3 ロリコン、仲間を手に入れる

「情報……と言っても、大したものはないんだがな」


 オリーヴは、困ったように頭を掻いた。

 まあ、最初っからそこまで期待はしていない。

 聞いたところ、たまたま襲いかかった相手が魔剣使いだっただけで、別に因縁の相手でもなんでもなさそうだったから。

 見た目の情報も若干曖昧だったし、多分何の足跡も掴めていないんだろう。


「魔剣使いの名前がザハールと言って、西方の国アマランサスを拠点に行商人をやっていることくらいしか知らないな」

「めっちゃ知ってるじゃないですか」


 大したものはないとはなんだったのか。示し合わせたかのようなどや顔がムカつく。


「元々オレが活動していたのも西の国アマランサスだったからな。最初は仲間にも見捨てられてなかったし、盗賊団の力を合わせて情報を集めたらこのくらいは容易かった」

「だったら、どうして直接倒しにいかなかったんですか?」

「言っただろ、俺たちは単独のそいつに負けたんだ。奇襲をかけたのにな。そのままじゃ絶対に勝てない。だから力を手に入れる必要があった」


 それで、魔剣の力を求めて旅に出たということか。


「もしかして、この近辺にやってきたのは……」

「どうやら、お前も同じ目的だったようだな」


 オリーヴは、小気味よさそうににやりと笑った。


「この山を越えて北に向かった先にあるアカシアという都市の領主の娘が、魔剣使いと聞いている」

「僕も同じ噂を聞いたことがあります」

「オレは最初、その娘から魔剣を奪い取るつもりでここにやってきていたんだ」


 なるほど。狙いは同じだったのか。

 領主の娘ベロニカが魔剣使いだという情報、意外と有名だったりするんだろうか。


「領主の娘に近づく算段はできていたんですか」

「できていたらこんなところで油売ってねえよ」


 それもそうか。しかしなんで無駄に偉そうなんだろう。


「お前の方はどうなんだよ、ロリコン剣士。あそこの領主は厄介だぞ~」

「厄介、と言うと?」

「娘を猫可愛がりしてるから、ここ数年一度も娘を公に出しやしねえ。厄介なことに、娘もその境遇に納得しているらしいんだ」

「……ふむ」


 接触の難しさが分かると同時に、僕はもう一つの問題点にも気付きつつあった。

 それは、『ベロニカの手にある魔剣はちゃんと然るべき強さまで強化されているのか』という点だ。

 僕が感動を覚えたのは、老いた精霊が幼女へと変わっていくその動きに対してだ。

 若返るためにはまず老いていなければならない。もしベロニカ側も魔剣の精をロリのままにしていたら、そこに僕が求めているものは存在しない。

 ……というかまず、見ることすらできないだろう。


「しかし、もしベロニカ嬢がロリのまま魔剣の精を愛でるような理解者なら、それはそれでお近づきになりたい気もするし……うーん、分からない。何が正解なんだ?」

「お前は何について悩んでるんだ?」

「友情か快楽か、どっちにしようかって感じですかね」

「……!」

「私はぜーったいそんな高尚な悩みではないと思うんだけどね」


 アインはいつも通りの雑なあしらいだったが、オリーヴの方は思うことがあったらしく、なにやら意味深な表情で黙って俺の顔をじっと見た。


「……なんですか?」

「友情と快楽に悩んでるって言ったな。だったら絶対に快楽にしとけ」

「へ?」


 その言葉は、今までちゃらんぽらんな発言を繰り返していたオリーヴのそれとは一線を画するものだった。

 真に迫ったその声色に、僕は思わず居住まいを正される。


「いいか、友情なんてものはどうせ偽物だ。形がない。そんなものを当てにしたっていいことないぞ」

「何か嫌な事でもあったんですか?」

「あったなんてものじゃないさ。今まで大切な友達だと思ってた奴らに、オレは……」


 そう言うと、ぐっと身を寄せて表情を強ばらせるオリーヴ。


「……うっ、ううっ……」


 そして彼女は、何とはなしに泣き出してしまった。

 突然のことに、僕は少しパニックになる。


「え、ええと? どうしたんですか?」


 宗教上の理由につき、僕には男女交際の経験もなければ同年代の女性と深く関わったことも殆どない。

 そんな僕に、女性を上手くなだめるなんて役目は果たせるわけもない。

 いや、この場合は男性をなだめる力が必要になるのか?


「な、なんであれ泣かないでください。ババアの泣き顔なんて汚いだけですから!」

「ご主人様、それ慰める気一切ないよね?」


 アインのもっともな指摘とほぼ同タイミングで、僕の顔面にグーパンが飛んでくる。オリーヴの手だ。

 僕はそっとそれを避けると、オリーヴは涙目のまま面白くなさそうな顔をした。


「うるぜええ! オレのことをババアって言うんじゃねえ! オレは男だ!」

「そ、そうでしたね、すみません。そうですよ、貴方は男ですよ」

「体を女に書き換えられても、中身までは変わってねえ! なのにあいつら、体が変わってからのオレのことを女扱いして……」

「!」


 仲間の盗賊に見捨てられた。確かオリーヴは、そんなようなことを言っていたな。

 もしかして、単に見離されたとかそういう軽いレベルの話ではなく、もっと徹底的に、彼女の中での仲間の信頼を貶めるような出来事があったのだろうか。

 変な方向に物わかりがいいファーストコンタクトでの奇行も、それが原因だったとすれば……


「あいつら……かつては仲間内のリーダー格だったオレに……このオレに……!」


 まさか彼女は、信じていた仲間にレイ――――


「メイド服とか、着せようとして……!」


 ――――は?


「信じられるか!? 『今のオリヴィエなら、これとか着たら似合うと思うぞ』とか舐めたこと言いつつ、大量に女物の服を買い込んできたんだぞ!?」

「それくらい我慢して付き合ってあげればいいんじゃないですか?」

「馬鹿野郎オレは男だ! なんで女物の服なんか着なきゃいけないんだよ!」


 じゃあお前が今着てる服はなんなんだよ!

 というかノリが緩いな盗賊団!? てっきり富と暴力と女のことしか考えてないくらいのものかと思ったら、思いの外やろうとしてることが生易しかった。

 殺しはしない盗賊団というのも、案外本当なのかもしれないな……謎の存在過ぎるけど。


「あんなところにいたら何されるか分からないから、隙を見て逃げ出してきて今に至るんだ」


 これ、本人は見捨てられたって言ってるけど、実際は行き違いからすれ違っちゃっただけなんじゃないだろうか。


「オレがアマランサスに戻れない理由の一つもそれだ」

「それ、と言われても」

「ザハールを倒すためには奴が主に活動しているアマランサスに行かなきゃならないんだけど、アマランサスに行けば仲間に会うかもしれない……」


 顔をくしゃくしゃにして手で覆うオリーヴだが、正直そこまで同情する気にはなれない。

 うん、会えばいいと思うよ。会って下らない喧嘩を収めてしまいなよ。


「……まあ、なんです」


 正直盗賊を仲間につけるのは法的な意味とかで心配があったが、これだけノリが緩いならリスクは少なそうだな。

 あと、元の体はともかく今の彼女の体はギリババ故に比較的若々しいので、加齢臭があまり気にならない。

 これくらいなら、僕にとって仲間を作る上での最大の懸念事項である加齢臭問題はある程度回避できるだろう。


「僕は僕の目的を達するため、貴方は貴方の目的を達するため――――どうです、手を結びませんか?」

「手を?」

「さっき言った手助けの続きですよ。貴方がアマランサスに行ってザハールを倒す時に、僕も協力してそいつを追い詰めてあげます」

「! お前の力を、貸してくれるのか……?」

「ええ。その代わり貴方も、僕がベロニカやザハールの魔剣を破壊するのを手伝ってください」


 オリーヴはしばし黙ってオレの表情を見つめる。


「正直、ロリコンのお前に力を借りるのは抵抗があるが……」

「それだったら僕も同じですよ。盗賊なんて身分の貴方に力を借りるのは抵抗があります。でもだからこそ、お互い様でちょうどいいんじゃないですか?」

「!」

「貴方だって一方的に見下されるより、お互いに見下し合うくらいの方がいいでしょう? これはこれで、対等って感じで」

「中々面白いこと言うじゃねえか。いいだろう、手を結んでやる」


 僕が差し伸べた手を、力強く握るオリーヴ。

 こうして僕は、魔剣狩りに際しての一人目の協力者を手に入れたのだった。


「……あ、手を結んでる間はとりあえず悪事はなしでお願いしますよ? 変なところでこっちの足を引っ張られても困りますしね」

「え、駄目なのか」

「駄目に決まってるじゃないですか。体が治るまでの間くらい我慢してください」

「う、ぐぐぐ……オレのアイデンティティが奪われる気持ちだが、実際お前は強いし、頼りになるからなあ……」


 渋そうな顔をするオリーヴだったが、ここで渋そうな顔をするということは大丈夫だろう。

 ここで即答快諾された方が、むしろ裏で約束を破られる気しかしなくて信用できなかった。

 押し黙るということは、少しは守ろうとする気があるということだろうから。


「ちょ、ちょっとした盗みくらいならいいよな?」

「駄目です」


 ……ちょっと不安になってきた。

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