11 ロリコン、魔剣使いと対峙する

 僕に気付かれていることに気付いていない何者か(恐らく殺人鬼)は、不用意に距離を詰めてついに僕の射程距離まで近づいた。

 迫り来る敵が『いると思しき位置』目がけて、僕は全力で鞘付きディアボリバーを振り回す。


「せいっ!」

「――――ガハッ!」


 確かにあった手応え、そして男の悲鳴。

 地面をごろごろと転がっていったそれは、恐らく木の幹に衝突して動きを止めた。

 一瞬呆気にとられていたアインは、状況を理解して目をぱちくりさせた。


「えっ!? まさか今の――――殺人鬼?」

「そうですよ。ですが僕が叩いて吹き飛ばしました。今から追撃にかかります」


 おー、っと感嘆するような声をあげて拍手するアイン。流石の彼女も、僕のこの強さの前には賞賛するしかなかったようだ。


「けれど、よく分かったね! 殺人鬼の匂いが分かるって話、本当だったんだ!」

「殺人鬼の匂い? 何の話ですか?」

「え? だってさっき匂いって……」


 勘違いしたままのアインに向かって、僕は自分の鼻を指さしながらはっきりと真実を告げる。


「僕が感じ取ったのは『加齢臭』ですよ」

「はあ?」

「老いた人間の匂いというのは、実に鼻につくものです。女性ならまだしも、老いた男から漂う悪臭はもう耐えられない」

「……まさか、匂いってそのこと……?」

「はい、そうですが」


 他に何があるというのだろう。


「折角たまには熟練の剣士らしいカッコいい特技が飛び出したかと思ったのに、ご主人様はご主人様だった」


 理不尽にがっかりされた気がするけど、評価が下がったわけではないので良しとしよう。ただ変わらなかっただけだ。


「っていうかご主人様。大人であれば誰からも匂いを感じるって、変態女刀鍛冶エリナやサリアさんと対面してるときもずっとそんなこと思ってたの?」

「ええ、そうですよ?」


 いちいち言わない辺り、実に人が出来た立ち振る舞いだと思う。


「思うわけないよ! 繊細なことを気にする変態だとしか思わないよ!」

「その点、アインから漂う香りは素晴らしい……バニラの花のような甘美で和やかな香りと、石鹸のような清潔感溢れる香り、そして新鮮な柑橘類の瑞々しい香り……それらが一体となっていて、僕の全身を激しく興奮させます」

「誰も聞いてないからね!?」

「幼女(あなた自身)がこの匂いを味わえないのは、幼女ロリの悲しき運命さだめですね……・もう一人くらいこの場に幼女がいれば、分かっていただけると思うのですが」

「鼻をひくひくさせないで、気持ち悪い!」


 抗議の声をあげるアイン。

 を無視して滔々と彼女の香りについて続けて語ろうとしたとき、倒したと思った殺人鬼の方向に動きがあった。


「っと、まだ元気なようですね」

「え?」


 気付かれないよう立ち上がろうとしたらしいが、それなりにダメージを受けているので十分に物音を消しきれなかったようだ。


「……チッ」


 僕に気付かれたことを悟ったのか、男は舌打ちしながら立ち上がった。


「並の人間なら、まず無事では済まないほどの威力でぶっ飛ばしたはずですが……それで立ち上がるということは、どうやら相手も普通の人間ではないということ」

「! それってつまり……」

「ええ」


 やがて男の姿が、次第に光を帯びていく。男自身が巨大なランプであるかのように光を放ち始めたのだ。

 やがて彼を中心として、周囲一帯はまるで昼間のように明るく染まる。

 同時に男の背格好も見て取れた。中肉中背の、二十代くらいの男だった。


「この俺を……最強無敵のエルマー様を足蹴にするとは、良い度胸じゃあねえかあああ!!」


 男の右手に握られているのは、過剰な装飾が施された紫色の剣。

 ディアボリバーと同じような特徴のその剣は、十中八九魔剣で間違いないだろう。

 つまりコナラの村を苦しめていた殺人鬼は、僕と同じ魔剣使いだったということだ。

 それはそうとなんで光ってるんだろう。


「……薄々そうではないかと思っていましたが、やはりそうでしたか。魔剣の力に溺れ、殺戮を繰り返す邪悪な存在……」

「誰が邪悪だ! 手に入れた力を使って何が悪い! 少なくともな、夜中に森ん中突っ込んでブツブツ独り言を呟いてる変態に言われる筋合いはねえんだよ!」


 あっ、そうか。

 アインの姿は周囲には見えないのだから、この男には僕が一人芝居をやっているように映ったというわけだ。

 これは恥ずかしい姿を見せてしまったな……僕は少し照れた。


「ご主人様はそんなこと恥じるよりも前にもっと恥じるべきことがあると思うよ」

「ありましたっけ? そんなこと」

「あるよ! 現実から目を逸らさないでよ!」


「また独り言喋ってんじゃねえかああああ!!」


 激昂したエルマーが、剣を振りかぶって襲いかかってきた。

 僕はそれを軽くいなし、背後に回って奴の背中を蹴りつける。


「がはっ……!?」


 倒れるエルマーは、また木にぶつかったが、平気な顔でまた立ち上がった。

 なるほど。少なくとも耐久力に関しては相当高くなっているようだ。


「魔剣の力で、確かに身体能力は強化されているようですね。ですが力に溺れて、繊細さがまるでない」


 一方のエルマーは、怒りで顔を真っ赤にしていた。

 強くなったはずの自分がいいようにあしらわれるのが、納得いかないのだろう。

 っていうかまだ光ってるんだけど、あれは一体なんなんだろうか。

 眩しくて微妙に鬱陶しい。


「……て、てめえ……何者だ! こんな夜中にここに来るってことは、俺を殺しに来たんだろう!? 村の連中に雇われたのか?」

「全部外れです。僕は貴方のことを殺すつもりもなければ、村の人達からお金をもらったわけでもありません」

「なんだと?」

「僕が戦う理由は、ただ僕にとって貴方の存在が、不都合で許せなかったというそれだけですよ」


 理解できていなさそうなエルマーに向けて、僕は鞘を取ったディアボリバーを突きつける。


「これでも僕も、魔剣使いなんですよ」


 それを見たエルマーは、何故か面白そうににやけ笑いを浮かべた。


「へえ、つまりアレか? 同じ魔剣使いとして、人殺しがのさばっているのは許せない……ってか?」


 笑顔で余裕を醸し出すエルマーだったが、その表情には隠しきれない焦りの色が浮かび上がっていた。


「はっ! きれい事抜かしやがって! 魔剣ってのはよお、人を殺すことを前提として得られた魔道具だ。それを手に取ってる時点で、お前も同類だろうが!」

「同類、だったら良かったんだけどねえ……」


 アインがしみじみと溜息をついたが、その声は男には届かない。

 あんな下劣な男にアインを視姦でもされたら怒りでおかしくなってしまうから、やはりアインにはこのままでいてもらわないといけないな。


「僕が怒っているのは、貴方がまだ老いきっていない夫婦を殺したことについてです」


 僕がそう言うと、エルマーは怪訝そうに鼻を鳴らした。


「へっ、それがどうした。あんな月が綺麗な夜によお、若い男女がイチャイチャしてたらよお、殺したくなって当然だろうが! それのどこが悪いってんだ!」

「悪いに決まっているでしょう……」


 ああ駄目だ。怒りが抑えきれなくなってきた。


「比較的若い夫婦を殺せば……」


 はらわたが煮えくりかえる思いをこらえきれず、僕は思わず飛び出した。


「夫婦を殺せば――――ロリが生まれてこなくなるでしょうがあああっっっ!!」

「そこぉおおおおお―――――!?」


 アインの叫びと共に、僕のドロップキックが、エルマーの体を勢いよく吹っ飛ばした。

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