9 ロリコン、村の平和を守るために立ち上がる
その後、サリアさんから村の人たちに僕のことを紹介してもらい、僕は今は無人となっている民家の一つに泊まることを許された。
通された人家は人が暮らしていないせいで少々埃っぽくなっていたものの、生活には問題ない程度には整っていた。
人がいなくなってから、まだ半年も経っていないような雰囲気だ。
備え付けの箒で軽くベッドをはたいて、僕はその上にごろりと寝転がる。
「広々として、素敵な家ですね。一晩を過ごすには、できすぎぐらいの設備です」
「行きずりの私達に、よくこんな家貸してくれたね」
アインの言うとおりだ。大きな町なら何かしら泊まる場所は見つかるものだが、小さな集落だと追い出されることすらある。
「小さな集落だから、よそ者は警戒されて追い出されてもおかしくないと思っていたけど」
「それ以前に、無人の家が余っていたことの方が驚きですけどね。どうして誰も住まないまま、取り壊されることもなく残っているんでしょう?」
「幽霊的なものが取り憑いている、曰く付きの家だったりして……」
「いやいや、流石にそれならサリアさんが教えてくれるでしょう。あの人、そういうところで意地悪する人じゃないと思いますし」
やがて日は落ち、夜になった。
「さて……ちょっと小腹が空いてきたんですが、アインはどうですか?」
「昼も言ったけど、私は精霊だから食事は取らなくていいの。強いて言うなら、剣が血を吸うことが食事みたいなもの」
「そうですか、じゃあ心配は要りませんね」
「つまり私はもう一ヶ月近く絶食状態なんだけど!?」
それで一ヶ月生きていられるなら、二ヶ月も一年も大丈夫なはずだ。
「でも、小腹が空いてきたってどうするつもりなの? ご主人様食べ物持ってなかったよね?」
「ちょっと森に行って野獣の一つや二つ狩ってこようかと思いまして。そろそろ夜行性の獣たちが活発になってくる頃でしょう」
「野いちご摘む感覚で獣を狩れるんだ。やっぱり強いねご主人様は……」
アインは疲れ切った表情でうなだれた。
「ご主人様がもうちょっと弱かったら、色気だけじゃなくて強さを求める方向で圧をかけられたのに」
「
「ほんと、何から何までご主人様としては欠陥品だよぉ」
「そのおかげで貴方をロリなままにしておけるんですから、僕としてはそれでいいんですよ」
僕が立ち上がり、出かける準備をしようとしたところで……
「こんばんは。住み心地の方はどうですか?」
「……サリアさん」
サリアさんが家にやってきた。彼女は料理が載ったお盆を携えてきていた。
「良好ですよ。こんなところを紹介してもらえたのは、サリアさんのおかげです。本当に助かりました」
「いえいえ、大したことはしていませんよ。気に入っていただけたなら良かったです」
サリアさんは軽く会釈して、それからテーブルの上にお盆を載せた。
「簡単ではありますが、夕食を持ってきました。何も食べるもの持ってなさそうだったので、お邪魔でなければ……」
「いただけるんですか。ありがとうございます」
なんて気が利くいい人なんだろう。亀の甲より年の功ということか。
彼女が持ってきてくれたのは、スープの入ったカップと黒パン、そして野菜の和え物。
派手さはないけど空いた腹に染みいる素敵な料理だ。何よりもまず、わざわざ僕のために作ってきてくれたことが有り難い。
「本当に気立てがいい人なのに、それだけに惜しい……あと二十歳若ければ、嫁のもらい手には苦労しなかったでしょうに」
「……二十っ……!?」
「サリアさん、この人の言うこと真に受けちゃ駄目だよ? 今の私が私史上最も美しいって、平気で言うような人なんだから……」
「あはは……」
サリアさんは少し苦笑いを浮かべてから、しみじみと言った。
「小さい女の子が、お好きなんですね」
「はい、大好きです。未成長のあどけなさの中に確かにある女性特有の美しさと色気が、いつも僕を惑わせるんです」
「またご主人様はそんな人として致命的なことを臆面もなく言う……」
非業の死を遂げた芸術家も、もしかしたらこんな気持ちだったのかもしれないな。
「サリアさんからも言ってやってよ。そういう変態性癖は、さっさと直さないといずれ身の破滅をもたらしますよ、って」
「いえ、私は旅人さんのそういう考え方、素敵だと思いますよ?」
アインの目がくわっと見開かれ、名状しがたいものを直視するような怯えと困惑が入り交じった表情が生まれた。
僕自身、サリアさんの反応は想定外だった。
この嗜好は生きてきて否定されることばっかりだったのに、容認どころか肯定、賞賛までしてくるなんて。
「別に僕に気を使う必要はないんですよ? 変態と呼ばれるなんて、慣れっこなんですから」
「そんなつもりはありませんよ。私、人と意見が違っていてもそれを貫ける人って、とってもカッコいいと思うんです!」
「……!」
「私は人の顔を窺ってばっかり、人に流されてばっかりの軸のない人間です。特技だって、霊的なものが見える以外に取り立てて秀でたものはありません」
それだけあれば十分じゃないかな。
「ですから、旅人さんやうちの妹のように、周りの誰に何を言われても自分を曲げない心の強さを持っている人を、私は尊敬しているんです!」
「さ、サリアさん……」
僕が口ごもったのは、サリアさんの肯定が嬉しかったからではない。
彼女が今の境遇に追いやられている理由を、なんとなく察してしまったからだ。
サリアさんから顔を背けるようにしつつ、僕はアインに小声で問いかける。
「もしかして、あの変態刀鍛冶を育て上げたのは、このお
「冷静に考えたら、
「……頭のおかしい身内に絡まれて可哀想だと思ってたけど、身から出た錆なのかもしれませんね……」
同意するアイン。ひそひそ話に困惑して、首をかしげるサリアさん。
「……? どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありませんよ。お気になさらず」
あの妹と縁を切れば結婚相手が見つかる可能性はまだあるぞ、と言おうかとも思ったが、流石にそんな大それたことは口に出来ない。
「そうですか……あっ、そうだ。今旅人さんのところに来たのは、食事を持ってくるためもありますが、一つ伝えなければならないことがあったからなんです」
「伝えなければいけないこと?」
サリアさんは僕の前に正座で腰掛け、神妙な面持ちで言った。
「いいですか? 村の中は歩き回ってもいいですけど、これから朝にかけては柵の外には絶対に出ないようにしてくださいね」
「どうしてですか?」
「実はですね……最近このへんに、村の人間の命を狙う殺人鬼が現れるようになったんです」
「殺人鬼……? そりゃまた随分と物騒な」
「はい。夜に不用意に外に出ると、間違いなくそいつに殺されるんです。老若男女関係なく、金品を奪うわけでもないので、何が目的かは分かりませんが」
「目的が分からない……ですか」
その言葉に、僕はきな臭いものを感じずにはいられなかった。
単なる
だが、もしそれが『魔剣使い』だったら?
人を殺し、血を吸わせることによって成長していく魔剣使いが、この村をターゲットにして力を蓄えようとしているとしたら……?
「実は……この家も元は若い夫婦が暮らしていたんです。仲の良い素敵な夫婦だったんですが、ある日の夜に二人で高台の方へ月を見に行ったきり様子が見えなくなって、数日後に首のない死体になって発見されて……」
なるほど、それでこんな綺麗な家が余っていたのか。
僕の神妙そうな顔に何かを察したのか、サリアさんは少し顔をうつむけた。
「すみません、こんな話聞いたら気分が悪くなりますよね」
「いえ。僕は気にしませんよ」
(むしろ霊の方が恐れて逃げていきそうな変態だもんね。毒を以て毒を制すというかなんというか)
「ですが許せませんね。若い夫婦を殺すなんて……」
「旅人さんも、そう思いますか」
「はい。僕にだって、いっぱしの人の情というものはありますから」
サリアさんはにっこりと笑って、食べ終わった食器を片付け始めた。
「それでは、私はこれで。色々言いましたが、その殺人鬼が村の中にまで入ってきたことはこれまで一度もないので安心してお眠りくださいね」
◆◆◆◆
サリアさんが去って行ったあと、僕はこれからのことについて考える。
彼女は行くな、と言っていたが、それは彼女が僕の強さを知らないからだ。
「……一宿一飯のお礼というわけではありませんが、お世話になった人の身近に殺人鬼が跋扈しているというのは、あまり寝覚めの良い話ではありませんね」
「おっ、行く? 殺す? 殺しちゃう! いいねいいね、殺そうよ!」
急にテンションを上げ始めるアイン。
いい加減、僕が殺しに手を染めることはないとわかりそうなものなんだけど。
「殺すかどうかはともかくとして、この村の人達にとって脅威になる存在を排除するくらいのことは、やってもいいと思います」
「へえ……なんだかご主人様らしくないこと言うもんだね」
「僕はいつでもいつも通りの僕ですよ。それに言ったはずです。結婚したばかりの若い夫婦を殺すなどという『悪行』は、僕には見過ごせるものじゃありませんからね」
「そういうところがご主人様らしくないって言ってるんだよ。でもまあ、私はそういうのも嫌いじゃないけどね~?」
「貴方のことですから、惨たらしく人の命を奪う方が好きなんだと思っていましたよ」
「ご主人様の方こそ、私をなんだと思ってるの? 私は人の血が大好きな魔剣。善悪の概念は、私の中には存在しないよ」
「そうですか。ならばやはり、僕達はお似合いの二人ですね」
僕は『ディアボリバー』を手に握り、民家の外へと歩を進めた。
「行きましょうか。殺人鬼討伐の時間です」
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