第二幕 引きこもり令嬢と新たなる剣

1 ロリコン、盗賊に襲われる(二日連続二回目)

「……アイン。また何かよからぬものを近づけましたね」


 コナラからアカシアへ向かう途中の山道の中。

 ふと不気味な気配を感じた僕は、空にぷかぷか浮かぶアインをじっと睨む。

 アインは小気味よさそうにくすくす笑った。


「あれ~? 私の魅力が、また溢れ過ぎちゃったかな~?」


 物理的干渉能力を持たないアインが唯一僕以外に影響を及ぼせるのが、誘惑フェロモンの分泌だ。

 魔剣が持つ強大な力を欲する人間を引き寄せるこのフェロモンは、必ずと言っていいほど争いの種になる。

 僕は彼女が放つこれのせいで、幾度となく盗賊や荒くれ者どもに絡まれてきた。

 ま、全て返り討ちにしてやったけど。


「もうコナラの村からは離れたから、サリアさんを巻き込んだりすることもないだろうし? もうそろそろ、ご主人様にはまた命の危機に陥ってもらおうかと思ってね」

「貴方にもできるんですね、そんな配慮が」


 それは、他人に配慮することを知らない彼女にしては実に珍しい行動だった。

 アインから見ても、サリアさんの善良さは敬意に値するものだったのだろう。


「大体、まだ諦めてなかったんですか。とりあえず魔剣狩りをしてお互いの妥協点を探ろうって話だったじゃないですか」

「その後に言ったはずだよ、私は今でもご主人様のロリコンを止めさせるのを諦めないって」


 休戦協定でも結んでおくべきだっただろうか。


「このやり方はロリコンじゃなくするというよりも、ただ貴方が幼女ロリじゃなくなるだけじゃないですか」

「ま、そこはどっちでもいいんじゃないかな? ともかく、もうすぐそこまで来てると思うから対処頑張ってね」

「やれやれ……」


 僕は大きく息を吐いた。

 確かにこの剣に誘われた何者かが近づいてきているのは間違いない。

 だが、その接近は実にお粗末だ。

 足音を消す最低限の注意すらしていないし、あふれ出す淀んだ雰囲気で来る方向も丸わかり。

 正面の開けた方向からやってくるようだから、反撃もかなり楽にできる。

 しかも他に気配が見当たらないから恐らく単騎特攻だろう。

 昨日倒した盗賊たちの方が、まだ立ち回りが賢かったぞ。


「……では、身の程知らずに、打擲ちょうちゃくを加えてやるとしましょうか」


 僕は鞘付きディアボリバーを腰から外して、いつでも敵を打ち据えられるよう構えを取る。

 ほどなくして、足音をうるさく響かせながら、そいつは僕の目の前に現れた。


「そこのお前。痛い目に遭いたくなかったら、その剣を置いてどこかに立ち去れ」

「……なんですか、貴方は」

「何って、盗賊だよ。見れば分かるだろ?」


 僕が困惑と呆れを隠せなかったのは、現れたその女盗賊の姿が、あまりにも間抜けだったからだ。

 その女が身につけていたのは皮鎧。とは言っても守っているのは胸部だけで腹回りは丸出し、しかもノースリーブの痴女仕様。

 ボトムスもパンツ同然の短いホットパンツだし、とても真面目に戦う格好とは思えない。

 世の中にビキニアーマーなるものが存在するとは聞いていたが、まさかそれを盗賊稼業に使う馬鹿がいるとは思わなかった。


「……悪いことは言わないから、家に帰りなさい」

「ああ? なんだとてめえ? オレのことを馬鹿にしてんのか?」


 あっ、一人称『オレ』なんだ。

 随分とがさつな奴だな。ま、盗賊になるような奴ならそれも自然か。


「そりゃあ、そんな格好してたら馬鹿にもされますよ……」

「オレは動きやすいからこの格好をしているだけで、別に他意はねえよ。てめえこそ、人のことふしだらな目で見てんじゃねえよ!」

「見てませんよ」

「即答早えな! いかにもムッツリスケベの言い訳って感じでクソダサいぜ」


 言われなき嫌疑である。

 大体そんな汚いもの見せられてどうして僕が鼻の下伸ばさないといけないのか。

 色気を振りまいてるつもりなら、せめて胸をあと数キロ削ってから出直してきて欲しい。あと背も数十センチ削ってきて欲しい。


 そもそも指摘されるのが嫌なら見てくれ優先のその格好をなんとかしろ。

 なんだ、下品に腹を見せつけやがって。

 そんな不気味に細くなった腰を見ても、僕はぴくりともしない。

 折角背丈が低いからまだ直視に耐えうる雰囲気なのに、その凹凸の激しい体のせいで台無しだ。

 女性というのはやはりもうちょっとすとんって感じの体型じゃないと。


「まーたご主人様が特殊な趣味を一般常識のように主張してる……」


 特殊な趣味とは失礼な。適切な美的感覚と言ってもらおう。


「この人も可愛い系の美人なのに……」


 美人? 僕にはそうは思えないな。


「いずれにせよ、てめえの持っているその剣! オレにはそいつが必要なんだ! ずっと探していたそいつに、今日ようやく出会えたぜ!」

「ほう、この剣のことを知っているんですか」

「人を殺せば殺すほど力を得られるという伝説の魔剣、ディアボリバーだろ?」

「よくご存じですね。ということは、貴方……」


 魔剣ディアボリバーの伝説自体はそれなりに人々に知られているが、それが現実のことだと知っている者は少ないし、鞘に包まれた剣を見てそれがディアボリバーだと特定できる者はもっと少ない。

 発見の切っ掛けはフェロモンだったが、恐らく本当に探していたんだろう。

 しかしディアボリバーを欲しがるということは、まさか……


「ロリコンなんですか?」

「なんでそうなるんだよ!」

「ご主人様、普通の人は私をそういう用途では使わないんだよ!?」


 なんだ違うのか。折角同好の士が見つけられたかと思ったのに。


「訳分かんねえ因縁を掛けてきやがって……いいからよこせっつってんだよ! さっさと渡さねえと、痛い目を見ることになるぜ!?」

「その木刀でですか?」

「ああそうだよ! ボッコボコのボコにしてやるから覚悟しやがれ!」


 女は、手に持っていた木刀を振り回しながら僕に襲いかかってきた。

 なるほど確かに言うだけあって、昨晩のエルマーよりは幾分か立ち回りに慣れている雰囲気を感じる。


「やれやれ……」


 だが、身体能力の低さが致命的だ。どんなに上手く立ち回ろうと、これだけ挙動が遅ければ意味がない。

 というより、動きのセンスに身体能力が追いついていないとすら言えるかもしれない。

 僕は女の木刀を叩いてはたき落とし、そのまま脇腹に強烈な一撃を叩きつけた。


「がはっ――――!」


 女はごろごろと地面を転がる。足下の砂地にこすられて、女の全身は砂だらけになった。

 あーあー、鎧さえ着ていればあんな痛そうなことにはならなかったのに。


 あっさりと倒された女盗賊を見たアインは一瞬つまらなさそうに息を吐いて、それから倒れた女を指さしつつ僕にこう囁いた。


「さ、ご主人様を襲おうとした敵は、こうしてあっさり敗北したわけだけど……どうする? とどめとかさしておかなくていい?」

「貴方が呼びつけておいてよくそんなことが言えましたね!?」


 基本的に常識人ぶっているアインだが、時折人間より遥かに長い時を生きる魔剣の精霊特有の容赦のなさがちらつくことがある。

 殺人に対しての躊躇のなさは、ある意味その本性が一番良く現れる瞬間なのかもしれない。


「殺したりなんかしませんよ。わざわざとどめを刺しにいくほど、その人に恨みも危険も感じていませんから」


 もし今襲いかかってきたその女が幼女ならば、あるいは別の対応も考えたかも知れない。

 だが残念なことにこいつの見た目は恐らく十代後半。僕のストライクゾーンはとうに越えている。

 あれだけ強く打たれたらしばらくは起き上がれないだろうし、放置していいだろう。


「でも彼女、ディアボリバーを欲しがってたよ? ちゃんとやるべきことをやっておかないと、後からつけ回されちゃうかも」

「……」


 確かにそれもそうだ。殺すわけではないにせよ、釘を刺すくらいはしておいた方が無難かもしれない。

 いつの間にか起き上がってその場にしゃがみ込んでいた女盗賊に、僕は近づく。


「……!」


 びくりと体を震わせる女盗賊。

 強烈な一撃を食らったせいで、恐怖が体に刻み込まれているのだろうか。

 それにしたって先ほどとは一転、気弱な雰囲気はまるで小動物か何かのよう。

 そこまでの酷いことをした記憶はないんだけどな。


「貴方に、一つ話があります」

「く、来るなっ!」


 後ずさりする盗賊。

 この様子なら放っておいても問題なさそうだが、一応言うべきことは言っておかないと。

 今回は手際よく対処できたが、次万が一夜襲でも仕掛けられたら、手加減できずに殺してしまうかもしれないのだ。


「そういうわけにもいかないんですよ。いいですか? 貴方が言うことを聞いてくれないと、次はどうなるか分からないんです」

「……っ!」


 盗賊は一瞬目を伏せ、それから覚悟を決めたかのような眼差しになると、僕の目をまっすぐに見つめた。


「わ、分かった」

「そうですか、それはなにより、では――――」

「オレは空の雲数えてるから、終わったら教えろ……」

「は?」


 唐突に地面に寝転がり、虚ろな表情で服をまくり始める盗賊。

 こいつは何をやっているんだ?


「さっさと済ませろよ……遅漏は勘弁だぜ」

「いや、そうじゃなくて」

「オレを犯したいんだろ!? だったらさっさと好きにしろよ!」

「いやいやいや! いきなり何言ってるんですか!」


 当たり前だが僕にレイプ願望などはない。純愛至上主義かつ一途な僕にとっては、今アインを口説き落とす以外のことは眼中にないのだ。

 第一幼女ロリならまだしもこんな成熟ふけた女を犯せと? 罰ゲームかな?


「誰がそんなこと望んだんですか! 勝手に話を進めないでください!」

「うっせーバーカ! 童貞みたいなこと言ってんじゃねえよ! そんなこと言ってどうせオレのことを犯したくてたまらないんだろ!?」

「童貞ですし調子に乗らないでください! 貴方なんかに興味はありませんよ!」

「嘘をつくなよ! オレ、分かってるんだからな! 男は合法的に美女をレイプできる機会があるなら、必ずその道を選ぶって!」

「はあ~~~~!?」


 頭の中がピンク過ぎるぞこの女。


「目の前にいるのは盗賊! アウトローの存在! しかもとびっきり可愛いときたら犯すしかねえ、そう思ってるんだろ!?」

「なんという偏見ですか! そういうのはごく一部のタチの悪い悪党だけですよ!」

「偏見じゃねーし! かく言うオレが昔そうだったんだから、お前だってどうせ……」

「……かくいうオレがそうだった?」

「――――はっ」


 僕が口を滑らせた時とよく似た表情になって、女盗賊は口を噤んだ。

 なんだこの反応……?

 僕が怪訝そうな顔で彼女を睨むと、わたわたと手を振って誤魔化そうとした。


「な、な、なんでもない。気にしないでくれ。さあ、いいから犯せよっ!」

「だから犯さないって言ってるでしょうが!」


 いかん、こっちの話を聞くつもりがない。

 それにしても『昔そうだった』とは一体何を表してるんだろうか。

 『昔は男の気持ちが分かった』……がさつな態度……『オレ』……


「……まさか」


 いや。いやいや。

 流石にそんなはずはないだろう。いくらなんでも荒唐無稽な妄想に過ぎない。

 だが……万が一そんなことがあれば。


「あの、つかぬ事を伺いますが……」

「うるせえな! 処女だよ処女!」

「いやそんなことどうでもよくって……まさかとは思いますけど、『元々男だったりするんですか』、貴方?」

「!?」


 顔を青く硬直させて、冷や汗をだらだら流す女盗賊。

 ええ、まさかとは思っていたけど、本当に元男?

 仮に事実だったとして、なんで? なんで女になったの?


「……うっ、うぐっ、ちくしょお……」


 そして女盗賊、なんだか分からないうちに泣き出してしまった。

 これ、僕が悪いんだろうか。違うよな。


「笑えよお、こんな惨めな姿に変えられたオレのことを、好きなだけ笑えよぉ……」

「いや、笑いませんけど……」


 僕はどうしていいか分からず、助けを求めるようにアインの方に視線を移した。


「アイン。こういう場合は一体どうしたら……アイン?」

「……」


 何故かアインも、額から冷や汗をダラダラ流していた。

 舐め取りたい……じゃなくって。

 なんで無関係なはずのアインが冷や汗を?


「何か知ってるんですか、アイン?」


 僕が聞くと、アインは決まり悪そうに両手の人差し指をくっつけた。


「えーと、あのね……言いにくいんだけど、その人のこと……」


 そして彼女、僕から若干目を逸らして、空を見上げるように首を傾けながらこう言った。


「……私の姉妹が、関わってるかもしれない」

「は?」


 アインがうっかり呼び込んでしまった謎の女盗賊は、どうやら僕達にとって因縁浅からぬ存在だったらしい。

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