3 ロリコン、二人の未来を考察する

「そういえば、どうしてアインは成長したいと思っているんですか?」


 森を抜けて川沿いへと道は繋がり、なおも僕達の旅は続く。

 僕がふとこぼした素朴な疑問を聞いて、アインは目を疑うような顔になった。


「どうしてって魔剣の精霊として、強大な力を手に入れることこそが私の存在する理由だからだよ!」

「存在する理由……とはまた大きく出ましたね」


「原始欲求、っていうか? ご主人様達人間がご飯を食べ、睡眠を取り、男女が交わって子孫を残そうとするのと同じ理論だよ!」

「僕は子孫を残したいとは思っていませんが」


「ご主人様みたいな特例中の特例を引き合いに出されても困るよ……」

「厳密には残したい心はあるのですが、僕が恋する相手は皆子孫を残せる体ではないのです。だから諦めて、生涯を清い体で終えると決めました」


 その時、僕の脳裏をとあるひらめきが駆け抜けた。


「……そうです! 僕だって我慢してるんですから、アインも欲求を我慢すべきなのではないでしょうか!」

「待って。その理屈はどう考えてもおかしいと思うんだ」


「しかし仮にアインの原始欲求が担い手に人を殺させ自身を成長させることだとすると……アインには、人間の原始欲求に相当するものは存在しないのですか?」

「というと?」


「例えば食欲とか、性欲とか……」

「私が自分から食べ物とかセックスとかを求めることはないかな」


 確かに、性欲もそうだが今までにアインが食べ物を欲しがったことはなかった。

 ロリが無邪気に甘いものを欲しがるのも魅力の一つだと思っているから、それに関しては残念なところがある。


「でも、私とセックスできるということが担い手のモチベーションになることが多いから、相手はいくらでもしてあげるよ。その話はご主人様にも何度もしたけどね」


「……つまり、僕のことも誘ってくれると?」

「もっと成長して、せめてあと五歳分ほど成長できたらね」


「それじゃもうとうが立ってるじゃないですか。お引き取りください」

「引き取れるものなら引き取りたいよ! でも私の方から契約切ったりできないんだもん!」


 ふくれっ面のアインが、空でくるくる回る。


「ご主人様が死なない限り、私はずーっとご主人様の魔剣にしかなれないの!」

「そうですか。でしたら安心ですね」

「だから、お願いだから人を殺してよぉ。私の刀身に血を吸わせてよぉ~! 」


 僕の頭をもちもちのあんよで蹴飛ばしながら、アインはぶつくさ文句を垂れる。

 まるで、親におもちゃをねだる子供のようだ。可愛い。なでなでしてあげたい。

 衝動に駆られた僕が彼女を掴もうと振り向くと、何かを察知した彼女は素早く空中へと飛び上がった。


「……ヒッ……」


 ……心の深いところからまろびでたような悲鳴に、さしもの僕もちょっと傷つく。

 いかんな。盗賊の一件以来、彼女は何故か心を閉ざしてしまった。

 なんとか彼女の心の傷をいやしたいところだが、僕に何かできることはないだろうか?


「また何か妙なこと考えてる。あれだけのことがあってそういうスタンスを貫けるの、ご主人様本当凄いと思うよ……褒めてないからね」


 それにしても、アインは僕の心の中を何故か読み放題なのに、僕からはアインの心が読めないのは不公平な話だ。


「ふっふーん、それは魔剣の精だからね。人間如きには真似することもできないほどすごい力を、私は一杯持っているんだよ!」


 いや、或いは僕は既に彼女の心を読めていて、それに自覚的でないだけなのか?

 冷静になってみるとそんな気がした。僕の直感だと彼女の今の心理は、僕に対して素直になれないもどかしさで一杯のようだが、これは僕が……


「全く冷静になれてないからね!? そーんなこと、これっぽっちも思ってないよ!?」


 否定されてしまった。彼女を真の意味で理解するには、まだまだ時間がかかりそうだ。


「多分ご主人様には、人の心を読むってことは未来永劫不可能だと思うよ……こう、技術的なレベルの話でも」


 アインがなにやら失礼なことを言った気もするが、僕は寛大な心の持ち主だ。許してあげるとしよう。


「しかしアイン。要するに貴方にとって大事なことは力を手に入れることであって、それ以外のことはおまけにすぎないということですね?」

「うん、そうだけど……それがどうしたの?」


「つまり、必ずしも反吐が出るおぞましく膨らんだ奇形ババアスタイルになる必要はない……と」

「それはそうだけどその言われようは釈然としない!」


 ごつん、と、僕の後頭部にアインの頭突きが炸裂した。


「ご主人様の嗜好が歪んで特殊でねじ曲がってるから心動かされないだけだから! 今まで私は、何十人もの担い手を成長した姿で魅了してきたんだよ!?」

「随分美的センスに劣る担い手ばかりを選んできたんですね。女性が最も美しい姿をみすみす逃して、老いぼれクソババアにするとは、理解できません」


「本当に女性が最も美しい姿が幼女体型このサイズ感なら、人間の女性がこの体の時に子孫を残せないってことはないはずだけど……」

「神様の設計ミスですね。罪なことをするものです」

「多分神様がミスったのは、女性の設計じゃなくてご主人様の頭の設計だと思うよ」


 一体何がミスだというのか。僕はこんなにもすくすく成長して、今や世界中でも最強クラスの立派な剣士になったというのに。


「うん……こんなのが最強だなんてほんと、世も末だよね」

「でも、最強なおかげで貴方の力を借りるまでもなく担い手としてやっていけてるんですよ?」


「だからタチが悪いんだよ! あーもう、本当なんでこんな人に捕まっちゃったかなあ……」

「力に溺れるにせよ、女に溺れるにせよ……今までのご主人様は、皆、ちゃんと私に魅了されてくれたんだけどなあ……」


「僕も魅了されていますよ? 今の貴女の、幼気であどけなくて可憐で小さな艶姿に」

「だーかーら! それじゃあ意味ないって言ってるの!」


 宙に浮いたまま、アインは足をばたばたさせて抗議した。


「私は人の命を沢山奪って、血を沢山吸って、大きく強く成長したいのに~! ご主人様が全然やる気ないせいで、かれこれもう一ヶ月、私はずーっと欲求不満状態なんだけど~!」

「……だったら、改造するのはいかがですか?」


 僕がそう言うと、アインはぎょっとした顔で僕を睨んだ。


「改造? 何する気なのご主人様。絶対良からぬこと考えてるでしょ?」

「いえ……例えば誰か適当な刀鍛冶に鍛え直してもらったら、肉体の劣化とパワーアップが連動する不可解な構造が改善されるかもしれません」


「普通それは劣化じゃなくて成長って解釈するから、不可解でもなんでもないんだけどね。でも言いたいことは分かったよ」


 アインはやれやれと肩をすくめた。


「だけどそれは無理。何故って私は、ただの剣じゃなくて魔剣だから」

「……?」


「稀代の刀匠が途轍もない念を込めて初めて生み出される私達のような存在を、そこらの刀鍛冶如きが書き換えることはできないんだよ!」

「なるほど。稀代の刀匠……アインの生みの親ということですね。つまり僕にとってのお義父さんということにもなります」


「ん? ちょっと意味が分からないかな」

「もしかして刀鍛冶は女性でしたか?」

「そういう話をしてるんじゃないんだけど」


 だとしたら間違えた部分が分からない。

 いずれは僕とアインは一緒になるんだから、生みの親なら義父か義母だよね。


「ともかく、剣を鍛え直して私のあり方を変えるなんてのは、まず不可能だと言って間違いないよ?」


 アインはそう言うと、自分の腕をそっと指でなぞった。


「魔剣に対して作り手の執念を超えた執着を抱く刀鍛冶がもしいれば、ワンチャンくらいはあるかもだけどね~!」


 作り手の執念を超えた刀鍛冶……刀を鍛えることに燃えているような、そういう熱い刀鍛冶だろうか。残念ながら、僕は今のところ心当たりがない。


「そうですか……ならばもう少し、僕達の平行線は続きそうですね」

「ご主人様の性癖が直れば、すぐにでも解決することなんだけどね」

「それは少々難しいですね……」


 僕はそこで一旦話すのをやめて立ち止まり、辺りの景色を見渡した。

 なんだかさっきから、妙に景色がおかしいような……あれ?


「……どうも道に迷ってしまった気がします」

「は?」


 気が付くと周囲の景色から川は消えて、再び鬱蒼とした森の中。

 話しながら無意識に歩いていたせいか、おかしなところに迷い込んでしまったらしい。

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