6 ロリコン、変態刀鍛冶を一蹴する
決着はほんの数秒でついた。
多少鍛えているとはいえ、所詮は戦闘慣れしていない刀鍛冶。
幾多もの戦場を越えて無敗の、この僕に勝てるはずがない。
鞘付きディアボリバーの殴打を受けて立ち上がれなくなったエリナは、そのまま部屋の床に倒れた。
「……つ、強い……」
「これが愛の差です。貴方は有象無象の男性器を追い求め、剣にその面影を求めてすがっていたに過ぎません」
彼女にとって、剣はしょせん男性器の代替品でしかなかった。
「ですが僕は、この剣に宿るアインという精霊を世界中の何よりも愛しています。そう、この勝利は僕と彼女が紡いできた愛の結晶の発露なのです!」
「変な話にすり替えないでくれるかな!?」
「おやアイン。いたんですか」
気付けば、遠くに飛んでいっていたアインが僕の頭上に戻ってきていた。
「不思議ですね。しばらく会っていないだけなのに、まるで百年の間別れていたような気がしますよ」
「ごめん、私はそこまで思えない。さらっと重たくなるのやめよ?」
そしてアインは、ぐったりと倒れたエリナの上にぷかぷか浮かびながら僕に聞く。
「それでこの人、殺すの? 殺そうよ、殺しておこうよ。ご主人様もこの人の言いようにむかついてたでしょ?」
「殺すつもりがあるなら、鞘を付けたまま戦うはずがないでしょう」
「ちぇーっ、今回も成長はお預けかあ……」
こんな奴のために、アインの成長を進める理由などない。
何故なら彼女の美しさは、この世界に生きるロリ以外の全人類の命と天秤にかけても守る価値があるほど素晴らしいものなのだから。
「また重いこと考えてる……どうしたの、何の心境の変化があったの?」
「目の前にあったおぞましきものを打ち破り、自由を手に入れた瞬間ですから……僕だってたまには、ヒロイックな気分に浸りたい気分なんですよ」
「へえ、そうなんだ。何がヒロイックなのか分からないけど、ご主人様が満足してるんだったらいいと思うよ」
アインがそっけない態度なのにも、もう慣れてきた。
むしろ今思えば、ロリとは必ずしも素直なものではない。むしろ素直になれないツンツン系ロリというのもまた乙なものだ。
子供故に感情をはっきり表に出すのが苦手で、それだけに突き放したような態度を取ってしまっ……たのが今のアインだと脳内変換するとどうだろうか。
あの冷たくて素っ気ない態度も、愛情の裏返しというように受け取れるのではないだろうか。
「アイン、貴方は……やはり最高のロリですね」
「ご主人様って本当に強いよね。褒めてないからね」
「強いよねって言われてて褒められてなかったのは生まれて初めてです」
さて、それはそうと次の仕事を始めよう。
エリナを殺さなかったのは、手を汚さないためもあるがそれ以上に里の場所を聞き出さねばならないからだ。
僕は鞘で彼女の頭を突っつき、悶絶している彼女の意識を回復させる。
「さあ、寝ている暇はありませんよ。起きてください、エリナさん」
「……な、なに……」
「里の場所を教えてもらわないと、僕達外に出られないんですよ。ほら、負けたんだからさっさと場所を教えてください」
「……そんな約束した記憶ないんだけど……?」
「約束してなくても教えるんですよ。貴方が拒むというのなら、大事な貴方の男性器を片っ端からへし折っていきますよ」
「ちょっ……!?」
自分で言ってて何言ってんだか分からなくなったが、少なくともエリナに対する脅しとしては十分な効果を発揮したようだ。
抗議の姿勢を見せるエリナを無視して、僕は壁にぶら下がっている剣の一つに手を掛ける。
「さあ、どれからいきましょうか。おっ、まずこのでかいのなんか良さそうですね!」
「や、やめてえ!! その子は時間をかけてじっくり作ったお気に入りなのお! デカマラ丸だけは! デカマラ丸だけは勘弁して!」
「……」
必死に涙を流しながら哀願するエリナを見ていると少し罪悪感が湧きそうな気がしたが、
「それじゃあこれはまず折るとして、次はどれにしましょうかね」
「!? 一本で済ませないつもり!? 酷すぎるわ! 鬼! 悪魔! 外道!」
「酷すぎるも何も、貴方が素直に教えればいいだけのことでしょうに。よし……じゃあ次はこの短刀を……」
「あああああ!! その子は駄目ええええっっ!」
「うるさっ……」
「その子は私が最初に作った言わば長男なの! 長男ち○ちんなのお! お願いだから、童貞夜叉だけは勘弁してええええ!」
「じゃあこっちを……」
「そっちは! そっちは本当に駄目っ! だってそれ、今手元に残ってる中で最高傑作の剣(ち○ちん)だから! 取られちゃった子を除いたら今までで一番上手く作れた子なのよ、それ!」
「駄目なものばっかりじゃありませんか……じゃあとりあえずこの三本をへし折るところから」
「ご、ごめんなさい! 私が、私が悪かったから! 謝るしもう釘も投げないし里への道もちゃんと教えるからああ!!」
「……ならばいいでしょう」
僕は手に掴んでいた何本かの剣を手元から離し、床に散らばらせた。
這いつくばるようにその剣の元に駆け寄ると、エリナは愛おしそうにそれをなで回す。
「ああ……ごめんね、ごめんね、私のせいで……怖い目に遭わせちゃったわね……」
まるで、腹を痛めて産んだ赤子を慈しむかのように――――
「私は貴方達のご主人様なんだから、私が守ってあげないといけないのにね……」
心を込めて無機物に接するエリナを見て、僕は若干のデジャヴを覚える。
「一つ質問いいですか、アイン」
「なに、ご主人様」
「エリナさんにアインが見えないように、エリナさんには僕達に見えない何かが見えているという可能性はないですか?」
「どういうこと?」
「つまり、エリナさんが既に精霊付きの『魔剣』を作り出している可能性はないか、ということですよ」
「えー、うーん、どうだろー……精霊同士は普通近づけば感覚で分かるものだけど、今のところそれらしい気配は感じないや」
「そうですか」
「よっぽど弱い精霊なら憑いてるかもしれないけど、少なくとも『魔剣』と呼べるほどの剣はまだあの中にはないと思う」
「なるほど、ありがとうございます」
「けれど、どうしてそんなことを?」
アインはしばし首をかしげて、それから顔を青くした。
「……はっ、まさか私以外の魔剣に乗り換えようとしてるんじゃないよね!?」
「いえ、どの程度あの人が頭おかしいかを知りたいなと思っただけです。もし魔剣の精霊がいるのなら、あれだけ剣を大切にするのもわかりますが……」
ちらりと、床に転がるエリナに視線を移す。
「……ああ、本当にごめんね……よしよしなでなで……ああっ、やっぱり貴方達みんなイケメンね……・デカマラ丸は今日も反りが素敵だし、童貞夜叉は愁いを帯びたくすんだ肌がワイルドでカッコいいわ……それにみんな、ひんやりしててかっこいい……」
彼女は床に転がったまま、裸の刀剣たちをぺたぺた愛玩していた。
「――――相手がいないのにアレやってたとしたら、どうやら彼女の変態度は
僕がそういうと、僅かに不安そうな色を帯びていたアインの表情が和らいだ。
「……ほっ、なーんだ。そういうことね」
「心配しなくとも、僕が手に取る魔剣はアイン、貴方一人だけですよ」
「だよね、だよね。大丈夫だよね。ご主人様変態だけど、そういうところは信頼してるからね」
良かった。何一つ信頼されてないのかと思っていたけど、どうやら僕の知らないところで密かに僕は彼女からの信頼を勝ち得ていたらしい。
あとは彼女の心を僕にぞっこんにさせることと、彼女に成長を諦めさせること。
その二つが叶えば、僕はそれ以上何も望まないんだけどなあ。
「十分高望みだよ~!? っていうか、そんな未来は永遠に来ないからね!?」
「アインを僕にメロメロにしてしまえば当然ぞっこんになりますし、同時に僕の言うことを聞いてくれるようになるはずです。つまり、必要なプロセスは一つだけですよ」
「そんなこと言ってる時点でメロメロにできないって気付こうよ」
「……ああっ、もう最高! 久しぶりにまじまじ見たけど、やっぱり貴方最高に綺麗だわ! ねえ、その繊細な指で私のことめちゃくちゃにしてよ、できるでしょ? ああっ、そう、良い感じ……」
「――――盛ってんじゃないですよこの変態刀剣フェチ女!」
「あ、ちょっと! 返してよっ!」
「セックスは他人の前でやらないとか言いながら、僕達が帰る前から気持ち悪いプレイに興じないでください」
気が付くと刀剣をさすりながら変な声を出していたので、一旦取り上げる。
この調子だといつまで経っても前に進めない。
それにしても、結構徹底的に打擲したつもりだったのに回復が早い。
僕の例を鑑みると人間性がまともであればあるほど強くなると思うのだが、どうやら逆のパターンもあるらしい。
「ねえ、ご主人様は一体何の例を鑑みたの?」
「さて……」
「ねえ! 今は心の声じゃないよ! ちゃんと口に出して言ってるんだから無視するなあ!」
アインのいつもの踵落としが脳天に直撃したが、今は無視だ。
先に進めないといけない話がある。僕は剣を没収したままエリナに詰め寄った。
「先に里への行き先を教えてくれたら返してあげます」
ここに長居する理由はない。
「貴方みたいな気持ち悪い存在が生息する森、さっさと抜け出してしまいたいんですよ」
エリナは若干悔しそうな表情になってから、渋々頷いた。
「くっ……分かったわよ。紙に地図を書いて渡してあげるから、それで満足してくれる?」
「はい。ありがとうございます」
「ところで、さっき刀を打ってたときとキャラも関係性も変わりすぎじゃないですか?」
僕がそう聞くと、エリナは照れくさそうに頬を掻いた。
今更何をそんなに照れられる要素があるというのだろうか。厚顔無恥ならぬ紅顔無恥である。
「あれは……ほら、
「いや、そんな世界の常識みたいに言われても」
その後、エリナから近辺の地図をもらった僕達は、彼女と別れてからそれに従って里への道を下っていった。
「……あのエリナっていう刀匠、今のところは『魔剣』使いじゃなかったけど……いずれどこかで、『魔剣』を生み出してもおかしくない、そんなパワーを感じたよ」
「そうですね……」
良くも悪くも、人には真似できない偉業を果たす者というのは、相応の精神を持ち合わせているものだ。
「アインを作った刀鍛冶も、あれくらい変態だったんですか?」
アインの拳骨が、無言で僕の顔面にめり込んだ。
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