15 ロリコン、旅の目的を見つける

「!? お、お前何を……」


 驚愕しているエルマーを放置して、僕はアインに再確認を取る。


「アイン、確か魔剣の契約は、剣そのものを破壊することによっても解除できるんでしたよね?」

「うん、そうだよ。魔剣は簡単には壊れないけど、同格以上の魔剣なら破壊することができる。そして壊された魔剣は霧のように細かい粒子になって、あるべき場所に送還される」


 あるべき場所、とは、魔剣を収納していた神殿のことだろう。

 アインと僕が出会ったあの場所のような神殿が、他にも世界各地に隠されているに違いない。


「その時に蓄えた力も失われて、魔剣は初期状態ロリータスタイルに戻る。これは、担い手が死んで送還される場合も大体同じ」

「幼女になった姿を拝めないのが残念ですが、まあ生きていればまた巡り会うこともあるでしょう」


 僕がこつこつと剣の腹をつつくと、ドライの顔がみるみるうちに蒼白になっていくのが分かった。

 アインと同じように、彼女にとっても蓄えた力は手放しがたいものらしい。


「ふ、ふざけるな! そこまで育て上げるのに、どれだけかかったと思っているんだ!」

「そ、そうだ! そんなことをすれば、妾の力が失われてしまうではないか!」


 ドライは僕の近くに走り寄り、デュランスレイヴを奪い返そうとした。

 だが僕の方も、奴にこれを渡すわけにはいかない。少々手荒だが、僕は走り寄ってきたドライをひょいと持ち上げ、ゆっくりと地面に押さえつけてから足で踏んだ。

 重心をしっかり把握した上で抑えているので、ただの足の一本の拘束ですら、ドライには解くことはできない。

 結果彼女は、身動きが取れないまま地面をじたばたとただ藻掻くことしかできなくなった。


「いやじゃ! そこにいるアインのように、惨めな姿になるのだけは絶対に嫌じゃ!」


 アインの姿が惨めだとは、聞き捨てならない言い様だ。

 ちょっとは許してやってもいいかと思っていた気持ちがないこともなかったが、今のでコイツの処断は決定だな。


「惨めなもんですか。むしろ老廃物をため込んで劣化していた体が真剣へし折りデトックスで綺麗になるくらいに思ってもらわないと困ります」

「ふざけるでない! この力を得るために、妾がそいつに何人殺させたと思っておる! 今ここで妾が死ねば、それらが全て泡沫と消えるのじゃぞ!?」

「どうせ無駄にしか使われない力でしょう。そんなものはさっさと手放して……アインのように……」


 僕はディアボリバーを大上段に構え――――


「貴方もロリになるんですよっ!」

「やめるのじゃああああ!!」


 勢いよく地面に振り下ろした。

 ぱきん、とやけにあっさり割れるデュランスレイヴ。


「ひっ、いや、やじゃ、やじゃ……」


 それと同時にドライの全身が発光し――――


「やじゃああああああああっっっっ!!!」


ゆっくりと空へ浮かび上がっていくと、ある瞬間に突然、引き絞られた弓が放たれるのと同じように加速すると、閃光のように空の彼方へと消えていった。


「お、おおっ……!」


 その時、俺は確かに見たのだ。

 彼女が光となってどこかへ飛んでいく最中の一瞬、醜くも豊満で成熟していたドライの体が目眩く勢いで若返っていき、ついにはアインと何も変わらないほどの幼女に変わっていくさまを。

 それは一瞬の出来事で、具体的にどんな姿だったのかを思い出すには、あまりに視界に映った時間が短すぎた。

 しかし彼女は、確実に僕の目の前で若返ったし、その変化の様態は、僕にとって……


「――――……す、素晴らしい……」


 あまりに感極まるものだった。


「……へ?」


 何が何だか分からないと言った様子で、僕を見るアイン。


「お、終わった……俺の力が……ドライが……」


 エルマーの方は力を失ったショックか、その場にがくりと項垂れたままで僕の反応に気付いていない。


「ご、ご主人様? なーんか今、すっごい興奮したような表情になっていたように見えたんだけど……」


 アインの目は正しい。

 流石は僕のパートナー、段々と僕の感動を表情から読み取ることができるようになっているようだ。

 だが、この感情を興奮と呼んでしまうのは少々勿体ないような気がする。

 これは興奮と言うよりも……そう、歓喜だ。


「アイン、僕は素晴らしいものを見ましたよ」

「す……素晴らしいもの……?」

「先ほど、ドライが光となってあるべき場所へと還っていく時、彼女の体が老婆から幼女へと変化していく姿が分かったのです」

「えっ? うん、まあ、老婆っていうか大人から子供へって感じだったんだけど、あの早い動きが目に見えたんだ。凄いねご主人様。流石は最強を名乗るだけのことはあるや」

「僕でさえ、全てを捉えきることはできませんでしたが――――」

「それでその何が凄いって……」

「あの一瞬に、僕は救世主の存在を見たのです」

「ん、んんん? どうしたのご主人様、急に宗教家みたいなこと言い出して」


 そう、あれは世界の不条理への叛逆であり、僕の目に映った希望の光だった。


 生きとし生けるものは全て若きから老いに移ろう。

 それは全ての川が山から海に流れ、逆があり得ないことのように、世界の摂理として理解されてきたことで、僕自身もその点については諦めていた。

 だが、あの光の中において、ドライは老いさらばえた大人の姿から、瑞々しく美しい幼女の姿へと変貌を遂げた。

 それは正に世界の再生であり、節理への叛逆。そして人類の希望でもある。


「感動しました……」

「な、なんだか良く分からないけど、泣けるほど嬉しかったのなら良かったね……」

「アイン、僕は決めましたよ。このアテのない旅の目的が、ようやく見えた気がします」

「あっ。アテなかったんだ。毎日闇雲に進むばっかりだから、そんな気はしてたけど」


 アインは少し呆れたような表情を浮かべてから、僕の前にぷかぷかやってきた。


「それで、旅の目的って?」

「その前に一つ聞かせてください。アイン、貴方の姉妹は全部で何人いるんですか?」

「私の? それが今の話に関係あるの?」

「ええ、ひとまずは」

「ふうん……? ええと、アイン、ツヴァイ、ドライ、フィーア、ヒュンフ……で、ざっと五本かな」

「そうですか。他の三人も、今担い手を見つけてどこかで活動している可能性が高いですよね?」

「え? まあ、うん……多分私が一番担い手をえり好みするタイプだから、他の三人はもっと柔軟にご主人様を見つけてるんじゃないかなあ……」

「そうですか。ではいよいよ、今後の指針は定まりましたね」

「何をするつもりなの、ご主人様」


 不思議そうに首をかしげるアインに、僕は言う。


「これから僕は、他の魔剣使いを探し出し、彼らが握る魔剣の精霊を一人ずつ『幼女』に戻していこうと思います」

「……へ?」

「精霊が老婆おとなから幼女こどもに変わる姿、あれは本当に素晴らしかった。穢れたものが世界一美しいものに浄化されていく様、老婆おとなこそが美しいと言って憚らないふざけた衆目に対する真っ向からの叛逆。僕のポリシーが、あの光の中では真っ向から肯定されたような気分になれたんです」

「多分気のせいだと思うよ」


 あの美しき一閃を、もう一度この目に止めてみたい。そして、今度は大人がどんな風に幼女に変わっていくのかを、しっかりとこの目に捉えたい。

 その為ならば僕は、どんな強大な敵にだって打ち勝てる気がしてくるんだ。


「アイン。僕の夢を応援してはくれませんか?」


 アインは引きつった笑みを浮かべながら、僕の目の前でふわふわ回った。


「う、ううん~……事情は良く分からなかったけど、そうだねえ……ご主人様がロリコン方向で盛り上がるのは、私的にはあんまり有り難くはないんだけど……」

「……駄目ですか?」

「――――でも、いいよ。だってその企みを成し遂げるには、私の力が必ず必要でしょう?」

「はい、そうなりますね」


 どんなに筋力があっても、それだけでは魔剣を破壊することはできない。

 魔剣を破壊できるのは魔剣だけ。僕があの光を再び目にとめるためには、『アイン』と『ディアボリバー』がなくてはならないのだ。


「だったら、私にとってもやりがいのある良い目標だよ。正しい意味でご主人様が私を必要としてくれるなら、私にとってこれ以上嬉しいことはないもの」


 僕は恐る恐る、もう一つ気になっていたことを聞いた。


「いいのですか? この旅は必然的に、アインの姉妹の夢を打ち砕くための旅になりますが……」

「それこそ気にすることはないよ。私と妹たちは、何百年もの間に渡って同じように互いの野望を打ち砕きあってきた。その戦績の一ページに、これからのことが刻まれるだけ」


 そう言って、アインは悪戯っぽく笑顔を見せた。

 その無邪気でてらいのない笑顔に、僕は思わずどきりとさせられる。

 いつも皮肉めいた笑みばかりのアインがあんなに自由に笑うなんて、一体いつ以来だろう。


「一緒にやろう。ちゃんとした意味で、これが初めての共同作業だ」


 アインはもしかしたら、何の役にも立てていなかったことをずっともどかしく感じていたのかも知れない。そしてその気持ちは、先ほどの戦いで僕がアインの功績を謳った後も変わらなかった。

 僕がいくらアインから力をもらっていると言っても、アインにとって自分が何もできていないということに変わりはなかったのだから。

 でも今度は違う。今度ばかりは、間違いなくアインの力が僕の助けになっているし、アインもそれを実感できる。


「ま、私としては――――道中でご主人様がロリコンを直してくれたら、もっと嬉しいんだけどね」

「僕もアインが、幼女のままでもいいやとなってくれることを待っていますよ」


「ぜーったいにそうはならないから安心しててね」

「こちらこそ、ぜーったいにそうはなりませんから」


 白んでいく空を頭上に、久方ぶりの宣戦布告。

 結局寝る時間なくなっちゃったねと、僕達は二人でケラケラ笑った。

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