7 ロリコン、優しい村人に歓迎される

 エリナは地図については正確なものをくれていたようで、およそ三十分ほど歩くと小さな集落に辿り着いた。

 日が落ちる前に人里に降りられて良かった。

 僕が胸をなで下ろしながら里の様子を眺めていると、中から一人の女性が駆け寄ってきた。

 エリナと同年代か、それより少し上くらいに見える。


「あれ? 旅人さんですか? 珍しいですね、ようこそコナラの村へ」


 どうやらここの村人の一人が、親切に案内を買って出てくれたらしい。

 僕は恭しく頭を下げると、礼儀正しく彼女に話しかけた。


「こんにちはお婆さん」

「おばあっ……!?」


 突然目の前の老婆かのじょが揺れた。地震かな。僕は感じなかったけど。きっと局地的だったんだろう。


「実は今日泊まれる場所を探してるんですが……」

「わた、私っ、まだ、三十になったばかりですよ!」


 何に不服を抱いているのか分からない。


「完膚なきまでにおばあちゃんじゃないですか。十代ならまだ言い訳も効きますけどね」

「……な、なっ、なっ……」


 老婆は唖然とした表情で、その場に崩れた。また地震だろうか。随分と特殊な地形なんだな。


「それでお婆さん、ここの村で誰か……ごふっ」

「出会い頭に喧嘩を売る奴がどこにいるの! 謝って! このお姉さんに謝って!」


 最近、アインの踵落としが少しずつ鋭さを増しているような気がする。

 できれば幼女の可愛いじゃれ合いに収まる程度に留まってくれればいいのだが。


「な、何故です……僕は別に罵倒するつもりがあったわけじゃないんです。ただおばあちゃんだなあって思って率直な意見を……」

「その率直さが悪意の塊だって言ってるの! 見てよ、あの人泣いちゃってるじゃない!」

「おばあちゃん……ううっ、適齢期を過ぎても独身で何が悪いっていうんですか……だってこの村にいたら……出会いなんてないんですもの……!」


「僕の尺度が人と違っているのは認めますが、三十歳って一般的な価値観から見ても老婆の枠に該当すると思うんですが」

「びっくりするほどすり寄れてないね。もっと努力した方がいいと思うよ」


 おかしいな。僕が頑張り屋じゃなかったら、この世に頑張り屋はいないってくらい頑張り屋だと思うんだけど。

 この世のどこに、理想のロリを手にするために最強になる男が他にいる。


「っていうか、仮にその蔑称にリアリティーがあるとするなら、尚更言葉に気を付けないと駄目だと思うよ! その……なんていうか、ほら」


 若干言葉に詰まるような反応を見せたアインだったが、最終的には最後まではっきりと言い切った。


「……デリケートになり始める年齢なんだから!」


 アインがそういった瞬間、女性はまな板の上の魚のようにびくびくと悶えた。


「で、デリケートになり始める年頃……大ダメージ……ぐふっ」

「ほら、もうあのお姉さん死にそうな顔になってるじゃない!」

「今のはアインの発言で傷ついたように見えましたが……、って、あれ?」


「ん? そういえばなんで私の声が――――」


 僕とアインは、同時に違和感に気が付き女性の方を見た。

 アインの声は僕にしか届かないはずだし、姿だって見えないはずだが……そういえば出会ったとき、彼女の視線が一瞬頭上のアインの位置へ泳いでいた気がした。


「……何か背後に漂ってると思ったけど、やはりいたんですね」


 涙目の女性は、震える足を懸命に支えて立ち上がり、僕達に向き直った。


「たまに、こういう方がいらっしゃるんですよ。人ならざるものを連れた旅人の方が。幽霊? それとも、また別の何かでしょうか……」


 どうやら彼女は、アインの存在に気付いているらしい。声も姿も、はっきりと認知しているようだ。


「貴方は……一体何者なんですか?」

「私ですか? 私はただの――――」

「はっ、まさかこの村はイタコが日々降霊に励む隠し里で、貴方はそれを統べる伝説の老婆とか!?」

「老婆じゃありません!」

「そこを否定されても、その、困るんですが」

「なんで困るんですか。困るのはこっちですよ?」


 女性は呆れたようにまゆをひそめてから、やれやれを深く息を吐いた。


「私は別に霊能力者じゃありませんし、この集落はごく普通の農村ですよ。もしここに滞在されるなら、特産のヤーコンを是非一度食べていってください」

「では、貴方は……」

「ただ生まれつき、そういうものが見えるだけです。そのせいで不思議ちゃん扱いされて、今まで婚期を逃しちゃってきましたけどね」


 そう言うと、彼女はどこか儚げに笑った。

 あと二十年若ければ、きっとその笑顔は人を蠱惑する素敵な色気を放っていたはずだ。

 盛者必衰、万物無常は人の世の理とはいえ、ロリをロリでなくしてしまう構造を作り上げた神とやらには、いずれ物申さなければならない日がやってくるだろう。


「不躾なこと考えるのやめなよ。彼女、別に今でも美人さんだからね?」

「アインの方が綺麗ですよ」

「それは当たり前の話でしょ。今更確認するまでもなく」


 どやっと微笑むアイン。今まで美貌で多くの男を誑かしてきた蠱惑の魔剣なだけあって、自分の美しさには自信があるらしい。


「しかし、よくもまあ老け専の変態ばかり、よくも集めたものです。誰一人として、本当の美を理解しないだなんて……」

「女の盛りを老け専って言うな! 何回訂正したか分からないけど、趣味がおかしいのはご主人様の方だからね」

「ちゃんと集計取ったんですか?」

「取るまでもなくご主人様がノイズだよ!」


「……あ、あのー……ええと……?」

「ああ、すみません。失礼しました」


 おっと。こっちで惚気ているうちに女性ろうばを置いてけぼりにしてしまっていたらしい。


「ええと、泊まる場所を探しているんでしたよね?」

「はい、まあ、そんな感じです。ちゃんとした寝床はなくてもいいので、とりあえず雨風さえ凌げたらなと……」

「でしたら……とりあえず立ち話もなんですから、私の家でお話ししませんか? 何もないですけど、お茶くらいなら出せますよ?」

「お茶、ですか」


 つい先ほどお茶で酷い目にあいかけたばっかりだったので、僕は思わず身構えてしまった。

 だがまあ大丈夫だろう。ファーストコンタクトから狂気の二重御膳のような代物をお出ししてきたエリナと違い、この人は純朴でまともそうな人だから。


「っていうかこれだけ失礼にしてきた私達にここまでよくしてくれるとか、神的にいい人だよ。怒って泥水ぶっかけられた挙げ句村を追い出されてもおかしくない所業してるからね、割と」


 言われてみればその通りである。

 だがまあ逆に、それだけ失礼な相手に対して平気で善意を振りまけるというのは、逆にきな臭いものを感じないではないけれど……。

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