朋友遠道而來,不好玩 ⑬

 残されていた黒社会マフィアの死体の数と、倒したグールの数から見て、残された敵はごくわずかと考えられた。


 普段からグールを配置しているなら、とっくに大挙して押し寄せてきている。

 狭い正面に大兵力を押し込み、数で相手を圧倒する。生身の軍隊なら愚策と言える戦術をとれるのが、グールの強みだ。

 敵組織の最優先目標は、秋津洲人とされるアノニマニシス関係者の脱出であるから、なおさらだ。時間さえ稼げればいい。

 なのに、それをしない。

 つまり、敵の兵力は底をついている。

 敵の首魁を拘束するにせよ、射殺するにせよ、まぎれもないチャンスだった。

 天井に吊るされた裸電球の明かりを頼りに、李を除いたは洞窟内を走る。


 ほどなくして、一行は大きなホールのような空間に出た。

 照明は天井に吊るされた、ごくわずかな裸電球だけ。

 暗がりの中、周囲に無数の棚が壁面に掘り込まれ、正面の壁には大きな祭壇。

 マユズミとセリザワ、ケイティは、何も言わずともビニールテープでヘルメットに無理やり括り付けたハンディカムで録画を開始している。

 大きく散開し、は警戒しながらホール中央へと足を進めると、果たしてお約束通りというかなんというか、男の声が大きく鳴り響いた。


「ようこそ地の果てへ。歓迎しますよ、皆様」


 祭壇に立つ男。

 安っぽいスーツ、七三分け、ありきたりなセルフレームの眼鏡に、劉に負けず劣らず胡散臭い笑み。


「キミが秋津洲の入江か。降伏し、投降しろ。グール生産施設の重要参考人として逮捕する」


 一歩踏み出した劉の言葉に、入江と呼ばれた眼鏡の男は笑みを大きくした。

 慇懃な態度で頭を下げる。


「劉大佐。いえ、黒龍公太子子超殿下。お呼びいただければ馳せ参じましたものを」

「この施設を徹底的に破壊し、得られたデータを君たちの本元に送ってからね……もう一人いるはずだ。彼はどうした?」


 入江は劉の嫌味を聞き流し、笑みを張り付かせたまま勝手に話を続ける。


「ここは古代マニ教──現代に伝わる腑抜けたマニ教ではない、本来のそれが伝わった最果てです。あまりに古くて、彼らがここで成したであろう儀式にまつわる魔力の残滓は、胡散霧消していますがね。もっとも、儀式と魔力の一部は流出し、あなた方のグール統制技術──キョンシーへと変化したようですが」

「興味深い話だ──続きは取調室で聞くとしよう」


 劉はぱち、と指を鳴らし、入江は声を一段大きくした。

 

「失われた古代マニ教の教義を、より正しい形で現代に復活させるカギを、この最果ての地で我々は得た! ……素敵な因縁だとは思いませんか?」


 劉は何か反駁しようとし、スミスに肩を突かれた。

 目くばせを交わす。


「なぁ、あんた。それに魔術か何かで姿を隠してるもう一人。面倒な話はやめにして、降伏して投降してくんないかな──俺はここから出たいんだよ。かび臭い」

「あなたは、確か──」


 余裕綽々でスミスのことに触れようとした入江を、スミスは退屈そうに遮った。


「俺のことはどうでもいいんだよな。いちいち指摘されることでもなんでもない。わかってんならさっさと投降してくれ。部隊に戻って訓練したいし、ビデオの撮り溜めや、海洋生物学会誌にも目を通したいし、とにかくやりたいこといっぱいあんだよ」

「そういうわけには──」

「ああ、ああ、もういい、しゃべんなメガネ。どうせ肝心要のことは話さないくせに、格好つけたいだけなんだろ? 鼻毛思いっきり出てんだよ、間抜け」


 入江がはっとして口元というか、鼻に手を伸ばす。


「嘘に決まってんだろ、ぶぁーーーーーーーーーーーか」


 スミスの笑いを含んだ声に、ぶふっと吹きだす声がした。

 、ジャクスンだった。

 

「ス、スパイディ、やめろよ、人が悪い」


 妙に声が軽い、の割には低音成分が太い。

 まるで太いプラスチックの排水パイプを口に当ててしゃべっているようだ。


「お前も嫌いだろ、こういう慇懃無礼を型に入れてプレスして、嫌味でメッキしたような奴。俺はよ、こういうやつの長話は、話の腰折ってコケにしてやんねぇと気がすまねぇんだよな」

「あーね。ロレンツォ大尉も来りゃよかったんだ。したらずっと面白くなったのに」

「間違いねーな。あいつの嫌味が一番面白い」


 沖縄の辺野古基地で、ロレンツォは派手にくしゃみをして、サインしたばかりの書類を台無しにしてしまった。


「でな、一つ分かったことがあるぜ。例の謎の男にデータ渡して逃がしたかと思ったが、そうじゃないな。それなら俺に話を遮られたってコケにされたって、あんたは平気の平左だ。だが俺にコケにされて、あんたはちょっとカチンと来てる。ってことはだ。あんたは俺たちにあんたの御高説を聞かせて悦に入ったうえで、ハメようとしてたわけだ。最低でもジャクスンを殺すかなんかしてな。そうじゃないとデータの詰まったノーパソをどこだかに持ち帰ることができないからだ。ハッ! 無理無理! お前みたいなに、何ができるってんだ」


 スミスは相手を心底バカにした態度で肩をすくめた。

 やれるものならやってみろ、そういう挑発だった。


「──ええ、ええ。わかりました。ならばお望みどおりに!」


 こめかみに青筋を立てた入江が叫ぶと同時に、祭壇の向かって左側、暗くなった壁際から鋭く強い魔力が燐光を放ち、ジャクスンが風船のように破裂し──海兵たちの輪形陣の外、ホールの入り口から鈍く低い銃声が鳴り響いた。



 ホールの入り口、狭い通路、肉眼では見通せない闇の中に、ジャクスンとファースタンバーグは身を寄せ合うように伏せていた。

 ジャクスンの左手は分岐し、周囲の色と同じ色合いの肉が、細く長く前方に向かって伸びていて、それがジャクスン本体に引き込まれようとしている。

 魔力を受けてはじけ飛んだジャクスンだったものは、いつかのホテルでの襲撃を退けた一手、身代わりデコイの分身だ。中身はほとんど空気だった。

 ジャクスンはあの謎の男に感じた気配が、アフガニスタンで自分を殺しかけた哀れな敵、神代兵装・七星剣を埋め込まれたラシード・イブン・ナザルに酷似したものを感じ取り、即座にこの戦術で対抗することを思いついていたのだ。


「ヒット。強力な認識阻害だ。姿ははっきり見えんが、右肩には当てたぞ」

「チッ。的当てばかりで勘が鈍ったな。もう一発!」


 射距離八〇メートル。燐光をまとう魔力を撃ったものは、ジャクスンの言う通り認識を阻害され、揺らめくもやのようにしか見えない。

 ファースタンバーグは冷静な声で低く毒づき、ひどく手の込んだ押収ライフルを操作した。


 分厚いステンレスの鋼材から削り出された銃身、競技銃並の精度で作り直された撃発機構トリガーシステム、高温と高湿度で腐らないように木製から置き換えられた高密度グラスファイバー製の銃床、銃身に触れないように取り付けられた銃身覆いハンドガード、秋津洲製可変ズームスコープに、合衆国製の高精度二脚バイポッド、長大な銃口減音器マズルサプレッサー、着脱式弾倉、そして磨き上げられた遊底ボルト

 その銃の原型は、一目ではもうわからない。オリジナルの部分はもう何も無い。

 モシン・ナガンM1891/30。帝政ロシアが1891年に制式採用し、のちにソヴィエト・ロシアが1930年に改良した、ボルトアクション手動連発ライフル。

 そのすべてが見直され、手直しされ、高精度に作り直されていた。


 銃声。

 減音器で抑制されたそれは、大きくはない。それでも発砲炎はわずかながらに銃口から漏れ、ほんのりと二人の姿を浮かび上がらせた。

 ほぼ同時に着弾。祭壇の向かって左脇、もやの塊から今度ははっきりと、血しぶきが見えた。


「ようし! 行け行け行け!」


 ジャクスンは叫びながら立ち上がり、ホールの左側壁面に沿って走りながら、G3をもやに向かって連射する。

 ファースタンバーグもだ。少し距離を開けて、フルカスタムモシン・ナガンを連射しながら走っていく。

 厳しい訓練で鍛え上げられた二人の射撃術は、その程度ではこゆるぎもしない。

 銃弾が次々にもやに吸い込まれていく。

 横合いからケイティが、ピンを抜いた破片手榴弾をもやに向かって。まるでレーザービーム。

 手榴弾はもやに吸い込まれ、血肉をまき散らして爆発した。


 劉がバチンと指を鳴らせば、もやにかかっていた認識阻害の呪術は破れた。

 晴れたもやの中から現れたのは、ぼろきれの中でぴくぴくと蠢く肉片だった。

 人の形などありはしない。


「フン。……カタはついたぜ、入江とやら」


 スミスが鼻で笑いながら入江を見上げる。

 対する入江の表情は、すさまじい憤怒に溢れていた。

 だが、入江が怒りを抑えつつ肩で呼吸をするのも、ほんの三~四呼吸ほどのこと。

 じきに彼は元の余裕の半分ほどは取り戻し、大声で笑いだした。


「あはっ! あはっ! あーっはっはっは! いや、いや、いけませんね。私もまだまだ人生の修行が足りませんね! これしきの事で怒り狂いそうになるなどと!」


 それから長くため息をこぼし、スミスたちに向き直る。


「……我々の残りの戦力が、彼だけだと?」


 眼鏡の奥の切れ長の目が、ギラリと光った。


「!」

「ハァアア!」

「ぐっ!?」


 スミスたちが何か反応する間もなく、入江はホウプネフの背後に立つ。

 彼は首に腕を回し、拳銃をホウプネフのこめかみに突きつけた。


「全員動くな!!」

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