その3 おっさんとようじょ。

 好み……はて、好み。

 俺の好みは一体何だろう? いや、そもそも少し血を吸うだけだろうが。

 それなら子供を選ぶってのは避けたい。だが、大人を希望しても後味が悪い。結局のところ俺が選んだ事になるのだから。

 だから俺は、好みを聞いてきたアンドゥに「お任せコース」を選んだ。

 そうすれば少しは責任をアンドゥに向ける事が出来ると考えた俺は、やはり浅知恵なのだろう。


 その日の夜、スパニッシュが帰って来た。

 相変わらず青白い顔してやがる。掘りは深く、頬はこけている。

 俺と同じ深紅の瞳に金髪のオールバック。スーツと、内地が赤く外地が黒いマントの、いかにも吸血鬼様という感じだ。

 スパニッシュは俺をちらりと見るだけで、特に俺に話しかけてくる事はなかった。

 俺は別に気にしないが、魔族の親子間なんてこんなものなのか?

 そう言えば、さしたる違いはないだろうが、吸血鬼にヴァンパイアにドラキュラと様々な呼び方がある。

 こちらの世界でも同じみたいだが、一般的には吸血鬼と呼ばれるそうだ。

 だからっていうのもあれだが、鬼族に分類されるとの事だ。

 因みにダークマーダラーも鬼族で、吸血鬼とは同族という事で、位の高い吸血鬼のスパニッシュがアンドゥを雇っているそうだ。

 そうこうして部屋に戻ると、俺の手術服がランクアップした。

 ようやく仕立て上がったという事で、アンドゥが三歳児用のスーツを部屋に持ってきた。着替えに手間取らない俺を見て少し驚いている様子だった。


「ど、どうしました?」

「よく着方がわかりましたね? 普通、三歳といえば着替えもままならないと思ったのですが……そういえばミケラルド様は、かなり落ち着いていらっしゃいますね? それに言葉遣いも」

「へ?」

「旦那様のお話しでは、無数に存在する高貴な魂を呼び込んだという事ですから……なるほど、さぞや頭の良いお方になるでしょうね」

「……」


 つまり……肉体同様、魂、というか意思も三歳相当だと思われているという事か?

 アンドゥが俺の将来を思う様子を見て納得した。だがそれならどうして好みを聞いてきたんだ?

 そんなの三歳児にわかる訳……んや、本能的にわかると認識してるのかもしれないし、アンドゥが俺の反応の良さを見て聞いてきたのかもしれない。あの時はまだアンドゥも緊張してたのかもしれないしな。

 という事は、俺は三歳の振りをしていた方が良いという事か。

 変に異質アピールをして消されてしまっては敵わない。何たって相手は魔族、今はまだ情報が必要だ。

 それにしても、魔族は子供を産めないのか? 何故俺を召喚するような事になったんだ?

 繁殖が出来ないのを聞くのも中々難しいな。もし気に障ったらだ。

 むぅ……腫れものを触るような感じでこれから生きていかなくちゃいかんのか。ストレスが溜まりそうだ。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 それから三日後。今日の夜には俺の誕生祭。

 ……そして、初めての吸血。あぁ、嫌だ。是非とも誰かに替わって頂きたい。

 そういえば二日前、俺専属のシェフが屋敷に通うようになった。

 竜族の下男、リザードマンのジェイルさん。

 初めて見た時は死をイメージした。クロコダイル? アリゲーター? そんな顔と口をした二メートル級のやつが俺の眼の前で頭を下げたんだ。下げたまま俺をひと飲みされるんじゃないかとヒヤヒヤしたものだ。

 話してみるとかなり無骨そうな感じで、口数が多くない。武人って感じのが近いだろうか?

 どうやら彼は、人間の生活圏に生息していたため、人間の料理を知っているのだという話だ。

 出された料理は、どこぞの飯マズ嫁が作った嫌がらせ料理かと思ったが、食えない訳じゃなかったので文句を言わなかった。少し……というかかなりしょっぱい。

 礼を言ったら「給金分の働きはします」とだけ言って離れの小屋に帰っていった。

 どうやら鬼族と竜族はそんなに仲が良くないようだ。料理を出来る者が余程いなかったのか、仕方なくという感じで雇ったのだろう。

 アンドゥもジェイルに向かっては冷たく対応していたし、そういう事なんだろう。


 案の定、というかなんというか。そういう理由もあるのだろう。

 夜、家の広場に集まったのは、鬼族と魔獣族、そして妖魔族だけだった。

 友好的なのはこれくらいという事か。

 鬼族は見るからに鬼というようなやつから、人間に近いアンドゥみたいなやつがいた。

 魔獣族というのは獣人みたいなやつらだな。獅子の顔や牛の顔といった様々な獣人がいた。

 おい、ケモミミっ娘はどこだ? 洋ゲーのリアルで怖いタイプのやつしかいないぞ!

 妖魔族……これは恐ろしかった。顔を隠し、ローブを纏ったやつらに、身体が透けている幽霊みたいなやつら。くそ、実際に見ると驚く者ばかりだ。

 どいつもスパニッシュに挨拶をし、俺へ好奇の視線を向けていた。

 俺はいつ食われるんじゃないかと気が気じゃなかったが、周りが落ち着きを見せた頃、スパニッシュの挨拶が始まった。すると皆が沈黙し、こちらを見てきた。


「皆の者、よく来てくれた。此度は息子ミケラルドの誕生祭に集まってくれた事、まず感謝する。本日は良質の食事も用意した。是非皆で堪能して欲しい。息子のミケラルドだ」


 スパニッシュが俺を紹介するように片手で肩を抱いた。

 俺はアンドゥが用意した挨拶を思い出すように復唱した。


「皆様、本日は私のためにお集まり頂きありがとうございます。ミケラルド・ヴァンプ・ワラキエルと申します。今宵は私の誕生祭でもありますが、皆様の交流会でもあります。是非とも私とともに楽しんで頂けたら幸いです」

「「…………」」


 よし、この沈黙のあとに、

「魔族の繁栄のために」

「「魔族の繁栄のために!!」」


 会場が恐ろしい咆哮で震え、そして揺れた。

 俺は心臓がおかしくなるかと思いながらも、笑顔を維持した。頑張れ、俺の表情筋。

 皆が歓談をし始めると、俺の震える肩をスパニッシュが叩いた。


「よくやった、ミケラルド」

「は、はい、父上っ」


 普通の三歳はこんな事出来ないんじゃないか? いや、魔族なら多少の成長の違いがあるのだろうか?

 まだまだ情報が足りないが、今はそんな事を考えている場合じゃない。

 そんな事より異常な事態が俺の目の前で起こり、そしておれは恐怖した。


 ―――― パ ー テ ィ 惨 劇  が 始 ま っ た ――――


 歓談なんかは最初だけ。アンドゥや他の使用人たちが運んで来た美男美女たち。

 魔獣族は泣き叫ぶ人間を気にせずむさぼり食っている。

 妖魔族は人間に触れ、生気を吸い取った。乾いたスポンジのような人間……もはやこの誕生祭は惨劇としか言えない状況だった。

 気持ち悪くて吐きそうだが、そんな事を言っている場合じゃなかった。

 俺の眼の前にもついに運ばれてきてしまったのだ。


「今宵は希少な雌が手に入りました」

「ほぉ、ハーフエルフか……値が張ったのではないか?」


 荷台の上では、十歳前後の女の子が身を小さくしながら静かに泣いていた。

 ハーフエルフ、よく異世界に出てくるエルフと人間の混血種。

 俺の知っているイメージ通り、エメラルドグリーンの毛に少し尖った耳。違ったのは金色の瞳というとこくらいか。てっきり、瞳の色も髪と同じかと思っていた。

 ショートヘアーが似合う可愛い女の子だった。くそっ、何故子供を選んだ安東さん……!


「ほっほっほ、確かにそうではありますが、ミケラルド様のため、鬼族が出資して購入致しました」

「ふっ、そうか。有難く頂戴しよう。では、ミケラルド」


 スパニッシュの言葉と、少し背中を押す力が一緒になって俺の歩を進めさせた。


「首元をひと噛みで構わん。後程適当な言い訳をすればそれで済む」


 いや、皆、食事、、に夢中でこっちなんか全然見てねーよ。

 立場とか体裁もあるんだろうが、別にこれは……――。


「やれ」


 あ、はい。

 ええい、くそっ、もう何とでもなれ!

 そう思った俺は、慣れない動きでハーフエルフの女の子の首元を…………噛んだ。

 すると、俺の口は、呼吸は、俺の意識は、異常な動作を起こした。


「がぁ……じゅるじゅる」


 勝手に女の子の血を啜りすすり続けるのだ。俺の意識は、言う事がきかない。

 う……美味い。まるで上質なワインを飲んでいるかのようだ。いや、これは中毒性のあるコーラか!?

 どうなってる。と、止まらないっ……と、止められない!!


「ふっ、やはり吸血鬼とはこういうものだ」

「ミケラルド様、お見事でございます」


 血をむさぼる俺の後ろで、二人の嫌な笑いが混じった声が聞こえる。

 くそ、止まれ、止まってくれ! このままじゃ、この子がっ!

 そう思った時、この衝動にブレーキを掛けたのは、女の子の小さな泣き声と悲鳴だった。


「あ……ぁ……っ!」

「はっ!」


 突然の出来事だったが、すぐに俺は口から女の子を離し、そのまま倒れる身体を支えた。

 血の気が失せた青白い肌。誰がどう見てもこれはやばい。


「ご、ごめんっ」


 咄嗟に謝罪を述べたのがまずかったのか、後ろでスパニッシュの舌打ちが聞こえた。

 くそ、どうしろってんだ!


「これはこれは……では残りはわたくしが処分致しましょう。ミケラルド様、そこをおどきください」


 ど、どうする……っ?

 このままじゃ結局この子を救えない。生きられるかもわからない状態だが、アンドゥには渡せない。

 どうする!? もっともらしい魔族的なかばい方を高速で閃け、この馬鹿頭!


「こ、こいつは私が飼いますっ!」


 絞り出した、苦し紛れの言葉。

 人間性を出さない魔族的台詞。


「どういう事だ? ミケラルド?」


 重圧という言葉に重力が掛かったような恐ろしい言葉に、俺の脳は高速で回転する。

 立ち上がり、口をゆっくりと布で拭い、優雅に振る舞う。

 選択を誤るなよ、俺!


「失礼しました。このような珍しいハーフエルフ、今殺しては惜しいのです。食事を摂らせ、元気になったらまた吸血します。幸い私には専属シェフがいるので餌には事欠かないでしょう。いかがでしょう父上? お許し願えますか?」

「…………」


 鋭い視線に俺のポーカーフェイスがぶれそうになる。頑張れ、俺の表情筋パート2!

 だがこれはヒビでも入ってるに違いない。目だって素人の犬かきのように泳いでいるだろう。

 怖い、これが魔族四天王のプレッシャーか。この場にいるだけで押し潰されそうだ。

 そんな時、魔獣族の鳥面の男が俺に助け舟を出した。いや、実際にはそうじゃないんだが、俺にとっては僥倖というべき出来事だった。


「スパニッシュ殿、食事、、が足りなくなってきた。追加はないのかな?」

「む、これは失礼した。アンドゥ」

「かしこまりました」


 スパニッシュが顎先でアンドゥに命令を出す。

 アンドゥがその場を離れ、スパニッシュは俺を少し見ると、「好きにしろ」とだけ言って来賓の下へ歩いて行った。


「た、助かった……あ、やべ」


 零した言葉をすぐに飲み込んだ。

 俺は、ショートしかけている頭を振り払った。冷静になってハーフエルフの女の子を見ると、これは……あまりよろしくない状態だな。


 俺は戻って来たアンドゥに頼んで、女の子を部屋まで運ばせた。

 腕力がないってのは困りものだ。アンドゥは終始美味そうな食事を見るような目で女の子を見ていた。食うなよ?

 流石に俺のベッドはダメという事で、来賓用のソファーの上に寝かせた。

 アンドゥに「手当ては出来ないか?」と聞いたところ、「人間用のものはない」と一蹴されてしまった。

 アンドゥはパーティの手伝いがあるからと会場へ戻ってしまったため、俺はわらにもすがる思いで離れの小屋へと向かい、そのドアを叩いた。


「ジェイルさん! ジェイルさん! お願いです! 開けてください!」


 俺の声にすぐに反応するのは流石使用人という事なのか、ジェイルはすぐに出てきた。

 不機嫌そうな様子だったが、今はそんな事に構ってられない。


「……どうしましたか、坊ちゃん? お子様が外に出ていい時間ではありませんぞ」

「はぁ、はぁ……お、お願いがあります!」


 俺の様子が余程おかしかったのか、ジェイルは俺が引く手に従って、付いて来てくれた。

 部屋に着いた時、ジェイルは「下男が坊ちゃんの部屋に入るなど」と一瞬ためらったが、強い思いが通じたのか、しぶしぶ入ってくれた。


 そして、ソファーに横たわる女の子を見た瞬間、

「……助けろと?」

「お願いします!」


 膝より頭を深く下げた。

 どうにか回復して欲しいと思った結果かもしれない。自然と頭が下がった。

 下げ過ぎて倒れそうな勢いだ。足がプルプルしていらっしゃる。

 少しの沈黙ののち、ジェイルは「ここでお待ちを」とだけ告げて部屋を出て行った。


 五分程だろうか? 青ざめる女の子の手を握りながら待っていると、ジェイルが戻って来た。

 手に鍋と、長ネギのような草と銀色のピッチャーを持って。

 テーブルにそれを一度置くと、ジェイルは慣れた様子で女の子の傷口を見始めた。

 俺は出来る事はないかと頭の中で探し、ベッドのシーツを破って傷口を拭った。

 簡単に破けた事に驚いた。三歳にシーツが破ける腕力があるのか? と思ったが、今はそんな事はどうでもいい。

 ジェイルは俺の対処に驚いた様子だったが、すぐに次の作業に移った。

 鍋の中にピッチャーからお湯を入れ、長ネギのような草を思い切り握って雫とし、それを垂らした。


「増血草だ」


 それだけ言うと、俺の部屋を見渡した。何かを探している様子だ。

 あ、そういう事か。俺は枕元にある「吸い飲み」を取り、それを渡した。ジェイルが俺のために用意した物だ。

 すぐにその吸い飲みの中に鍋の中でかき回せた薬湯を入れ、女の子にゆっくりと飲ませた。

 口の端から少し零れてはいるが、それ以上に飲み込んでいるみたいだ。頼む、助かってくれ。

 さっきと同じように手を握り女の子を案じた。


 一時間程経っただろうか。女の子に血色が戻り始めた。だ、大丈夫そうか?

 俺はジェイルの顔を窺う。


「……もう大丈夫でしょう」


 その言葉に、俺は長く深い安堵の息を漏らした。

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