13 ロリコン、愛の力を見せつける

 僕がアインのおかげで強くなれていると彼女に言うと、アインは心当たりがなさそうに困惑した。


「私……ご主人様になにかしてあげた覚えはないんだけど?」

「それはアインが知らないだけですよ」


 戸惑いっぱなしのアイン。

 どうやら本当に自覚はないらしい。

 僕はアインに背を向けたまま、目の前の汚物ドライに話しかける。


「魔剣の精霊、ドライとか言いましたっけ」

「む?」


 僕は鞘をはめ込んでから、腰のところにディアボリバーを構える。


「貴女には分からないかもしれませんが……アインは僕に途方もない力をくれていますよ。それこそ、貴女がそこの三下に与えた力とは比べものにならないほどのね」


 まるで出来の良いジョークでも聞いたかのように、ドライはあざけり笑いを浮かべた。


「ははは、下らん強がりを言う奴じゃな。魔剣の精霊のことは、同じ魔剣の精霊である妾が一番良く分かっている。アインが力をほぼ蓄えられていないのは明白じゃ」

「たとえアイン自身に力がなかったとしても、アインの存在そのものが僕に力を与えてくれるんです」


「何?」

「アインがいてくれたおかげで、僕はこのしみったれた世界に少しの希望を見いだすことができたんですから」

「……! ご主人様……?」


「ハッ! そんなものがなんだって言うんだ! どれだけ強がったところで、お前が魔剣の力を使いこなせない生身であることに変わりはねえだろうが――――っっ!!」


 僕のバックボーンに魔剣の力がないことを知って強気になったのか、エルマーが再び僕目がけて突っ込んできた。

 だが、立ち回りから何から何まで、まるでなっていない。

 僕は彼の猛攻を軽くいなして、あっさりと背後に回った。


「使いこなしていますよ? ほらこの通り、貴方なんて怖くもなんともない」

「な、なっ……」


 鞘の部分をエルマーの首元に当てて、身動きを封じる。


「う、嘘じゃろ? ご主人様! 生身の人間なんか 素早く振り返ってそいつを切り殺すんじゃ!」

「駄目だ……動いたら即座に首を殴られて殺される……武術経験が殆どない俺にも分かるくらい、ヤベエ殺気がこいつから放たれている!」

「な、なんじゃと……」


 素人と言っていたが、それなりの危機察知能力はあるようだ。もっともそれも、魔剣の力の影響なのかもしれないが。

 そう、エルマーの予想は正しい。

 一歩でも動けば、その瞬間反撃の機会を与えず首を打ち据えてジエンドだ。

 もっとも、動かなかったとしてもすぐに終わらせるつもりなんだけど。


「宴もたけなわです。これ以上長引かせると、いよいよ寝る時間がなくなってしまいますね」

「く、くそっ……」


 まるで納得できないと言いたげに、エルマーは苦悶の声を吐く。


「なんでだよ……なんで魔剣の力を使いもしていないのに、こんなに強えんだよ……!」

「単純ですよ。守りたいものがあると、人はどこまでも強くなれるものなんです」


 僕がそう言うと、エルマーは納得出来ないと言いたげな顔をした。


「守りたいもの、だと……?」

「ええ。アインは僕にとってかけがえのない存在です。貴方達がそれを害そうとするのなら、僕は鬼神にも修羅にもなって見せますよ」


「ふざけやがって。魔剣の精霊なんてものは、俺たちが守らなきゃならない存在でもなんでもねえだろ」

「はい?」


「奴らはどうせ死にはしない。俺たちがやるべきことはただ一つ、奴らを精一杯利用してやることだ! そうすれば俺たちもあいつらも、どっちも幸せになれる!」

「……」


 確かに、そういう考え方もあるのかもしれない。

 彼女たち魔剣の精霊が道具としての役割を全うすることに存在意義を見いだしているなら、そうしてやった方がアインの幸せに繋がるのかもしれない。

 だが、僕にはそうやって割り切ることはできなかった。

 何故なら――――僕が最初にアインと出会った時、僕は花のように可憐な彼女の事を、人として好きになってしまったのだから。


「大体俺が殺そうとしたのはお前であって魔剣は関係ねえよ、辻褄があってねーじゃ……」

「僕が死んでアインが人の手に渡れば、次なる担い手が彼女を成長させてしまうかもしれないでしょう?」

「……は?」


「でも僕が彼女の所有者で居続ける限り、彼女は永遠にあどけなく美しく可憐な幼女ロリのままでいられる!」


 そのためには、僕は絶対に誰にも負けるわけにはいかないのだ。


「永遠のロリータ! 早春の若葉の如くいじらしい存在が、老いることなく永遠に存在する! これ以上に素晴らしいものが、この世にあるでしょうか?」


 一呼吸、あるいは二呼吸ほど間を置いて、


「はっ、はあああああっっ!? ろっ、ロリコンかよてめえ!」


 エルマーの絶叫が夜闇の森に響き渡った。


「なに、ロリコンじゃと!? まさかそのために、アインをそんな姿に留め置いたというのかああっ!?」


 続いてドライも驚愕の声をあげた。


「そうですが、何か?」

「さっきからそこはかとなく気持ち悪いとは思ってたがそういうかよ! くそっ、この変態野郎が!」

「そうなってくると話が変わってくるのう!? 妾はてっきり殺す勇気がないから渋っておったものだとばかり思っていたが、まさかお主、裸の幼女を愛でたいがためにわざと人を殺さなかったということか!?」


「待てよドライ、どういうことだ? 向こうの精霊は裸なのか!? 幼女の上に裸なのか!?」

「ああ裸じゃ! 一糸まとわぬすっぽんぽんじゃ! 胸も股ぐらも丸出しじゃ!」

「ってことは裸の幼女を公然に連れ回していたってことかよ! ド変態鬼畜ロリコン糞野郎じゃねえか!」


 人の嗜好を持ち出して人間性を否定しようとは、どうしようもなくクズな連中だ。

 そんなんだから殺人に手を染めてしまうんだぞ。


「出し抜けに変態とは失礼ですね。僕はただ、幼女を守りたいだけですよ」

「守ってどうするつもりなんだよ……」


「ちっちゃくて柔らかそうな体を体中の隅々まで観賞して愛でたいですし、あわよくばすべすべぷにぷにの肌をなで回して可愛がりたいです。そして少しずつ心の距離を詰めて、いずれは向こうから誘ってくれないかなと」


「淡々と狂気を垂れ流すな気持ち悪い!」

「真顔で言ってるあたり本当にヤバいやつじゃぞこいつぅ!?」

「改めて言われると本当に気持ち悪いから、ご主人様は口を閉じててくれないかな!?」


 アインまで向こうの応援をし始めた……おかしい、この世に僕の味方はいないのか。


「何を言っているんですか。僕の思想は今まで誰も不幸にしていませんよ。貴方達殺人鬼の方が、社会から見ればよほどの害悪だ」

「そ、それを言われるとそうかもしれないが……」


 それは認めるのか。それでいいのかシリアルキラー。


「何を言っておるんじゃご主人様! 前に言ったじゃろ、お主は妾の担い手なのじゃから、何をしたって許されるんじゃと!」

「そ、そうだった! うっかり忘れちまってた! そうだったな、俺は何をしても許されるんだ!」


 そうそう、本来はそういう反応をすべき……すべきか? なんか聞いてて間抜けに聞こえてくる。

 やってることが残虐なのでちっとも笑えはしないが、ひょっとしてこいつら馬鹿なんじゃないのか。


「仮に今までは何をしても許されたとしてもね……」

「……はっ」


 しかし、どうにも場がぐだぐだしてきた。

 なんかこのまま下らない問答を続けていると、本当に朝になってしまう気すらする。

 チェックメイトになったチェスの盤面を挟んで延々雑談に興じてる気分だし、もうそろそろ本気で終わりにしよう。


「もうそれは通用しませんよ。貴方、負けたんですからね」

「ま、待ってくれ! 一発殴る前に話し合おう? な?」


「貴方の魔剣使いとしての旅は――――」

「ほら、ロリコンって言ったことも謝るから――――」


「ここで、終了です!」

「ぐはあああああ!!」


 鞘付きディアボリバーをエルマーの脳天に叩きつけると、彼は無惨な断末魔を上げて地面に倒れる。

 渾身の力で殴ってやったから、流石にもう起き上がってこられないはずだ。

 それでも一応、死んではないと思うけど。


「……負けたのか、妾たちは……?」


 そして、担い手であるエルマーが倒れる姿を目撃したドライは、その場に崩れ落ちるように腰を抜かした。

 僕が殺さないにしても、エルマーがこのままドライの担い手でいられることはまずあり得ない。

 当然蓄えた力がリセットされることは明白なわけで、


「こんな、変態に……」


 一言多い奴だ。こっちも昏倒させてやろうか。

 昏倒したエルマーが起き上がりそうにないのを僕が確認していると、アインがふわふわ漂いながらこちらに近づいてきた。


「ご主人様、お疲れ様……喜んでいいのかどうか分からないけど、とりあえずなんとかなって良かったね」

「はい。しかし、彼は最後まで僕のことを理解していませんでしたね」

「へ?」


 やれやれと、僕は侮り混じりの溜息をつく。


「別にロリコンって呼んだことについては、僕は何も腹を立てていなかったのに」


 僕が自分からロリコンを名乗っているあたりで、彼は気付くべきだったと思う。


「何故なら僕は、ロリコンであることに誇りを持っていますから」

「何をどや顔で言ってるの。そんなものに誇りを持たなくてもいいよ!」


 まあ、かくして殺人鬼は無事僕の手によって討伐され、コナラの村を襲った災厄は一応の終焉を迎えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る