14 ロリコン、殺人鬼の悪趣味にどん引きする
「さて……問題はこいつらの処遇ですよ」
剣を取り上げ、その辺の草をむしってふん縛ったエルマーを見下ろしながら、僕はこの後のことについて思案した。
そのパートナーであるはずのドライといえば、負けを確信したあたりから煙のように姿を消して以来全く現れる気配がない。
「信仰上の都合により、僕にはこいつを殺すことができません」
「その信仰はできるだけ早く捨ててくれると嬉しいなって」
「ですが、殺さなければ完全に脅威が排除されたとは言えないでしょう」
「ついに無視するようになってきたね、ご主人様」
答えてもどうせいつも通りのやりとりしかないのだから、別にいいと思ったんだけどな。
そんなに構って欲しいのかな? 可愛がって欲しいのかな?
外も真っ暗だし、もしかして怖くなってきたのかな? だとしたら抱きかかえて、頭をいっぱい撫でて安心させてあげないと。
僕はアインの方を振り返り、おいでおいでと手招きした。アインは寄ってこなかった。
「いや、そういうことじゃないよ……?」
何をしたって文句を言われる。世界は今日も理不尽だ。
「気を取り直して。こいつらをせめてコナラの村に無害な存在に出来たらいいんですが……ねえ、エルマーさんと言いましたっけ」
「……何だよ、ロリコン」
「貴方達、これから殺しを辞めるつもりはありますか?」
「何?」
「殺しを辞めないのなら、こちらも相応の手段を取る必要が出てきます。死なない程度に、貴方のことを痛めつけるとか」
「……」
すると、エルマー、数秒の間があったかと思うと、
「……うっ、ううっ……うわああああん!!」
突然、鼻水と涙を撒き散らしながら泣き始めた。
「!?」
「ごめんなさああい、俺が、俺が悪かったですううう!! 全て謝りますから、ゆるじでぐだざあああああいい!!」
「ちょっ、ちょっと落ちついてください。いきなりどうしたっていう……」
「はんぜいじでいまずううう!! もうぜっだいに、人を殺したりとかじまぜんん!!!」
……演技下手か。というか豹変しすぎだろ。
「いきなり人格変わったかのように泣かないでください。嘘泣きが露骨すぎますよ」
「……駄目か」
「泣き止むのも早い!」
けろっと体液出すの止めやがって。
演技派なんだか、大根なんだか。
ともかく、こんなことする奴を信用するわけにはいかなくなった。
「そんなつもりはなかったのかもしれませんが、まさか自分から信用を投げ捨てていくとは思いませんでした。これは口約束をもらっても信用できませんね」
「だね。だからご主人様、こいつはディアボリバーで首から上をちょん切っちゃうのがいいと思う」
「首を……ちょん切る?」
「ヒッ……」
アインの提案(をオウム返しに口にした僕の言葉)にエルマーは顔を青くした。今度はがちビビりだ。
「アイン、駄目ですよ。首をちょん切るなんて恐ろしいこと考えては」
「えー? でもこいつらがやってきたのはそういうことだよ? サリアさんからも聞いたでしょ?」
確かに、こいつらはただ人の命を奪うだけではなく、首から上を切り落としどこかに持ち去るという悪逆極まるやり方で死体を弄んだのだ。
然るべき罰があってもいいという考え方は、確かにその通りなのだが……。
「っていうか、わざわざ首から上を斬るなんて無駄に残虐なことしたの? ドライからの指図じゃないよね。私達魔剣の精霊にとって、殺し方なんて本来どうでもいいはずだから」
「『なんで首を斬るなんて残虐なことをしたの』? とアインが聞いています」
アインの声はエルマーには直接届かないので、僕が仲介して届ける。
エルマーはしばし黙ってから、吐き捨てるように言った。
「残虐だなんてそんなつもりはねえよ。……ただ俺は、殺すならせめてできるだけ綺麗に殺してやりたいって思っただけだ」
「はあ? 」
「だってよ、人間の顔って醜いだろ?」
「殺した夫婦や村人たちが醜かったということですか? だからって……」
「違う違う。『顔』ってものがそもそもまず醜いだろ?」
「え?」
「は?」
「はあ?」
僕、アイン、そして第三の声は……ドライ?
どこからともなく聞こえてきた彼女の声には、僕達以上の困惑の色が宿っていた。
おいおい、何が何だか良く分からないけど、パートナー同士で意思疎通も取ってなかったのかよ。
「……顔が醜いって、どういうことですか。目とか鼻とか口とかが、存在レベルで気持ち悪いとか、そういうことを考えてるんですか」
「そういうレベルの話だ。お前らも、そう感じたことくらいあるだろ? だからせめて顔を取り除くことで少しでも綺麗な見た目にしてやろうと思っただけなんだが……」
「いやいやいやいや、ないないないないない! 何コイツ、気持ち悪っ!」
「その発想はありませんよ!? 貴方の価値観について行ける人なんてこの世に存在しません、この変態が!」
また度を超えた奇人変人か……僕は普通に生きてるだけなのに、どうしてこうも変な人ばっかり引き寄せてしまうんだろう。
「何が変態だ! ロリコンに言われたくねえよ!」
「流石に僕のロリコンの方がこれよりは遥かに軽症ですよ! ですよね、アイン!?」
「……あんまり認めたくないけど、認めざるを得ないね。この人よりはご主人様の方がまだマシ、かな」
アインもどん引きしていた。というか、また僕を盾にして背後に隠れていた。
精々色狂いの殺人鬼くらいに思っていたから、こんな弩級の闇が噴出することを想定していなかったのだろう。
その手はガクガクと震えている。
日頃勇ましいことをよく言う割に、彼女のメンタルはかなり弱い。
「おかしいな……何故誰も分かってくれないんだ。鼻だの目だの、あんな突起物が腫瘍のように貼りついているんだぞ。まるで病人の肌を見ているようで、サブイボが立つだろう?」
「よく今まで……人間社会で生きて来れましたね、貴方」
「だから森に隠れていたし、夜の闇に紛れてしか殺しをやってこなかったんだろうが」
「あっ、なるほど……」
っていうか僕自身、怖くて怖くて仕方ない。
エリナの狂気は所詮は色狂いの延長線上であって、狂気と言っても理解を示せたし一線を引くことができた。
だがこの男の場合は偏執病というか強迫観念チックで、下手に理解しようとすると自分まで闇に飲まれてしまいそうで不気味に過ぎる。
「で、でも、貴方ドライと日頃セックスしてたんですよね? ドライ、顔ありますよね? デュラハンの精霊だったりしませんよね?」
「ああそうだ、あいつの体は最高だった。だが顔は不細工だ」
すると突然どこからともなくドライがどろんと現れて、抗議の眼差しでエルマーを睨んだ。
「ま、まさか!? 夜を共にするとき、いつもお主が目を瞑っておったのは……」
「お前の顔を、直視したくなかったからだよ」
「なあ―――――っ!?」
わなわなと震えるドライ。まあ、そりゃあショックだろうよ。
アインもそうだが魔剣の精霊という奴はどうやら皆自分の美貌に自信があるらしい。
それを全否定されては、こういう反応にもなるというものだ。
「妾の顔のどこが不細工だというんじゃあああ!! 詳しく説明せんと承知せんぞ!」
ああ、その反応。出会ったなりのアインによく似ている。
見た目は似ても似つかないが、やっぱり姉妹なんだなあ。
ドライの顔を見ながら、エルマーはしばらく考えて……
「目と鼻と口と耳と眉があるところかな」
「はあああ!?」
「全人類が当てはまりますよそれ!?」
「魔剣の精霊だってそれらがないのはいないよ!?」
周りの三人から一斉に非難を浴びせられる様は、さながら先ほどの僕のようだ。
「お主、妾にのっぺらぼうになれと言っておるのか!?」
「のっぺらぼう! ああ、それいいな。なれるならなって欲しいものだぜ」
「ま、待て! そのまま話を進めようとするな!?」
「昔絵本で読んだことがある。そういえば、俺の精通は、のっぺらぼうの怪奇話だったような記憶があるぜ」
「せいつっ……!」
そういう話を平気で口に出すなよ。生々しいんだよ。
「……別にのっぺらぼうだろうとぬっぺっぽうだろうとなんでもいいですけどね……」
このまま放っておくと直視しがたい深淵が次々に露見してきそうだったので、僕は強引に話題を変えた。
というかエルマーにこれ以上喋らせたくない。
「いずれにせよ貴方達の契約関係はここで終わるんです。何を話し合ったって無意味ですよ」
僕はディアボリバーを鞘から抜いて、エルマーから奪ったもう一本の魔剣……『デュランスレイヴ』に突き立てる。
「というわけで、まずはこの危険人物から魔剣の力を没収しましょう」
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