第5話 マッチャンの結婚式

エーちゃんと私は新幹線の中にいた。マッチャンの結婚式に招待されたのだった。

「エーちゃんと旅行するとは思わなんだね」

「マツは夢がかなって、天にも登る気持ちやろなぁー。8年間憧れの君やったんやから」

エーちゃんはマッチャンをマツと呼び、マッチャンはエーちゃんのことを兄貴と呼ぶ。私の知らないところで兄弟仁義の杯交わしたのではあるまいが・・。

 エーちゃんは離婚歴がある、「娘が一人いる、頭のええ子やったなー」とだけ喋った。私のように過去はあまり喋らない。私が「チョト過去を喋りすぎるかなぁ-」と云うと、「先生それは違う、過去をしゃべれる人は幸せな人だ。幸せな人の話しを聞くのは、俺は好きです。失恋した話を楽しそうにする人がある。失恋が楽しい筈がない。多分どん底の思いから昇華させて話せているからだと思う。いい恋いだったから語れるのです」

「エーちゃんの恋いは?」と聞いてみようと思ったが止めた。


 久しぶりに見る横浜は見事に変わっていた。私たちが泊ったホテル、横浜ベイシェラトンのあるとこらへんは、高いホテルが2棟、3棟と建ち、レンガ作りの倉庫街が洒落たレストラン街になっていた。東京でアパレルの営業をしていたとき、女房、子供抱え、人生の最も先が見えなかった時代、鎌倉からの営業の帰り、バイパス沿いにあるこの辺は運河と倉庫と暗いとこらへんだった。こんなに見事にベイエリアとして開発されようとは想像もつかなかった。横浜のベイエリアの成功はひとえに都心に近いことが上げられる。

 ホテルの泊った部屋からは三方が見渡せた。正面に富士山が綺麗に見えた。この、高級ホテルで挙式が行われるのであった。


 披露宴の会場に私たちはいた。無事、挙式が執り行え、いよいよ花嫁と花婿の入場ですと司会のアナウンスがあって、扉は開き、白のウェディングドレスの花嫁とタキシード姿に緊張した花婿の姿があった。ベールで隠れ気味であったが花嫁の顔ははっきりと見れた。私の目はまだ酔眼ではない。下まで見事に綺麗だったら、多分マッチャンは相手にされていないだろう。でもマチャンが8年間憧れ続けた程度には綺麗だった。それ程、目の綺麗な人だと言いたいだけである。マッチャン怒るな。


 入場の音楽が鳴った。皆んな、一瞬キョトン。そして笑いに変わった。鳴った曲は『六甲おろし』阪神タイガースの応援歌であったのである。斎藤美由紀さんは横浜に生まれの横浜育ちながら大の阪神フアンであったのだ。マッチャンは「大阪まで来てくれるだろうか?」と心配したが、花嫁のイエスと答えた一つに、「甲子園に近い」があったのである。花婿も、エーちゃんも、私もしこたま酔った。誰も叱る人はいない。


 かくて、美由紀さんとマッチャンは上新庄あたりで新世帯をもった。新婚マッチャンは、以前のように毎日はアニヨンにこれなくなり、一人で来るときは軽く飲んで早々に帰るようになった。その代わり、週に一度は外食と称して、遅がけにアベックでアニヨンに顔出しする。おかげで、私は美しい湖のような目に吸い込まれる幸せを味わえたのだ。美由紀さんはお酒もかなりいけて、私たちとの会話も合った。塾が終わって帰り道に彼らのマンションはあり、マンションといっても3階建ての1軒屋みたいな建て方で、入口玄関には白い木のアーチがあったりして、小さな庭のある可愛いマンションだった。


 エーちゃんが美由紀さんに「何回してる?」と訊いたのを、横の客と話し込んでいた私が聞き違えて「3階」と答えて、3人から変な目で見られたことがあった。塾からの帰り、連れだって帰る幸せな二人によく遭ったものです。

 美由紀さんが「ポスト受けを付けたの」と言いました。スチールの受けはあったのですが、庭先に「美由紀とマツ」と書いたポスト受けを大屋さんの許可を貰ってつけたと嬉しそうに云うのです。それで僕は第1号の郵便物になるようにハガキを出しました。2人はアニヨンに来てトッテモ喜んでくれました。


 エーちゃんはそのうち、居抜きの安い物件があったとかで、店を持った。オープンには行けなかったのだが、暫くして行くと、薬膳料理を出す店であった。前にあった店がスナックでカラオケのステージがあり、薬膳となんとなく合わない雰囲気だったが、内装にかけるお金がないと思えば納得。心配したのは立地、上新庄でも駅前の人通りから離れたところにぽつんとあり、幾ら料理にはうるさいと云っても、修行を積んだ玄人ではない。私は心配した。

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