4 ロリコン、刀鍛冶の家に行く
これからのことについてアインと話をしているうちに、いつの間にか森の中で迷ってしまった僕。
「……困りましたね。もう日も傾いてきたというのに……」
「私は困らないけど、ご主人様的には死活問題かもね。でもご主人様、野宿とか平気でしそうに見えるけど、意外とそういうの無理なタイプ~?」
「自分一人なら野宿くらいわけはないんですけどね。貴方のことを思うと、流石に屋根くらいは確保したいところです」
「ん? 私は別に野宿でも平気だよ。獣の類も気温の変化も、悪天候だって私に関係ないからさ」
「気持ちの問題です。全裸の幼女を夜中も野ざらしなんて、僕の良心が許しません」
「だったら私を素っ裸にしておくこともおかしいと思うんだけど!? 私が服を着てないのって、力が未成長で服を作り出す力も出せないからなんだけど!?」
「だってどんな服をあげてもすり抜けちゃうじゃないですか! 僕だってロリにはロリに相応しい服を着せてあげたいですよ!」
生まれたままの姿もいいが、少々痛ましさが宿ってしまう。やはりロリは服を着ていた方が良い。
その方が、愛されている感が出る。
「っていうか色々買ったのに、結局全部捨てることになっちゃいましたし……」
「見切り発車で三十着も買うからそういうことになるんだよ。っていうか見切り発車じゃなくてもあの枚数は異常だよ」
引き取ってくれた古着屋のおばさんが、『こんなに新品同然の服が流れ込んできたのは初めてだわ』とか言ってたのを今でも覚えている。
「何にせよ、この森の中でずっと迷子でいるわけにもいきません。出口を探したいところですが――――『……メ……』ん?」
「どうしたの、ご主人様?」
『……オ……ス……』
それは森の木々の囁きに隠れてかすかだけ残った、人の声の残滓だった。
「遠くで……なにやら人の声が聞こえます。一人……でしょうか。話している内容は、良く分かりませんが」
こんな森の中にも、人はいるらしい。
「本当? だったらそっちに行けば、少なくとも人に会えるんじゃないかな?」
「そうですね。人里ならば最高ですし、そうでなくとも人里に向かう道を教えてもらえるかもしれません」
「それに、もしさっきの盗賊のアジトだったりしたら今度こそ殺さなきゃいけなくなるかもしれないしね!」
「言われてみればその可能性もありますね。声と一緒に、金属音も聞こえるような気がしますし。やっぱりやめましょうか」
「えー!? なんでー!? 行こうよ、行って殺しちゃおうよ!」
「いずれにせよ他にあてはないので行くしかありませんが……今のうちに、ストレッチはしておきましょう」
「あくまでも殺しをしないつもりなんだね……へーんだ。それならそれで、さっきの十倍ぐらい多い盗賊団に突っ込んで、殺しきれずに死んじゃえばいいのに」
「はっはっは、何を言っているんですか。僕は誰を相手にしても負けるつもりはありませんよ。なんてったって僕は、あの伝説の魔剣『ディアボリバー』の担い手……貴方のパートナーなんですからね」
「その強さに私がなんにも関与してないから、全く誇らしくない!」
『責……ち……ん……』『叩……ド……よ……』
しかし、いつまで経っても一人の声しか聞こえない。まさか全部独り言だったりするのだろうか。
「まあ、なにはともあれ行くしかないでしょう。ついてきてくださいね、アイン」
「うん、ご主人様。まー、嫌だって思っても私は剣から離れられないし、ご主人様と一緒に行動するしかないんだけどねーっ」
そして僕達は、あーだこーだと言いながらとりあえず声のする方へと歩いて行った。
『虐め……さ……ハン……気……』
近づくにつれて、なんとなく話している内容も掴めてきたし、声の主が何をしているのかも想像がついていった。
のだが……
◆◆◆◆◆
「ねえ、ご主人様」
「……なんでしょうか」
「私さ、ここまで近づく前になんとなく察して引き返すべきだったと思うんだ」
「そうしたいのは山々でしたが、僕の理性がそれを許さなかったんです。『いくらなんでも、そんな狂気がこの世に存在していいはずがない』って。なんとか確かめて、疑念を振り払わないといけない……って」
「多分それは理性じゃなくて狂気の類だと思うよ」
森を抜け、開けた場所に辿り着いた僕達は、ついに声の主を発見する。
そこにあったのは、平屋の小さな掘っ立て小屋。
掘っ立て小屋の横には大きな土窯があって、その中では炎がめらめら燃えていた。
そして窯には、腕の長さほどの真っ赤な刃が突っ込まれていて、声の主はそれをハンマーで何度も叩いていた。
カーンキーンコーンカーン。
「あらあらあら! こんなにち○ちんを真っ赤にして! そんなに私の責めが気持ちいいのかしら! 叩かれて感じるなんて、性根の曲がったド変態ね!」
キーンカーンコーンコーン。
「そうよ! まるで女の子みたいによがり声を上げなさい! ち○ちん虐められて喜ぶ惨めな姿をさらしなさい! 恥ずかしがって、我慢しようなんて思うんじゃないわよ! ド変態にはド変態の身の程というのがあるんだから!」
コーンカーンキーンコーン。
「あーっはっはっは! エリナ様のハンマーが気持ちいいですって言うのよ! 惨めに嬌声をあげながら、嫌らしく命乞いをしなさい!」
キンキンカンカンコンコンコン!
「やめてくださいお願いしますですって!? あんたみたいなブタ野郎の言うこと聞いてやる理由がどこにあるって言うのよ! 今日はあと五回は虐めてあげるから、喜んでキンキン鳴きなさい!」
そう、そこにいたのはド変態の女刀鍛冶だったのである。
はちまき姿に壮健な体格、そしてノースリーブのシャツと短パンを身につけた風貌は、一見すると豪放で気持ちの良い女傑に見えないこともなかったが、発言で全てが台無しだ。
一応付記しておくと、男性器の俗称がひたすら連呼されていたが、彼女が叩いているのはあくまで真っ赤に燃えた刀身であって男性器ではない。
「なるほど……確かに刀鍛冶は人里から離れた場所に工房を作り出す傾向があります……遠くで聞こえた金属音は、刀を鍛えている声だったんですね」
「そういうことって納得していいのかな。ねえ、あれ誰に向かって言ってると思う? 私にはあの人の周りに他に人が見当たらないんだけど」
「理解したくはありませんが、多分自分が叩いてる刀身に向かって言ってると思いますよ」
「理解したくはないけど、やっぱりそうなのかな。怖いよ。ご主人様と同じくらいかそれ以上に怖いよ……!」
「ところでアイン。貴方が言っていた『剣に対して特別の執着を持つ刀鍛冶』って……ああいうののことを言うんですか?」
「……まさか、あんなのに私を差し出すつもりじゃないよね!? 嫌だよ!? あんなのに私の
「僕だって嫌ですよ!? あんな暴力的な女に貴方を差し出すなんて、娘をDV男の嫁に出すようなものじゃないですか!」
「娘って言ったり妻気取りだったり、安定しないねご主人様は!」
「いえそれらはあくまで言葉の綾で、僕の気持ちとしては――――」「なに独り言喋ってんの、あんた」「……っ!!」
気が付くと、いつの間にか作業を中断していたその刀鍛冶が、僕の目の前にやってきていた。
僕は慌ててその女の方に向き直る。アインは軽い悲鳴を上げながら、行けるだけ高いところまで避難していった。
女は僕の装いをじろりと見回すと、深い溜息をついた。
「何言ってるかはいまいち要領を得なかったけど、失礼なことを言っていたのは理解できたわ。ブツブツと独り言呟きやがって、気持ち悪い奴ね」
気持ち悪いと言われるのは慣れっこだが、独り言についてはこいつだけには言われたくない!
「……しかもこんなババアが……」
「え? なんて?」
おっと口が滑った。
「い、いえ……あ、アハハハ……邪魔しちゃったみたいですね、すみません。僕たち、いえ、僕のことはお気になさらず、どうぞ作業を続けてください」
「馬鹿言わないで。見られながらセックスする趣味は私にはないのよ」
セックス?
こいつは何を言っているんだ?
「しっかしまあ、なにかしら……」
僕をなめ回すように眺めたその女は、やがてにやりと不気味な笑みを浮かべて言った。
「どうやら道に迷った旅人の類らしいわね。里の人間が、わざわざ私の工房に近づいてくるはずがないもの」
だろうな。僕だってもう二度とここには近づきたくない。
「里が近くにあるんですか。だったらそこへの道を教えて欲しいんですが……」
「そうね、教えてあげてもいいけど」
女はポンと手を打って、僕にこんな提案をしてきた。
「ちょっとお茶でも飲んでいきなさいよ。普段一人で暮らしてるから、たまには喋り相手が欲しいのよね」
「……」
僕は気付いていた。この女が僕の体をざっと見渡した時、アインの本体である『ディアボリバー』を見た時明らかに目の色が変わったことを。
未だに理解が追いついていないが、どうやらこの女は剣に欲情する変態らしく、今は間違いなく『ディアボリバー』に目をつけている。
つまりこいつは、何らかの方法で僕のアインに関わろうと企んでいるということだ。
正直、とっとと引き返したい気持ちで一杯だが、話を受けないと多分里の場所は教えてくれないだろう。
何より、たかが女風情にビビって逃げ出すような格好悪い僕を、アインは担い手として認めてくれないはずだ。
(別にそんなこと考えないからさっさと逃げて欲しいかな!?)
アインの声が脳内に直接響いてきた気がするが、今は無視しよう。
虎穴には入らずんば虎児を得ず。
それに大丈夫――――僕は最強の剣士。たとえ女刀鍛冶がどんな変態であったとしても、必ずアインを守り抜いて見せる。
「ええ、分かりました。僕で良ければお相手しますよ。子供の頃家の近くに娼館があったので、老婆の扱いには慣れていますから」
「……は? 老婆? 何の話?」
しまったまた口が。
「い、いえ、聞き間違いだと思いますよっ。ささ、どうぞお茶を飲ませてください」
「なんか妙に偉そうに感じるけど、まあいいわ。小屋に入りなさい」
しかし、前もって気づけて良かった。これまで幾度となく強敵と戦ってきたおかげだろうか。僕の第六感はこういう手合いの心理を読めるくらいまで成長していたようだ。
(多分それは戦いの成果じゃなくて、ご主人様がそいつと同類だからだと思うよ……)
脳内に直接響いてきたアインの訴えは、聞かなかったことにする。
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