていたナタリーは……あれ? 何故かあまり悩んでなさそうだった。


「ナ、ナタリー? 意見が聞きたいんだけど……?」

「いいんじゃない?」


 おかしい。今はナタリーに対して【呪縛】を使っていないはずなんだが? むしろ使ったらぶん殴られるしな。

 だが、何故ナタリーはこんな軽い調子なのだろう。


「……そういう事か」


 そう言ったのはリザードマンの大将、ジェイルだった。


「え? どういう事です?」

「そのための会議なのだろう? ナタリーに直接聞け」

「あ、はい。そうですよね。……こほん。えーっと、ナタリーは何でそう思うの? 俺、てっきり怒られるのかと思ったんだけど?」

「だってミックがやる事なんでしょう? その契約ってやつ以外はしっかり面倒見てくれるんでしょう?」

「あ、はい」


 正にその通りなのだ。何だ、見透かされた?


「ていうか、ミックは契約さえ守れば、奴隷になった人たちを解放してくれると思ったんだけど…………違うの?」


 少しだけナタリーの目が鋭くなる。

 これは、正に……千里眼。


「あ、えっと……うん。全然違くないです。はい」

「奴隷が求めるは自由。ミックならそれをする。ナタリーはミックが一番最初に救った……奴隷だったな」


 ほんの少し、ジェイルが笑ったような気がする。リザードマンだけの表情の機微。

 これがわかるようになってくるとは本当に思わなかった。

 が、ジェイルも俺の事を理解してくれていたという事か。


「ミック、先を続けてくれ」


 リィたんの催促により、俺は詰まっていた言葉を続ける。


「奴隷の労働力を当てにするのは確かです。当然それは強制ではありません。まずはミナジリ村に、魔族に慣れてもらうところから始めます。他の方同様に給料もお支払いします。その給料で自分を買い戻して頂くのが最初の目的です。ドマークさんから奴隷の相場を聞いたところ、ミナジリ村で二、三ヶ月働いてくれれば支払える金額だそうです」

「でも、それだと我々の情報を口外しないという契約が出来ないのではありませんか?」

「いえ、事前契約という契約で縛る事はできます。それは奴隷商人から奴隷を買う事によって可能になるそうです。主人が奴隷を解放する時、解放前の契約も有効であるという契約を結んで頂くのです」


 俺がクロードの疑問に答えると、今度はエメラが手を小さく挙げる。


「でしたら、お店のお金に手を付けてはいけないという契約も結ばせるべきです」

「へ?」

「口外はしないけどお金は盗んでもいい。そうともとれますよ、ミケラルドさん。ちょっと人間を信用し過ぎです。盗みや犯罪によって奴隷となった方もいるのですから」

「……盲点でした」

「ならば他者を傷つける事も禁止すべきだな」

「ですね、ジェイルさん。奴隷同士の喧嘩……いえ、場合によってはそれ以上もありえますから」


 やはりこの話をここで出して正解だった。俺が気付かない事をちゃんと指摘してくれる仲間がいる。だからこそ、俺は、前に、前に進めるんだ。


「リプトゥアにはいつ行くんだ、ミック?」

「明日にでも」

「わかった。当然、私も付いて行くからな」

「うぇ? 拠点造ってからでも転移で――」

「――ミックの道中は私が守る。見知らぬ土地に行くのだ。当然だろう?」


 ここまで言われたら何も言い返せない。

 まぁ、リィたんの厚意から出た言葉だ。逆らう方が罰が当たるというものだ。


「では、私とエメラで、契約の際に必要そうな事をまとめておきます。ミケラルドさんはどうかお休みください」

「助かります。ちょっと最近働き通しで疲れてたんです」

「ふふふふ、ごゆっくり」

「ゆっくり休むんだよ! それで、ちゃんと明日働くの! うん! ミックなら出来る!」


 エメラとナタリーの優しい声に見送られ、俺は自分の部屋に久しぶりに帰ってきた。

 さぁ、明日は長い一日になりそうだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る