16 次の目的地は商業都市、アカシア!
朝が迫る中、僕達はそそくさと村に戻ろうとする。
すると村と外界とを分ける生け垣を背にして、仁王立ちして構える女性の姿が目に入った。
「旅人さん? あれだけ言ったのに、どうして外に出ているんですか……?」
そこにいたのはサリアさんだった。
こめかみをぴくぴくさせながら僕達を待ち構える彼女の姿に、僕は思わずたじろいでしまう。
「ゲッ……、サリアさん、どうして」
「外に出ていく貴方達の姿を見たから、心配になって待ってたんです」
「まさか夜通し、ずっとですか……?」
「はい、そうですよ」
け、献身的すぎる。
「そりゃ、旅人さんたちは過酷な旅を続けてきたんですから、多少なりとも腕には自信があると思いますよ。ですけど!」
サリアさんが一歩近づいて、僕の胸を指でつついた。
「殺人鬼は本当に危険なんですから、危ないことはなさらないでください!」
「……さ、サリアさん……」
「旅人さんが死んだなんてことになったら、私、どれだけ後悔するか分かりません。どうしてもっと強く、引き留めておくことができなかったのかって!」
ああ、この人は本気で心配してくれたんだ。昨日会ったばかりで、まだ何をしたでもないこの僕のことを。
なんていい人なんだろう。歳を取り過ぎていることが、心の底から悔やまれる。うっ、湧き上がる加齢臭が……!
「ああ、でも本当に無事で良かったです……」
自然に僕に抱きついてくるサリアさん。恐らく無意識の善意がそうしたのだろうが、くっ、この至近距離だと匂いが……。
僕は彼女をそっと引きはがし、少し姿勢を落として微笑んでみせた。
「ナチュラルに男にスキンシップできる積極性があるなら、きっといつかいい人捕まえられますよ。ロリコンの僕に構ってる場合じゃないと思います」
「優しいんですね、旅人さんは」
「優しかったら貴方のことをもらっていますよ」
瞬間、アインの膝蹴りが僕の頭頂部に突き刺さった。
(ご主人様、それは普通に失礼だよ!)
言われてみればそうである。しまった、また口が滑った。
「ふふ、そうでしたね。ごめんなさい」
だがどうやら、サリアさんは僕のそんな失言すら気にしていないようだった。人間としてできすぎている。
しかし人間としてできすぎていたが為にかえって
いやまあ、エリナがサリアさんの未婚の原因だというのはあくまで僕の妄想に過ぎないんだけど。
「でも、無事だったから良かった」
……その意味では、僕もあまり彼女に関わるべきでないのかもしれないな。
僕自身は自分のことをそうだと思っているわけじゃないが、人からは何故か変態扱いされることが多い身の上だ。
この村からはさっさと旅立つことにしよう。
(これだけやっててまだ何故かって言い張るんだご主人様……)
「……で、その殺人鬼の件ですが……」
「え? ああ、昼間の移動に警戒してるんですね?」
サリアさんは腕をまくって力こぶを作るジェスチャーをした。力こぶはできなかった。
「それなら大丈夫ですよ。昼に殺人鬼が出たという話は、今まで一度もありませんから」
「いえ、そういうことじゃないんです」
僕は後ろに引きずっていたエルマーを、サリアさんの目の前に転がした。
「ぐぎゅう……」
「殺人鬼、捕まえてきたのでご査収ください」
「……えっ!?」
驚愕のあまりか、目をぱちくりさせるサリアさん。
「僕と同じ魔剣使いが、悪さをしていたようなんです。もう魔剣は破壊して、無力化してあるからご心配なく」
「え、ええと……」
「この男は悪逆非道で、僕にとっても許しがたい存在ですが――――親しい人を実際に殺されたわけではありませんから、僕が手を下すのは何か違うな、と思いまして」
既にドライの破壊という形で、僕としてのけじめはつけている。
だとすると残りは、家族や友人を殺された村の人達の番だろう。
「こいつの処遇は、貴方達コナラの村の人間で決めてください」
自分では殺せないので厄介を村人に押しつけたと言われればそういう側面を否定できないもの事実だが……そうでなくとも、コナラの村の人達にもこの件について
その後、驚いたサリアさんが村の人達をたたき起こしてちょっとした騒ぎになったものの、エルマーの引き渡しは無事終了した。
◆◆◆◆◆
それからしばらく、借りた家で朝寝をして体を休め、昼過ぎに村を発つこととなった。
「もう少しゆっくりしていってもいいんですよ?」
サリアさんはそう言ってくれたが、あまりここに長居するわけにもいかない。
今は村の人達も僕のことを善良で勇敢な剣士だと思っているから、比較的温かく接してくれる。
だが時を経るにつれて、その目がじわじわと奇異と嫌悪に染まっていくさまを、僕はこれまで何度も目にしてきた。
だから僕は、あまり同じ場所に長く留まらないことにしているのだ。
「お気遣いありがとうございます。ただ、
「そうですか。それなら仕方ありませんね」
昨日今日と色々なことがあったが、サリアさんという素敵な人に出会えたというだけで、価値のある出来事だったと言える。
(へえ、ご主人様ってちゃんと大人の女性にもそういう思いを抱ける人だったんだ)
アインは自分の担い手のことをなんだと思ってるんだろう。
(別に恋愛感情だけが、人間を評価する物差しではありませんよ? 色情魔じゃないんですから、人間として尊敬できる相手には相応の敬意を支払いますとも)
(ご主人様がなんか真っ当な社会人みたいなこと言ってるの聞くと、やっぱり違和感あるなあ)
(だから前にも言ったじゃないですか。僕は元々このっ……憲兵をやっていたくらいなんですから、一般常識はちゃんと備わっているんです)
またうっかりと口を滑らせそうになった僕を、アインがジト目で睨む。
(この?)
(……なんでもありませんよ)
アインの追及から逃れるように、僕はサリアさんの方を向いた。口が滑りやすいのは悪い癖だ、直していかないと。
「そ、そうだ。その件で一つ、サリアさんに聞きたいことがあったんです」
「聞きたいこと、ですか?」
「はい。サリアさんの霊感体質を買って一つお聞きしたいんですが……以前にこの村を、僕達のようなペアが通過していったことはありませんか?」
「旅人さんたちのような、ですか?」
「ええ。魔剣使いとその精霊。僕達はこれから、そいつらを探す旅に出ようと思っているんです」
「そうなんですか。ええと……」
「もしその旅人の行き先とかを聞いていたら、教えて頂きたいなと思いまして」
サリアさんはしばし腕組みをして、思案して、それから何かを思いついたように眉を上げた。
「……あ、そうだ。旅人というわけじゃありませんが、他の人には見えない精霊を連れている人なら見たことがありますよ」
「! それです、それについて詳しく教えてください!」
「いいですけど……」
サリアさんは僕達を窺うように、僅かに目を細めて見せた。
「その人に会って、一体どうするつもりなんですか?」
「えっ? それは……」
魔剣を破壊して、若返っていく様を見てみたい……とか言ったら、どん引きされるよなあ。
いや、サリアさんは懐が広いからどん引きせずに受け入れてくれるかも知れない。
でも血生臭い争いごとの話だから、あまりいい顔はしないだろう。
ここは適当に誤魔化すのが良さそうだ。
「いえ、ただ会いに行くだけですよ。この子が姉妹剣に会いたいって言っていたので、ついでに僕も魔剣使いと親睦を深めてみたいなあと」
(えっ? ちょっとご主人様?)
(すみません、ちょっと嘘つくために名前借りますね)
アインの名前を勝手に拝借して嘘の説明をすると、サリアさんは納得したように頷いた。
「そういうことですか。でしたら、恐らくここから北に向かった先にある都市に行けば、それらしき人の姿を見ることはできると思います」
「! 本当ですか?」
手がかりを得るのが限度だと思っていただけに、この返答は僕にとっては
僕がかじりつくほどの勢いで迫ると、サリアさんは少したじろいだ。
「ええ……ですが、親睦を深めるとなると難しいかもしれません」
「と、言うと?」
サリアさんは少し困ったような顔をしてから言った。
「私にしか見えない精霊を連れているのが魔剣使いだとすると……その魔剣使いは恐らく、ここら一帯を支配する領主の娘さんだからです。名前はベロニカ」
「!」
領主の、娘。
「超がつくほどの箱入り娘で、普段はずっと領主様の屋敷の中に引きこもっていると聞きます。私が見たのも、随分と昔に領主様が領地巡行を行った時にこの村を訪れた一度きりです」
「それじゃ、普通に近づこうとしても……」
「ええ、門前払いを喰らうだけだと思いますよ」
なるほど。次なる相手は特権階級か。
だが、相手にとって不足はない。老婆が幼女へと移ろいゆく、あの美しき輝きを見るためならば、多少の苦労もスパイスだ。
「ちなみにその娘さんというのは何歳くらいなんですか?」
「この前に誕生日今年で十八歳になるかと思います」
「そうですか……チッ」
「ご主人様、舌打ちが漏れてる漏れてる」
残念ながら二粒美味しくとはいかなかった。
しかしまあ、
「っていうか、十八歳でも駄目なんだ。本当にロリしか認めないんだね。ボーダーはどのへん?」
「個人の見た目によっても変わってきますので一概には言えませんが、大体十二歳くらいでしょうかねえ」
「そっかー……」
気の抜けた息を漏らすアイン。
五歳とか六歳とか言い出さないだけ、大分マシな方だと思って欲しいんだけどなあ。
「……一体誰と比べてマシって話をしようとしてるの?」
「ほらえーと、アレですよ。刀剣擬チン化女とか首なしのっぺらぼうフェチとか、そういうのと」
「比べる相手が悪いよ!」
とまれこうまれ。
行き先が決まった僕達はコナラの村を後にした。
目指す先は、領主の娘『ベロニカ』が親と一緒に暮らしているという商業都市アカシアだ。
この一帯で最も大きいと噂のその都市で、僕は確実に次なる魔剣を破壊してみせる。
そしてまた――――あの美しい輝きをこの目に捉えるんだ!
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