10 ロリコン、闇に潜んで刃を振るう

 里を少し離れると、すぐに人家の灯りは遠くの彼方となり、すぐに一寸先も分からないほどになった。

 たまたまその日は新月の曇り空。

 空にも光源のないこんな夜は、素人は確かに出歩くべきじゃない。

 それこそ、たとえ殺人鬼がいなかったとしても。


「松明でもないと、周りが全く見えませんね。これ以上村から離れるなら、殆ど手探り状態で歩くことになりそうです」

「なんで何も持たずに出たの?」


「松明を持てば、向こうからはこちらの姿が完璧に掴めます。万が一飛び道具を使ってくる相手なら、格好の的になってしまうでしょう?」

「なーんか、ご主人様がプロっぽいことを言ってると違和感あるな~……」


 これでも魔剣を拾う前は憲兵の仕事をしていたので、本物のプロに違いないのだが、アインからの信頼は中々稼げない。

 強い姿もいっぱい見せているのにどうしてだろう。


「……えっ、憲兵やってたの? 取り締まられる側じゃなくて?」

「失礼な。イエスロリータノータッチ、幼女とは、遠くにありて思うもの、そして愛しく愛でるもの。僕が官憲のお世話になってるところ、今まで見たことありましたか?」

「確かに、ないけど」


 釈然としない表情のアイン。


「でも、この暗い中で殺人を繰り返してきた相手なら、きっと夜目が利くよ?」

「大丈夫です、僕もこういう暗闇の中で敵と戦う術は身につけていますから」

「夜の闇に紛れても?」


 アインが不安そうに問う。なんだかんだで心配してくれているのだろう。

 普段はつんけんしているけれど、こういうときになんだかんだ心配してくれるんだから、可愛い人だ。

 いや、心配してくれなくても可愛いか。つまりどうあっても可愛い。最強じゃないか。


「ええ。見えてはいませんが……匂いで分かるんですよ」


「匂い?」

「今まで幾度となく、戦いを乗り越えてきましたから。今この闇の中に潜んでいるであろう殺人鬼は、恐らく特有の『匂い』を漂わせています」


 条件に合致しない相手の可能性もあるが……まあその可能性は極めて低いと思っていいだろう。


「人が少ないこの森の中だと、その匂いは特に痛烈に臭うんですよ。野生の獣やロリからは、決して漂わない悪臭です」

「ふーん、それって殺人者の匂いってやつ? 気障っぽいけど、そういうの私、嫌いじゃないよ?」

「少なくともアイン。貴方からは決して匂いませんよ」

「まー? 私自身が誰かを殺したことは、今まで一度もないからね? あくまでも過去のご主人様が殺しただけ。ま、私が唆したって言ったら、その通りなんだけどね」

「それで殺人を繰り返した彼らは人の道を外れ、社会によって制裁されてきたんでしょう? とんでもない悪女がいたものです」

「私だって、彼らに死んで欲しかったわけじゃない。むしろもっと殺して、沢山の命を奪って、私をどんどん強くして欲しかった」


 そう語るアインの言葉には、真に迫る力が込められていた。

 昔の男のことを聞くのは現担い手としてあまり気分の良いものではないが、彼女の気持ちもわかる。

 僕が突っついて出てきた本音だし、静かに聞くことにしよう。


「……死んじゃうとその時点で私の力もリセット。どんなにグラマラスに成長して、ものにも触れられるようになっても……全部元に戻っちゃう。だから、ご主人様が死ぬのは苦手」

「そうですか」


 彼女を手に入れた神殿が、辺境の奥深く、誰も寄りつかない地下の秘境にあったことを思い出す。

 魔剣はその担い手が死んだとき、光になってあるべき場所に戻り、封印されると聞いていたが……彼女はかつてのパートナーが死ぬたびに、長い孤独を味わってきたのだろうか。

 担い手の命を悼んでいるわけでないのがなんとも彼女らしい無邪気な残酷さだけど、ロリっぽいので良しとしよう。


「安心してくださいアイン。僕は死にませんよ。寿命が尽きるその時まで……アイン、貴方をこのままずっと今の姿のままで守り続けます」

「それはそれで困るんだけどね!?」


◆◆◆◆◆


 人家が遠く離れ、いよいよあたりは黒一色だ。

 それと対照的に周囲の自然は深まっていき、木の根や蔓のせいで足場が悪くなっていく。

 出る前に軽く一眠りしてきたとはいえ、せっかく宿をいただいたのにそれを使わないようではサリアさんにも失礼にあたる。

 是非早いところ終わらせて、寝床でゆっくりしたいものだ。


「しかし、殺人鬼だっていつもこの辺にいるわけじゃないでしょうから、もし今日が休みだったら……」


 その時。

 鼻につく、ぷぅんと薫る独特の悪臭。

 間違いない、殺人鬼が近づいてきている。

 少しでも気取られるのを警戒し、僕は先ほどまでと同様に会話を続けることにした。


「ところでアイン、突然ですけど僕の名前を言ってみてくれませんか」

「本当に突然すぎるよ。いきなりどうしたの」


 足音は巧妙に消されているが、漂う匂いは隠しようもない。


「いえ、滅多に名前を呼ばれないので……ちゃんと覚えてもらえているか不安でして」

「普段はご主人様って呼んでるからね。ええと……ロランドだったっけ」

「ローランドです、お間違えのなきよう」

「どっちでも良すぎるよ。っていうかそれ本当に違うの?」


 そうだ、近づいてこい。僕達が何も気付かずにのうのうとおしゃべりにふけっていると思い込んで。


「っていうか、なんでいきなりこんな話を?」

「ご主人様って響き、別に嫌いじゃあないんですが、もっとフレンドリーに接してくれてもいいと思いましてね」

「なんか呼んで欲しそうな雰囲気を感じるから、私を成長させてくれたらご主人様のことを名前で呼んであげることにする」

「意地悪なことを思いつきますね、アインも」

「ご主人様がご主人様だからね! 大体見た目こそロリでも私は――――」


 一歩、二歩、三歩――――今だ。

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