2 ロリコン、取引を持ちかける
「えーと、とりあえず話を整理したいんですが、その前に胸をしまってください」
立ち話もなんだということで木陰の大岩の上に腰掛けて、僕は現状の整理をすることに決めた。
第一にババアの見苦しい胸なんて見たくもないので、丁重にそれをしまわせる。
泣き止んだ女盗賊は納得できていない表情ながらも渋々服を着直した。
「ええと、女盗賊さん……」
「オレの名前はオリーヴだ……今はな。男だった頃はオリヴィエと名乗ってた」
「はあ、ではオリーヴさん。貴方はなんで女になったんですか?」
「オレだってわかんねえよ……! ある日いつものように盗賊稼業をしようとして旅人に襲いかかったら、反撃喰らってバッサリ切られて……」
自業自得過ぎる。
「でも傷一つついてなくて、代わりに体が女になってた」
「なんですかそれ、どこの魔法の世界の話ですか……ねえ、アイン?」
アインの方を振り向くと、アインはまたもや冷や汗をダラダラ流していた。
至高の幼女は汗も綺麗だ。全身くまなく拭き取ってあげたい。
……。
「いけませんねアイン、そんなに汗を放っておいては。ガーゼで拭き取ってあげますからちょっとこちらにいらっしゃい」
「待ってストップ! この状況でご主人様まで自分の世界に入ったら収拾がつかなくなるから!」
良く分からない理由で拒絶されてしまった。
上空高くに飛び上がりながら、アインはばつが悪そうな表情になる。
「……えーとね。多分それ、私の妹が関わってると思うの」
「妹……と言うと前に言っていた?」
「うん。多分これは、フィーアの仕業だと思う」
「どういうことですか?」
フィーア……と言うと前に言っていた姉妹のうち、三番目の妹のことだろうか。
「魔剣の力というのは、人を殺して強くなるのと、精霊を成長させて老けさせる以外にないと思っていましたが」
老けさせる、という部分に何か言いたげだったが、アインは構わず話を続けた。
「もちろん基本的にはそれだけだよ。でも一定以上力を蓄えると、魔剣は新たな特殊能力を剣そのものや担い手に与えることになる」
「特殊、能力……」
「ドライを倒した時、ピカピカ光る担い手の姿を見たでしょう」
「ああ、あの何のためにあるのか良く分からなかった機能……」
結局光っただけで終わったよなあれ。
「オリーヴさんの女性化も、その手の力が原因だと?」
「うん。一応言っておくとドライの能力もあれが完成形じゃなくって、もっと人を殺せばレーザー照射砲に進化していたはず。まだ殺人量が足りてなかったんだね」
「なんですかそのやたらと強そうな能力は」
「だからこれから魔剣使い狩りをやっていくにあたって、早い段階でドライを潰せたのは結構大きいよ」
そんなことまったくの無自覚だったのだが、どうやら大金星だったらしい。
「多分あの子、能力を最大まで覚醒させてたら私達の中で一番強かったし……」
でもなんでレーザー出すなんて力を身につけてしまったんだろう。
こほん。まあ、ドライの能力については放っておこう。
少なくとも今暫くは脅威にならない存在だ。
「それで、フィーアとかいう魔剣の精の能力が……」
「うん。フィーアが憑いている『レーヴァザックス』が持っているのは、『斬った相手を殺すのではなく、その性別を反転させる』能力」
直球だな。もっと捻った力の応用なのかと思ったら、普通に性転換する剣なのか。
っていうかこっちこそなんでそんな力身につけてしまったんだろう……。
「強さとしては大したことない代わりに、比較的殺した人数が少なくても発現する能力。大体五〇人くらい殺していたら、使えるようになるんじゃなかったかな?」
それでも相当な数に聞こえるのは気のせいだろうか。
「ただ、純粋に力を求める担い手にとってははっきり言って全く要らない能力だから、存在を無視されることもしばしば、って感じかな」
なるほど。今回の『レーヴァザックス』とやらの担い手は、そっち方面の趣味があってしまったタイプだったってことか。
「おい~! 何一人でブツブツ言ってるんだよ!」
僕がアインと話を進めていると、オリーヴが不服そうに頬を膨らませていた。
「ああ、すみません。そういえば彼女の姿は貴方には見えないんでしたね」
サリアさんやドライのような、力が弱い状態でもアインの姿を見られる力の持ち主と関わり続けてきたせいで、その辺の感覚がおかしくなっていた。
「魔剣使いというのは必ず幼女の形をした精霊を連れています。精霊の姿は担い手にしか見えないので不審に思えたかもしれませんが、今僕はその精霊と会話をしていたんですよ」
「幼女の姿のを連れてるのはご主人様一人だけどね!?」
アインは相変わらず突っ込んできたが、その声はオリーヴに届かないので誤解は解消されない。
オリーヴは僕の話を聞いて、胡散臭そうに眉をひそめた。
「精霊とか、なんだかオカルティックな話だな。……本当にお前、魔剣使いであってるんだよな?」
「こちらからすれば、貴方の身に起きた変化の方がよっぽどオカルティックですよ」
それもそうか、と自分の胸に手を当てて肩を落とすオリーヴ。
「こんな姿になった今じゃ、信じられないと思うけど……オレ、元々は最強で無敵の大盗賊だったんだぜ」
「はあ、そうですか」
まあ、最強無敵かどうかはともかくとしても腕が立つのは見てれば分かった。
身体能力にそぐわない立ち回りのうまさも、男時代に培われたものなんだろう。
「奪った金品は数知れず、そこらの田舎貴族なんて目でもないような贅沢な暮らしを送ってきた!」
「へえ、そうでしたか」
「なのに今じゃ、こんなみすぼらしい姿になって! 力は衰えたし仲間からも見捨てられて、昔のように自由気ままには振る舞えねえ!」
「確かに、そうなりますね」
「だからオレは、オレをこんな姿にした奴を許さないと決めたんだ!」
「そうですか。それは大変ですね」
「信じてないだろお前!」
「信じてますよ。ただ全く興味がないだけで」
いちいちやかましい奴だなこいつ。
「僕の興味を惹きたければ、あと十歳は若い姿になって出直してきてください」
「は? 今のオレの外見、大体十八歳くらいだぞ? これが十歳若返ったら八歳とかだぞ!?」
「ちょうどいいくらいですね」
「何もちょうど良くねえよ! 何言ってんだお前!」
「だからロリコンだって言ったじゃないですか」
僕が淡々とそういうと、オリーヴはわざとらしく首をぶんぶん振った。
「くぅ~~~!! この美少女の魅力が分かんねえとはつまんねえ奴だな」
「そんな歳で美少女を名乗るな」
「なんでいきなりドスの利いた声になってんだよ……怖えよ」
「それに、貴方その体が嫌なんじゃないんですか? 随分と気に入っているような言い回しですが」
「いやな、確かに可愛いとは思うんだよ。男時代に山道で見かけたら、まず間違いなく攫ってたな」
しかし、そんな話を僕に聞かせてこいつは何がしたいんだろう。
心証を悪くするだけだと思うが、盗賊なんてやってたらその辺の感覚が狂ってくるのかな。
「だけど、オレ自身についてたらヤれねーじゃん! オレは美少女に突っ込みたいんであって、美少女になって突っ込まれたいわけじゃねーの!」
「まあ、大体の男はそうだと思いますよ」
「だから、オレとしては今すげえもどかしい気持ちで一杯なわけよ。もちろん男には戻りたいわけだが、戻ったらこの女とやれねーわけで……」
そしてオリーヴは、意味ありげにオレに対して目配せをしてきた。
「だからさ、その魔剣の精霊ちゃんが本当にいるってんなら、ちょっと相談してみてくれないか?」
「何をですか?」
「オレを男に戻しつつ、かつこの見た目でオレの言うことを何でも聞いてくれるおしとやかで従順な美少女を手に入れる方法はないか…‥ってことをよ」
「一応聞いてみますけど無理だと思いますよ」
「無理だよそんなの」
「無理だそうです。お疲れ様でした」
「早えなオイ! もうちょっと考えてみてくれよ」
「考えたってどうせ無理です。どうぞ諦めて、その女性の体のまま奴隷にでも売り飛ばされてください」
「酷いこと言うなお前!?」
オリーヴはがっくり項垂れて、少ししょげかえった顔になった。
「まあ、オレとは別に美少女を生み出すってのが無理ってのは分かってたさ」
「新しく人を作り出すことになりますからね……」
「だが、元に戻ることくらいはできるはずだろ? 例えば、そいつを倒して魔剣を破壊するとかさ!」
「どうなんですか、アイン」
「うん、まあ……フィーアの魔剣の能力は単純に性別の反転だから、一度男から女になった人をもう一度斬れば、必然的に女から男に戻ることになるよ」
「もう一回斬られれば元に戻れる、と言っています」
「なるほど! つまりオレを女にした糞野郎をとっ捕まえて、オレをもう一回斬らせたらいいってことだな! やっぱりオレが立てていた計画は正しかったんだ!」
嬉しそうに飛び跳ねるオリーヴ。
そうやってはしゃいでいる姿はどう見ても二十代弱のギリババにしか見えないが、中身はきっともっと老けたおっさんなんだろうと思うと悲しくなってくるな。
「ギリババって何、ご主人様」
「ギリギリババアの略。十三歳から十八歳までの年代を指します」
「思春期という言葉をおよそ最悪な形で表現した別称だね……」
ギリギリ行けることもあるのでそれで許して欲しい。
「おほん……逆に、魔剣の破壊は止めた方がいいと思うよ!」
善意からか別の意図があるのか、アインは情報を付け加えた。
当然彼女の声は奴に届かないので、僕が通訳をやることになる。
「魔剣の力は担い手が変わるとリセットされるから、一度殺しちゃうと担い手を見つけてーの、次の担い手が十分な数人を殺してーのと、準備が整うまで長い時間がかかっちゃうからね!」
「すぐに戻れなくなる可能性が高いので、魔剣使いの方は手を出さない方がいい、らしいですよ」
「なるほど、そうか! ありがとな、参考になった」
「そうですか、それは何よりです」
「お前らを襲って良かったよ! やっぱり盗賊時代のメソッドは役に立つな!」
「……!」
その着地点はもやっとする。
だが、まあこちらとしても慈善事業としてやったつもりはない。
一応見返りのことは頭においてあるのだ。
「しかし、魔剣使いを探しているならどうして僕達を襲ったりなんかしたんですか? 顔は覚えているんですよね?」
「ああ。インテリな雰囲気がどぎつい嫌味な眼鏡の男だったぜ。間違ってもお前じゃなかった」
男、ということは、アカシアにいる領主の娘とも無関係か。
つまりこれで二人分、魔剣使いの情報を得られたということになる。思いの外順調でドキドキするな。
「だったら、僕を襲う意味とは……」
僕がそう言うと、オリーヴは自分の二の腕を逆の手で何度か揉んでみせた。
「だって今のオレ、こんな体だぞ? まあ女らしくふにふにの体になっちまって、パワーもスピードも昔に比べて全然足りてない」
情けなさそうにそう語るオリーヴ。
元の体を知らないけど、多分そうなんだろうな。
「男時代ですら仲間と協力してあいつに手も足も出なかったのに、今のオレの体で勝てるわけがねえ」
魔剣使いというだけである程度強さにバフがかかってること確定なのに、それに加えて能力なる新しい扉を開くほどとなると相当だ。
「だからあいつに対抗するために、オレには魔剣が必要なんだ! っつーわけでお前、オレにその魔剣を寄越せ!」
「信じられないほど図々しい奴ですね。お断りします」
アウトローとして生きてきたからか、不遜な要求をすることに抵抗がなさ過ぎる奴だ。
正直言ってあまり関わり合いになりたくはないのだが――――
「僕達を殺そうとしていて、よくもまあそんなことが言えたものですね」
「おいおい、勘違いするなよ。オレは確かに盗賊だ。だが、誰かを殺そうとしたことはない」
「はあ?」
「今日だってそうさ。その証拠に、オレの武器は殺人の道具としては不適切な木刀だっただろ?」
――――それでも、こいつが僕達が求める情報の一端を握っていることは間違いない。
「……木刀でも十分に人は殺せますけどね。まあいいです。魔剣を渡す気はありませんが、貴方の力になってあげることはできるかもしれません」
「なんだと?」
「実は僕達の目的も、魔剣使いを倒すことなんですよ。一つ取引をしませんか」
「取引……だと」
ごくりと唾を飲み込むオリーヴ。
「貴方が男に戻る手助けをしてあげる代わりに、そいつに関する情報をください」
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