ウォー・アンダーグラウンド③
爆発の衝撃からいち早く立ち直ったのは、俺とグリンベレーの二人。
アイシャも含めて全員ケガもなく無事。
俺たちから離れてたレイザーとグリンベレーの残り二人も、もちろん無傷。
「アイシャ、アイシャ。二等軍曹」
「……っは! 大丈夫、あたしは大丈夫!」
ぼんやり寝転がっていたアイシャの肩を揺すると、彼女は我に戻った。
あたりは硝煙と土煙の臭いが充満していた。
それと僅かな腐臭。
グリンベレーの二人はすでに体制を整え、通りの前後を警戒していた。
そのうちの一人、フレオス曹長が俺たちを振り返って怒鳴る。
「よう
「おかげさんで! 大隊本部へ連絡しますか!?」
怒鳴り返した俺のヘルメットから、ぱらぱらと砂ぼこりやCDのかけらが落ちる。
「もうした!
「いや、俺が先頭に立ちます。アシュラフを訪ねてきたのがアノニのグール化戦闘員なら、アシュラフもグールになってる可能性があります。俺たちスライムはグールになることだけはないですし、俺はアシュラフの店には何度も来てます」
フレオス曹長は一瞬だけ考え込み、「そうしよう!」と叫ぶ。
そうこうするうちにレイザーの運転するハンヴィーと、グリンベレーのそれがわずかな距離を猛スピードで突っ切ってきた。
周りではさっき話してたあんちゃんたちが伏せたままだ。
「二等軍曹、グリンベレーとレイザーとでこの通りを封鎖してください。そこのあんちゃんたちも保護して。血肉を浴びてるやつがいたら、擦り傷や目や口に入らないように洗ってやってください。いいですか?」
ズゴーッ、とオフロードタイヤ特有の濁音が多いスキール音を響かせてハンヴィー二台が急停車。レイザーとグリンベレーの残り二人が降りてくる。
俺はM4A1カービンの弾倉を一度抜いて残弾を確認し、それを再度叩きこむ。
「わかった。レイザーは連れてかないの?」
「スラム・インドアです。あいつの獲物にはいささか狭すぎる。それに、あいつの耳と腕があれば壁抜きだってできますよ」
カービンを後ろに回し、M40A1を両手で抱えて駆け寄ってきたレイザー。
その目に浮かぶのは何だ。安堵か、憂色か。
なぜか何もかもが面倒くさくなった俺は、衝動的にレイザーを抱き寄せ、ぐっと力強く口づけした。
ほんの0.3秒ほどで彼女を手放す。なんて顔してやがる。ハトが豆鉄砲喰らったようなツラしやがって。
爆発からもうすでに一分が経とうとしている。
「俺は上に行ってくる。エリザベート、お前が頼りだ。みんなを守れ。いいな?」
「う、うん」
「このビルのコンクリは薄い。いざとなったら壁抜き頼むぞ」
目をのぞきこむと、レイザーの目から険しさが消えていた。
愛しの相棒のほっぺたをぺちぺちと優しく叩いて、俺はポジションについた曹長と軍曹を振り返る。
「行きましょう」
築四〇年のおんぼろビル、その右側にある戸口の突入ポジションについた俺に、周りから銃弾じゃなく鋭いやっかみが二、三発すっ飛んできた。
◇
ビル戸外から直接二階へと上がる狭い階段には埃が舞い、光が散乱し、可視光だけでは著しく視界が悪い。
俺は二本脚のそれを摸して作られた顔面二つの目ん玉、それの受光モードを複合波長モードへと切り替える。右目は遠赤外線から緑色まで、左目は緑色から紫外線までを見ることができる。
赤外線も紫外線も可視光も、光波系トラップセンサは張られていないようだった。
続けて左手の先に、ガンマイクと泡を作る。手首を伸ばして戸口へ差し入れ、泡を弾けさせた。ガンマイクで受信できた音像は、階段にワイヤーが張られていないことを伝えてきた。
「階段中ほどの壁には背を付けないでください。アシュラフはそこに感圧センサと散弾地雷を仕掛けてます」
俺が警告すると、ギリシャ系とオークのおっさん二人は眉をひょいと上げて妙な顔をする。
「行きます。コールを」
「OK、ボーイ。1、2、3」
背後に控えるフレオス曹長に背中を叩かれたその瞬間、俺は弾かれたように戸口へ踏み込んだ。
待ち伏せ、トラップ、鋭利な破片。
それらを警戒しながら可能な限り素早く階段を上る。俺は正面三〇度、後ろの二人は左側面と後方の警戒が担当だ。
階段最上部から頭を出さず、左手の親指の先に作った超広角レンズの目玉だけを突きださせる。
階段の周囲に脅威はない。廊下の向こうに、ドアが吹き飛ばされた入り口と、固く閉ざされたドアが見える。
廊下の幅は一メートル。天井高さは二メートル半。建物の奥行きは一〇メートルほど、幅は六メートル。一フロアの部屋数は二部屋。アシュラフは二階を一フロア丸ごと借りていて、道路に面した側を店舗、奥の部屋を住居兼倉庫として使っていた。
ハンドサインを後ろへ出す。指三本。拍子を付けて一本ずつ折りたたむ。
すべて折りたたんだところでカービンを構え直し、廊下へ、そして爆発現場のアシュラフの故買店へと踏み込む。
入り口入ってすぐがレジスペース。レジカウンターは骨組みを残してすっかり無くなっていた。レジの後ろの作業棚もだ。強い硝煙の匂い。
四メートル四方の店内、店舗スペースに置いてあったラジカセやテレビ、ニンテンドーのパチモンはすっかり砕け散り、壁際に並べられていた中古の秋津洲製冷蔵庫には無数の小さな穴が穿たれ、海賊版や盗品のCDやDVDが床中に散らばっている。
そのぐちゃぐちゃの床の上に、どす黒く腐臭を放つ細かな肉塊と血痕。
血痕はレジカウンターの前から続いていた。
「……アシュラフの野郎、なんてもんを仕込んでやがったんだ」
俺は舌打ちしながら、店内を道路に面した窓に向かって慎重に進む。
冷蔵庫や壁面に穿たれた無数の穴は、ヤツがレジカウンターにM18A1クレイモア散弾地雷を仕掛けていたことを示している。
南向きの窓から差し込む陽光が床に散らばるガラクタに乱反射し、赤外線と紫外線視界が役に立たない。
「おかしいぞ、ピンキー・ボーイ」
アンダーソン軍曹が後ろで声を上げた。
「店主の死体がない。どこにも」
「天井、のわけはないですね」
見上げれば天井の化粧板は、全部吹き飛ぶか黒焦げになっている。
あんな薄っぺらい石膏ボードに成人男性が乗れるか?
来客から突入までのわずか数分で?
「レジスペース後ろの棚に隠し扉が、」
あるかも、と言おうとして、窓の外から飛び込んできた金切声に遮られる。
「なんだ!?」
とフレオス曹長がカービンにつけた四倍スコープをのぞきこむ。
俺はもともとACOGを覗きこんでいた目の倍率を上げた。
通りの向こうの二階建ての家、その二階の窓ガラスが割れていた。
屋内には男女と思しき影が二つ。左目の視界を六倍望遠と遠中赤外線、つまり
大きなほうの熱源はゆらゆらと揺れながら、小さなほうの熱源へ近づこうとしている。大きなほうの熱源はどんどん冷えていくようだ。
「男が女を襲おうとしている。男の肩口に何か骨のようなものが刺さってるぞ」
いったい、一日に何度青ざめればいいのか!
フレオス曹長の言葉に「援護頼んます!」と返し、窓へと走る。窓枠から向かいの窓まで六メートル。
窓の外、通りの向こう側には電信柱と電力線。
窓枠に足をかけ、宙へ飛び出すと同時に左腕を電力線にむけてびゅんと伸ばす。
キャッチ成功。
「レイザー! アイシャ! 来てくれ!」
地上へ叫びながら俺は弧を描いて飛び、悲鳴の上がった窓へと飛び込んだ。
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