12 ロリコン、魔剣の精の姉妹と出会う
僕のドロップキックは、エルマーにクリーンヒット。
奴は放物線を描いて空を舞い、またしても木に激突する。
これでも多分起き上がってくるだろうから、魔剣の力というのは確かに恐ろしいものだ。
こんな素人じゃなく手慣れた戦士が力を手にしていたら、少々扱いに困ったかもしれない。
痛みで悶絶しながらのたうち回るエルマーを見下ろしながら、僕は怒りをぶちまける。
「夫婦というものは素晴らしいものです」
据え膳なくばノータッチの原則を貫き続ける限り、僕には永遠に辿り着けない領域、それが結婚であり夫婦。
だから僕は、夫婦というものをとても尊敬しているのだ。
「一つの夫婦の間に三人の子供ができるとすると、およそ幼女1.5人分」
僕にとって興味のないもの同士が交わりあって、至高の存在を作り出してくれるのだから。
「つまり、夫婦とは幼女なのですよ」
「何を言っているんだお前……意味分かんねえ」
「貴方がやったことは、幼女一人を殺したも同然の罪――――二度とそんな真似ができないように、徹底的に地獄を見せてあげましょう」
僕はエルマーを更に追い込もうと、大股で彼のところへ近づいていく。
その
エルマーの体が更に強い光を放ったかと思うと、その背後から胸の大きな下品な女が飛び出してきたのは。
見た感じ……二十代後半くらいに見える。要するに老婆だ。
「――――げっ」
それを見たアインは、意味深な声をあげたかと思うと僕の後ろにそそくさと隠れた。
ん? ひょっとして知り合い?
僕が脳裏に疑問符を浮かべると、アインは少し怯えた声で囁いた。
(ご主人様、あいつに私のことが見えないように、できるだけ体を大きく見せて隠してくれないかな?)
(別に構いませんが、どうして?)
(それは……)
「ドライ、何しに出てきやがった……」
「随分と追い込まれておるようじゃなあ、ご主人様よ。魔剣使いだと知って腰がすくんだか?」
「ば、馬鹿言うな。あんな奴……俺が本気を出せば、ちょちょいのちょいだ」
ドライと呼ばれたその女は老婆特有の低い声で、エルマーのことを『ご主人様』と呼んだ。
魔剣使いをご主人様と呼ぶ存在、しかもアインが……ということはつまり、魔剣の精霊か。
(……っていうか多分、私の姉妹剣……)
(姉妹剣?)
(同じ刀匠によって作り出された剣、ってこと)
えっ、ってことは下手に血を吸わせるとアインがああなるかもしれないということか!?
僕は恐る恐る、その女の姿を改めて眺め見る。
「……ん? なんじゃ、妾の体をそんなにまじまじと見て……そんなに妾の体が魅力的に映ったのか?」
その女の容姿は、端的に言って最悪だった。
みっともなく腫れ上がった乳。
悪臭を伴う趣味の悪い化粧。
締め上げたかのように不自然に細い腰。
かさついた肌。傷んだ黒髪。わきまえのないでかい図体。
品位に欠ける紫色のふしだらなドレス。
「うわあ……」
なんたる下品。なんたる醜悪。
可愛いアインがあんな姿になると思うとぞっとする。
不殺の誓いを立てておいて良かったと、僕は改めてそう思った。
それはそうと、現実を確かめるためとはいえ気味の悪いものを見てしまったな……気分が悪くなってきた。
「……チッ」
僕が思わず舌打ちすると、ドライは何を勘違いしたのかケラケラ笑い出した。
「くくく、まあ舌打ちしたくもなるよのう。お主の精霊と妾とでは、プロポーションに絶望的なまでの差がある。妾のご主人はこの体を毎晩のように好きにしているのじゃ。羨ましいじゃろう?」
えー、あのエルマーって男、毎晩あんなの相手にしなきゃならないのか。
それもう苦行を超えた地獄じゃないか。
幼女を殺した悪い奴だとは思っていたが、その境遇には心底同情せざるをえない。
(いや、多分好きでやってると思うけどね?)
僕のそんな考えなど知るよしもなく、エルマーはきょとんとした目でドライを見た。
「……こいつも、精霊を連れているのか?」
「当然じゃ。魔剣というものには必ず精霊がついておるからのう」
「しかし、俺の目には何も見えないぞ」
「それはな、奴の主人がろくに人を殺さぬせいで、魔剣が真なる力を発揮しておらんからじゃ。力が弱すぎて、人前に姿を現すことすら叶わんのよ」
「なに、では……」
「ご主人様に全く見えんとなると、本当にその男は一人も殺しておらんのかもしれんなあ」
「そ、それならおそるるに足りないじゃないか!」
「くくく、その通り。たまたま上手くいなされただけで、本気でやればご主人様の相手ではあるまい。大方、今も遊んでおったのじゃろう?」
「え!? お、おう! そうだな、その通りだ!」
そしてドライはにやにやと笑いながら、僕――――の背後にいるアインを指さした。
「見えておるぞ、アイン。お主がご主人の後ろに隠れているのも、今のおぬしが貧相で実にみすぼらしい姿になっているのもよ~く見えておる」
「うっ……!」
アインは僕の後ろで一層小さくなった。
どうやら今の自分の姿を、知り合いに見られたくなかったらしい。
「お主は我らの中で最も優秀だとかで、昔から偉そうにしておった。だが、今の姿はなんじゃ? 人も殺せぬ軟弱者を主人にしてしまったが為に、そんな幼女の姿でいつまでも居続ける羽目になっておるとは……滑稽で笑えてくるわ!」
「……ううっ……」
気付けばアインは、涙声になっていた。
流石に心配になった僕は、背を向けたままアインに励ましの声をかける。
「改めて言うまでもないことですが……僕はアインのその姿が大好きなんですよ?」
「……ご主人様は、そうかもしれないけど……!」
アインは
「でも、私達魔剣の精霊にとっては、力を蓄えて役に立つことが全てなの! どんなに他人に愛されても、そんなの意味がない……」
『役に立つことが全て』。なるほど、魔剣とは即ち道具としての剣が意思を持った存在。本能的に人の役に立つことを求めるからこそ、武器としてより強くなりたいと願うということか。
意味がない、とまで言い切られてしまったのは少し寂しい気もするが、彼女にとってはそれだけ重要なことだったのだろう。
僕だって人並みの情はあるつもりだし、理解を示してやらないほどに冷たい人間のつもりはない。
「成長した体は、より強い力を蓄えていることの証明。ドライはきっと、今の担い手に膨大な数の命を奪わせて、相当な力を手に入れたに違いないよ。だからあれだけ強気だし、反対に私は……」
「……つまり、貴女のおかげで僕が強くなっていると、奴らに証明してあげればいいということですね」
「ふえっ?」
予想だにしていなかったかのように、アインは間の抜けた声をあげた。
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