2 ロリコン、盗賊に襲われる

「ねえねえ、ご主人様って殺人に抵抗あるタイプ?」


 引き続き森の中を散策していると、アインがまた物騒なことを聞いてきた。


「殺人ですか? 無闇にしようとは思いませんが、必要とあれば躊躇するつもりはありませんよ」


 元々、生活のために戦場に乱入して追いはぎをやっていたこともあるこの僕にとっては、他人の命などあまり重いものではない。


「そうだよねえ。殺しに抵抗ある人だと、神殿の試練をくぐり抜けられるはずがないもんねえ」


 そういえば、あの神殿には肉親の幻影が襲いかかってくる試練とかもあった気がする。

 魔剣かのじょが僕を呼ぶ声の前では、そんなものは無力だったが。


「じゃあさ、じゃあさ、『盗賊とかが襲いかかってきたら』うっかり殺しちゃうってこともあるよね?」

「……!」


 アインの言葉で、僕は周囲の異変に気付く。

 殺気――――それも一つや二つじゃない。

 十数個の淀んだ殺気が、僕の周りに張り詰めている。


「……アイン、おてんばさんで困りますね。何かよからぬものをここに呼び寄せたでしょう」

「そんなことはしてないよ? ただ私のオーラをぎゅーっと高めて、『この辺に何かありそー』って雰囲気を醸しだしただけだよ。今の私には、それくらいしか外部に干渉する力がないからねー!」


 アインはそう言ってくすくす笑った。

 悪戯っぽいその笑みは、悪魔と天使の良いところを融合させたかのような神秘的なかわいらしさに満ちあふれていた。

 ああ、可愛い。食べちゃいたい。

 でも駄目だ。イエスロリータノータッチ。ロリは弄ぶものではなく愛でるもの。

 かつて大いなる悲しみを経験してから、僕は死ぬまでロリ以外と交わらず、ロリのことも襲わない。即ち純潔の誓いを立てている。その禁を犯すことは、決してあってはならないのだ。

 まあ、ロリの方から誘ってきた場合は……やぶさかではないけどね……。


「うわぁ、なんかご主人様、表情からキモさが滲み出てるよぉ。なんでこの流れで気持ち悪くなれるの……」


 気が付くと、アインはいつの間にか空高くに浮かび上がっていた。

 確かに、アインがいくら僕以外に触れないとはいえ、万が一ということもある。

 安全な場所に避難しておくのは賢明な判断だ。


「危なくならないよう、始末するまでそこにいてくださいね!」

「ご主人様が気持ち悪くて離れただけだよお……ポジティブすぎて怖いから、もうちょっとネガティブ方面の感情も養った方がいいと思うよ、ご主人様……」


 そして間を置かず、木々の狭間から複数の人影が飛び出してきた。黒ずくめで顔を覆って、皆似たような見た目をしている。最近ここいらを騒がせているという盗賊と外見が一致しているようだ。

 どうやら彼らは、腰に身につけた魔剣アインの魅力に、メロメロになってしまったらしい。


「へへへ、兄ちゃん! 高そうな剣持ってるじゃねえか!」

「そいつを寄越せよぉ! 寄越したら酷い目には合わせねえからよぉ!」

「そうだぜえ! 精々身ぐるみ剥ぐぐらいで勘弁してやらあ!」


「……やれやれ」


 僕は魔剣ディアボリバーの柄に手を掛ける。

 荒事は好まないが、この剣を奪おうと言うのならやむを得ない。

 僕は思いきり振りかぶり、間近の盗賊目がけて剣を振り下ろした。


 ……鞘ごと。


「へぐしっ!?」


 頭を強く打たれた盗賊は、そのまま悶絶して地面に倒れた。

 とはいえ、鞘はクッション性もあるし、面で打ってるから死ぬことはないだろう。


「ほえ?」


 上空で、アインがきょとんとしているのが見なくても分かった。

 視線を交わさずとも通じ合えるなんて、なんて以心伝心なんだろう。


「さあさあ、順番にかかってきてください。僕は逃げも隠れもしませんよ」


 ちなみに僕は、剣の腕には自信がある。


「ぐっ……てめえら、やっちまえ――――!!」


 それこそ、訓練された一部隊を相手に単騎で勝利できるくらいには。

 こんなどこの馬の骨とも知れない盗賊なんて、当然――――相手になるはずもない。


◆◆◆◆◆


 そして、五分後。


「……つ、つええ……」

「こ、殺さないでくれえ……」

「俺たちは……喧嘩を売る相手を間違えた……」


 総勢十八人の盗賊達は、僕の剣捌きによってあっさり戦闘不能になった。

 やれやれ、またつまらぬものを斬ってしまったな。


「斬ってないでしょ! 叩いてただけじゃん!」


 すると金髪を振り乱しながら降りてきたアインが、僕の心を読んで突っ込みを入れてきた。


「いいえ、僕は斬りましたよ。彼らの心にある……邪心という名の何かをね」

「ぜんっぜん上手いこと言えてないからね? ご主人様」


「ちっ、くしょぉ……やっぱり男を狙うのは失敗だったぜお頭ぁ……」

「次は……女子供にターゲットを絞って……襲うことにするか……」

「しかも邪心すら切れてないし! あいつら次はもっと弱い相手を狙うつもりだよ!?」


「あっはっは、いいではありませんか。僕や貴女だって、人に善意を説けるような殊勝な生き方はしていませんし」

「確かにそれはそうなんだけど……っていうか、殺しに躊躇ないんじゃなかったの!?」

「確かに、昔はそうでしたが……」


「でも、今は違います。『ロリがロリであることたいせつなものを守るためなら、僕は二度と、この手を血に染めたりしないって……あの日、洞窟でアインに出会った時、僕は不殺ころさずの誓いを立てたんです」


 運命の人との出会いが、僕を変えたという告白。

 聞く人が聞けば時めく言葉に違いないと思うのだけど、アインはただただげっそりするばかりだった。


「また変なこと誓ってる……そんな誓い、ドブにでも捨てちゃってよぉ~!!!」


 アインが僕の頭を両手で掴み、ぐわんぐわんと揺さぶった。


「はっはっは、駄目ですよアイン。そんなに激しく動いたら、あなたのちっぱいが僕の髪の毛に擦れて感じてしまうじゃないですか」


 心なしか、アインが揺さぶる手の勢いが弱まった気がした。


「……発想が気持ち悪い……私が感じるとか感じないとか、そんな話を今のこの私に持ち出すところが最低だよ……」

「はっはっは、アインのことではありませんよ。アインの触覚がどう働いているかは、流石に僕の関知するところではありませんから」


「は? じゃあ誰が感じるって……」

「――――この僕がです。あああ、ぷにぷにおはだが僕の頭皮とニアミスしている……!」


 髪の毛に彼女の慎ましやかな胸にくっついた小さなさくらんぼが触れるという、そのビジョンを想像しただけで僕は達しそうになる。。


 次の瞬間、アインの踵落としが僕の頭に振り下ろされた。

 そろそろ来そうな気がしていたので体勢を整えていた僕にとっては、この程度のダメージ、許容範囲だ。


「はっ!? キモッ!? ご主人様キモッ!? 髪の毛に性感帯通ってるとかマジで頭おかしいんじゃないの!?」

「まさか、髪の毛に神経なんて通っているわけないじゃあないですか。つまり雰囲気だけで最高……というわけですよ」


「やだー! もうそのねっとりした言い方の時点でもうやだ! ご主人様! この病人!」

「駄目ですよアイン。人の嗜好は人それぞれです。他人と自分の好みが違っても、尊重される人格を養わなければいけませんよ」

「ご主人様のロリコンは流石に病的なレベルだよぉ……」


 アインがまた少しずつ僕から距離を取っていく。

 困ったものだ。もう盗賊は粗方片付けたというのに、まだ彼らの反撃を恐れているらしい。

 彼女を怖がらせないためには、どうすればいいものか……


「そうだ! そんなに盗賊が怖いなら今から順番に首を絞めて回りましょうか!」

「なんで素手で絞めるの!? どうせやるなら剣でやってよ! そうじゃないならやらなくていいよ!?」


「剣でやったら、アインが成長してしまいます。それはまずいでしょう?」

「だーかーら……それをまずいと思ってるのはご主人様だけだって……」


 結局、盗賊達はそのまま放置していくことにした。

 若干アインとの距離が開いてしまったまま、僕達の旅は続いていく。

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