その2 異世界で魔族で吸血鬼で

 どういう事だ。

 寄生転生なるもので俺が異世界に来た! 年齢は三歳! までは……まぁ、ギリギリいい。

 食事という単語の後に奴隷と続いたぞ? それも一匹という単位。

 俺はアンドゥの案内に生返事で答え、その後を見守る事しか出来なかった。いや、正確には見守れなかった。

 部屋に備え付けの幼児用の椅子に腰掛けていると、扉を開けて部屋に入って来たのは……首から繋がれた鎖をアンドゥに持たれた……美女だった。おい待て。

 首の周りからは、首輪に余程強い力が働いたのか血が流れていた。

 ちょっと待ってください。

 泣き叫ぶ美女は、有無を言わさず引きずられるように部屋の中央へと運ばれた。いや、引っ張ったんだがな。

 悲痛の叫び、と言うより、生への本能というような聞き慣れない声。

 アニメや映画でよくあるシーンではあるが、やはりあれは作り物なんだなと思える声。

 しかし、これを食せと言われて俺はどうすればいい?

 いや、勿論食べるつもりはない。人肉なんて願い下げだ。

 犯すって意ととれる食事とも聞こえない。勿論するなら合意の上がいい。

 だが、そちらもお断りだ。俺の初体験は隣の家の幼馴染の子と決めている。

 いたらいいな、出来たらいいな。おっといかんいかん。この人を助けないと。

 聞いた感じ俺はアンドゥよりも良い身分にいるみたいだからな。ある程度の言う事は聞いてくれるだろう。


「あ、あの……べ、別に俺お腹空いてないですから」

「おや、まだ完全に馴染んでいないという事でしょうか? 馴染んでいれば勝手に欲するはずですが……」

「ほんと、本当に大丈夫だからっ」


 少し語気を強めて言うと、アンドゥは困った様子で頭をポリポリ掻いた。……いやに爪が長いな?

 身分が上の者の前で頭を掻くのはどうなんだ? と思いつつも、俺の心配は美女に向けられていた。


「むぅ……左様でございますか。では――」


 アンドゥのこの言葉に、ホッと胸を撫で下ろした瞬間、俺の眼前には異様な光景が広がった。


「ひっ!? ぎゃあぁああああっ!!」


 美女の口から、いや、アンドゥの口から断末魔が聞こえた。

 アンドゥはどうやったか一瞬で上着を脱いで、腹にあった巨大な口で美女の上半身を……食べた。

 一口だった。

 人間を一飲みする、そんな妖怪をどこかの漫画だかアニメで見た事がある。だが、リアルに見たソレは異様で異常で異形だった。

 この短い思考時間の間にアンドゥは美女の下半身を上に放り投げ、豆粒を器用に口に放る、そんな行為のように人間を食べた。

 部屋に広がるのは鈍く重い咀嚼音。


「……ぺっ!」


 腹の口から吐き出されたのは、美女の首輪とそれに付いていた鎖。


「な……何やってんだよっ!」

「おや、やはり食されたかったという事でしょうか?」

「な、何で人を……っ? それにその口は……」


 そう言ったところでアンドゥは何かを得心し、拳を掌にぽんとつけた。


「あ、これは失礼致しました。わたくしはアンドゥ。ワラキエルの家の執事長。そして、魔族十魔士が一人、ダークマーダラーのもと頭首でございます。そしてミケラルド様、貴方様は、偉大なる魔族四天王、吸血公爵スパニッシュ・ヴァンプ・ワラキエル様のご子息でございます」

「……」


 さようなら地球、こんにちは異世界。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「あぁ、残念ですな。このような美しい黒銀の髪をこんなにも切ってしまわれるとは……」

「……前が見えませんからね、仕方ないです」

「おぉ、ご自身の機能的な動きを計算されているのは素晴らしい事です。確かに見てみれば、この血の気を帯びた赤い瞳にぴったりな髪型でございます」

「そ、それはどうも……」


 にこやかに血がどうとか言うなんて、既に価値観が違うというか、そもそも種族が違う。

 ダークマーダラーて……。

 しかし、この世界に生まれた以上、この世界に慣れなくてはいけない。

 問題は食事か。

 俺の種族はヴァンパイア。吸血鬼というやつだ。

 食事は主に美女の血。という話だが、いらないからそういうの。

 生娘の血かと思ったが、そういう括りはないそうだ。美しい者であれば、熟女から幼女まで困った範囲の奴隷ちゃんが運ばれてくるらしい。

 食すのは人間。だからいらないってそういうの。

 普通の料理が食べたいと言っても、このマーダラー安東には普通の料理が何なのか伝わるはずもなかった。

 人間が食すような食べ物を、と付け加えると、アンドゥはかなり引き気味に理解してくれた。

 魔族の中にはそういった食を好む者もいるみたいで、すぐにそういった料理が出来る者を手配すると言ってくれた。

 これで目の前で起こる、マーダラー安東によるスプラッター教室というチャンネルは封印出来た。

 根本的な解決にはなってないが、今の俺に何が出来るかと言われたら、そう、何も出来ない。

 死ぬ奴隷の数を減らす事くらいしか、俺には出来ないのだ。

 だから情報を集めつつ出来るだけ身の回りの環境を整えなくてはいけない。幸いアンドゥは俺の命令には従ってくれる。

 だが、近日中に俺へ試練が訪れると宣告された。

 数日後、ワラキエル家ご子息の誕生祭があるとかないとか。

 その時は、いや、公的な場でだけは俺に「女の血を吸ってもらいます」と言われてしまった。

 魔族四天王の子息が偏食家では困るという体裁のためだと。そんな事を言っていた。

 魔族の中で人間の食べ物は元の世界でのゲテモノ料理みたいな感覚なんだろう。確かに格式高いお家柄でそれは困る。

 我儘を言ったら何をされるかわからないし、とりあえず体裁のため、少しだけ吸って終わらせるという事で話はついたが、こんな簡単に決めてしまっていいのだろうか?

 アンドゥが美女を食べた時、恐怖より驚きが大きかった。

 勿論怖いのだが、人間だった頃のソレとはどうも感覚がぬるくなっている気がする。

 これが人外転生の感覚変化というやつだろうか。

 その内、目の前で人間が殺されても何も思わなくなってしまうのか?

 ……くそ、想像したくもないな。だるんだるんの肉塊野郎だった俺だが、人間としての尊厳が残っているという事か。

 そんな自分にホッとしていると、アンドゥが俺の髪を切り終えたのか、片付けをしながら俺に聞いてきた。


「誕生祭で用意する奴隷の好みを伺えますか?」


 え、何この羞恥プレイ。

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