第2話 もえあがるほのお

 ~ぜんかいまでのおはなし~

 アライさんとフェネックたちに出会ったキュルルたちは、彼女たちと別れる直前に「絵」をプレゼントした。

 それから少し時間がたち・・・








 ―――今日も、いつもと変わらない日が続く。

 不思議な帽子の子たちと会ってから、私達はこの建物の中に暮らしていた。

 ここには珍しいものがいっぱいあるし、何より涼しいので下手に外に出るよりずっといい。

 まぁ、アライさんがここを気に入ってる…というのがあるんだけども。

 外でタイヤを遊び相手にするアライさんを私は窓から眺めていた。アライさんの笑い声が

 開けた窓を通して聞こえてくる。私は机に頬をつきながらペンを走らせていた。

 ふと、机と私に挟まれた紙を見た。紙の上には、私とは似ても似つかない謎の物体が描かれている。

 わたしは体を起こして紙を丸め、そばにあったかごに失敗作を投げ入れてくるりと椅子を回し後ろを向いた。

 大きなベッドと平べったい机。緑色の四角い板に沢山の張り紙、そしてあの子――キュルルが描いた絵が飾られていた。

 何度描いても、あの子のように描くことができない。大きなタイヤを持って誇らしげにするアライさんと隣でそれを見ながら笑みを浮かべる私…あの子が私達にプレゼントしてくれた絵だ。

 アライさんはこれをとても気に入っているのか、ああして壁に飾っている。

 わたしはそれから絵を描くようになった。なんでって…わからない、やきもちを焼いてるのかなぁ…なんて。絵を見ていると彼女たちのことが頭に浮かんだ。

 明るい茶髪のすこしツンツンした子と…帽子をかぶったあの子、…そしてサーバル。

 サーバル。たしかかばんさんについていったっきり、どうしていたかもわからなかった。

 そして、こないだあったときには…。いや、別の子なのかもしれない。だけど、何か…何かとしか言えないんだけれど…

「フェネック!フェネック!一緒に遊ぶのだ!」

 窓から大きな声が聞こえた。

 アライさんが呼んでいる、私は椅子から立ち上がって下へ降りていった。







 気がつくと、空はすっかりきれいなオレンジ色に染まっていた。

 遊び疲れたアライさんがタイヤの穴に座ってタイヤを背もたれにして休んでいる。

「きょうもいっぱい遊んだのだ!…でも、このけんけんぱー?ってやつは難しかったのだ!」

「うんうん、2階からもアライさんの声がよく聞こえたよー。」

「ふふー…ところで、建物の中で何をしてたのだ?」

「…ひみつさー。ささ、今日はもう休もうかー。」

 質問をはぐらかす。アライさんはきょとんと不思議そうな顔になるもうん、と頷いてくれた。

 いつもと変わらないジャパリまん。いつもうまそうに食べるアライさん。…スリリングな体験もいいけれど、こういういつもと変わらない日々がいいよねぇ、なんて考えているとアライさんがこちらをみて、指の腹を私の頬にこすりつけた。

「あんこがついてたのだ!」

 ……ふふふ。

 夕ごはんをたべた私はベッドの上に寝っ転がっていた。アライさんはそばでお気に入りのお宝を布で磨いている。

 ふと、窓の方に視線を向けた。真っ暗な空に、黄色い大きな月が浮かんでいる。

 食いしん坊なフレンズが見たらジャパリまんと錯覚してしまいそうなくらいの、大きな月だった。

 黄色いジャパリまん、いや月を眺めていたら、またサーバルのことが頭の中に浮かんだ。

 …かばん”さん”とは何だったのだろう?

 ほんとうにあの子は私の知るあの子だろうか?


 黒い黒い空に飲まれるように答えの出そうにない問答が続いた。

「ふわぁ~…」

 堂々巡りする思考を、アライさんのあくびが割いていった。

「ふああ…もう眠くなっちゃったのだ…」

 すっかりとアライさんは昼行性のけものになったようだ。

「アライさぁーん、もう寝ちゃおうよー。」

「んう~…わかったのだ…」

 のしのしと、重たいまぶたが落ちるのを耐えながら、私の寝床に歩いていく。私は隣にアライさんのスペースを開けてあげた。すると、アライさんはその空いたスペースに寝っ転がり、瞬く間に寝息を立ててしまった。

 等間隔に寝息が聴こえる、その安らかな寝息に眠気を誘われる。まるでアライさんのあの可愛いおててで、目を覆われるように。視界がゆっくりと狭くなっていく。…うん、私も寝よう。おやすみ、アライさん。













 私は砂浜を歩いていた。

 もちろんアライさんの後ろをいつものように。

 地平線に落ちていく大きな夕日が私達を照らしている。

 足元に波が来て、ひいて、また私達の足を濡らしていく。

 しばらく歩いていると、アライさんは波打ち際からすこし離れ、砂浜に腰を下ろし砂をかき集めた。

 潮水にぬれた砂で山を作っては、手で形を大きく削り、押さえて…小さな可愛らしいお家を作るのを私はそばでずっと見ていた。

 砂のお家のお庭に、アライさんが指で自分を見立てて歩いている。

 私も人差し指と中指をつかってそばに立たせた。

 そばを歩くように這わせ、時々ぶつかり合い、そして指を絡め合う。

 穏やかな時間が流れていく。私の心のそこに、暖かくて気持ちいいものが満たされていく。

 あぁ、ずっとこのままでいたい。
























「フェネック!フェネック!!」

 アライさんの声が私を現実へ引き戻す。

 ぼやける視界であたりを見回す、全然暗いじゃあないか。一体全体どうしたというのだ。

「フェネック!早く起きてなのだ!」

 どうも様子がおかしい。用をたすのに怖いから起こした、というふうではなさそうだ。

 ゆっくりと視界が鮮明になっていく。

 鮮明になった私の目に写ったものは、とてつもない光景だった。


 真っ黒でドロドロした液体が部屋のあちこちから吹き出していく。液体は周りのものを覆っていき、ぶく、ぶくとあぶくを立たせる。

 やがてその大きなあぶくは白くにごり、真ん中に黒い瞳がぽっかりと浮かぶ。

 …セルリアンだ。


「あ、アライさん…これは一体…」

「わ、わかんないのだ!物音に起きたらもう既に…」

 アライさんはオロオロと困惑している、セルリアンの目がこちらを完全に捉えた。私はそばに立てかけてあった棒を構え、セルリアンを突く。

 するとセルリアンは粉々に砕け散った。生まれたばかりなんでまだ固くなかったようだ。

 だが、今度はついた棒に黒い塊がうずうずとわき始めている。

 わたしは棒を投げ捨てた。ここから出なくては。


「アライさん、逃げよっかー。」

 私はアライさんに視線でドアに向かうように示した。

「わ、わかったのだ。で、でも…少し待っててほしいのだ…」

 そういうとアライさんは急ぐ手付きで自分のお宝をそばにかけたあった空っぽのバッグに詰め込みながら壁に掛かった絵を取ろうとする。

 私はアライさんの背後に立ち、湧き上がる黒い泉を睨み続けた。

 物が多かったせいか、黒い液体のあちこちに大小様々な目玉が浮かび、私達を見つめている。

 その異様な光景に私はつばを飲み込んだ。

「こ、これをとったらダッシュで逃げるのだ、はぁ、はぁ…わああっ!!?」

 アライさんが絵を取ろうとした瞬間、黒い液体がそれを奪おうとするかのように液体を飛ばす。

 間一髪、アライさんと絵はセルリアンから逃れたが緑の壁紙飲み込まれた。

 どんどん追い詰められている、もうここを出なくては。

「アライさん!早く!早く!」

 アライさんにそう叫ぶと慌ててバッグを肩にかけ、乱暴に扉を開く。扉の先は白い壁が見えた。アライさんが慌てて部屋を飛び出す。

 私も、急いで部屋から出て、扉を閉めようとドアノブに手をかける。部屋の中はもうすでに真っ黒に染まっていた。


 ―――瞬間、何かが空を切る音が聞こえる。と、同時に私の手に激痛が走った。

「うっ…」

 扉から手を離そうとする。が、手を離すことができない。手を見ると棒状のセルリアンがドアごと私の手を貫いていた。

 激痛に叫びそうな自分を抑え、私は扉を閉めた。

 とりあえず扉は閉めた、だがセルリアンが私に食らいついていてドアノブから離れることができない。

 引っ張れば…だけど…そうしたら…

 一刻を争う自体なのに、私は迷っていた。

 すると、アライさんが雄叫びを上げながら爪を振るい、セルリアンを切り裂く。

「フェネック!大丈夫なのか!」

「あ、あぁ、アライさんありがとー。」

「お礼は後でいいのだ!走るのだ!」

 ドアの下の隙間からセルリアンのあの目が見つめている。

 私達が慌てて逃げ出す背後でドアが砕ける大きな音がなった。



 もう振り返っている時間はない、私達は転がるように逃げ出す。

 階段を降りる足を心の中で急かし、しびれを切らして8段ぐらいから下へ飛び降りる。

 着地した足が痛むがそんなにかまっている時間は無い。もう階段の手すりが私を見つめているのだ。

 頭の中が真っ白になりながら走り続けた、さもなければ体も心も真っ黒に染められる。

 鍵がかかっていた扉を足で蹴飛ばして無理やり開ける。

 後ろで何かが潰れたり崩れたり弾けたりする音にかまっている時間も、振り返る度胸も、私達には無かった。

 とにかく逃げ出さなくては、それだけだった。


















 もうここまで逃げれば大丈夫だろう、荒野のど真ん中で一度振り返った。

 私達がさっきまでいたあの建物は、うごめく黒い何かと、大きな炎に包まれていた。あぁ、危ないところだった。

 安心感から緊張が解け、疲労がドッと出てくる、アライさんともども私達は座り込んでしまった。

「はぁ、はぁ…はぁっ…ふうっ…あ、危ないところだったのだぁ…」

 アライさんの荒い息遣いが聞こえる。無理もない、こんなに長い距離を走ることなんてないのだし。

「そ、そういえばフェネック…おてての傷は…大丈夫なのか?」

 …そういえば、と思い出すとズキッと痛みだした。

 怪我した右の手のひらを見てみると小さい穴が空いていて、そこからきらきらした何かが漏れている。

 向こうまで見えてしまいそうだ。それをみたアライさんがバッグの中を漁り、何かを探し始めた。

 しばらくバッグの中を漁り続け、小さな箱…絆創膏を出した…が。

 傷を覆うには小さすぎる。

「うぅむ…これじゃ小さすぎるのだ。でも、早くなにかしないと…ばいきんがはいっちゃうのだ…」

 アライさんはまたバッグの中を漁り始めた。…アライさんの胸元に、黒いリボンがある。

 あれを使えば、傷を覆えるかも・・・。

「ねぇ、アライさん。その胸元のリボンさ…ちょっとそれ貸してくれない?」

 アライさんの胸元のリボンを指差す。

「こ、これを?かまわないのだ!」

 というと、アライさんはリボンを解いて私に貸してくれた。

 受け取ったわたしはそれを手の甲を覆うようにグルッと巻いて、片結びできつく締めた。

 とりあえず応急処置はこれでいいだろう。あとはボスにどうにかしてもらえばいい。

「ありがとー、アライさん。…そういえば、何を持ってきたの?」

「ええっと…さっきの絆創膏だろ?お水を入れる筒に…丸くて針が入った箱もあるのだ!」

 水筒とコンパスを見せてくれた。他にもいろいろ持ってきているようだ。

「あっ、そうだフェネック…よかったら少し飲んでいいのだ!」

 私に水筒をくれた。私は、軽く感謝を述べて水筒を開ける。半分ぐらい入っているようだ。

 コップ代わりの蓋に中の液体を注ぎ、口へ運ぶ。…疲れた体を冷たい水が癒やしてくれる。

 アライさんの分をコップに注ぎ、アライさんに渡す。

 …ふぅ。まだ、朝には遠いようだ。空を見上げると、きれいな星と、深くて暗い青い空が私達を見つめていた。


「それで…これからどうしようかー。」

 なんとなくアライさんに尋ねる。

「そうだなー…新しい住処を見つけなくっちゃあいけないのだ。」

 アライさんが答える。

「そうだねー、…アライさんはどこかここがいいなーってあったりするの?」

「ふぅむ…アライさんはどこでも寝たりできるからな…」


 私は少し考えた…海のそばなら、安全だろうか?

「そうだねー、海のそばが良いんじゃない?」

「海か!海ならきっと安全なのだ!」

「だろー?それに海はきれいだしさー。」

 と、リラックスして話していると少しまぶたが重くなってきた。

「…とりあえず、住処を探すのはあとにして、今は休もうかー。」

「うむ…安心したら眠くなってきちゃったのだ…。」

 アライさんもだいぶおねむのようだ。ふと、バッグの中に入っている絵が気になった。

 私は絵をなんとなく手に取り、絵を広げた。…なぜか手に取りたくなった、なんでだろう。

 それにしても、この絵はこんなに黒い色を使ってただろうか。

 …………


 突然、絵の黒いところ…だろうか?そこがいきなり沸騰するかのようにあぶくが立ち始めた。

 私は驚いて絵を落としてしまった、それを皮切りにぶくぶくと大きく、さらに大きく膨張していく。

 寝ようとしていたアライさんもその異様な光景に驚いて、座ったまま後ずさりをした。

 普通、セルリアンが何かを真似て自分の体を作るとき、その取り込んだものそっくりに形を変える。

 だが、これは一体何だ?

 紙を取り込んだにしては大きく、分厚くなり…じわじわと2本足を型取り、しっぽを模倣していく。

 …セルリアンは、アライさんそっくりの形になった。ぎょろっと顔いっぱいの大きな瞳が私を見つめる。

 その大きな目に圧倒されて私は声を上げることすらできなかった。

「やい!あらいさんのにせものめ!こっちを向くのだ!」

 アライさんの怒号がセルリアンの注意を引く。私はどうにか立ち上がり、アライさんのそばへ動こうとする。

 が、黒い手が私の行く手を阻んだ。私そっくりのセルリアンが、私の目の前に立っている。

 いつの間に…と考える暇もなく、私に鋭い爪が振り下ろされた。



 余裕で後ろへ躱す、セルリアンの爪は空を斬り、胸元で腕を止めた。さらにもう一方の手で爪を振るう。

 これも躱すのはわけない。だけど、セルリアンのこの攻撃には違和感を感じていた。

 どうして胸の前で腕を止めるのだろう?

 2度めの攻撃も空を斬り、胸元でクロスさせるかのように構えながら私のもとへ飛びかかる。

 …そうか、これは……私はとっさに左へ飛び込んだ。

 セルリアンの爪が私のしっぽを掠め、背後に会った岩をメタメタに切り裂いた。

 まさか、セルリアンがわたしの技を使ってくるなんて。

 受け身を取りながら、アライさんのそばへ駆け寄り背中合わせでお互いのセルリアンを睨んだ。

「ねぇ、アライさん…今の見た?」

「あぁ、もちろんなのだ。…こいつらアライさんたちを真似してるのか?」

 アライさんの見つめる先には手をワシャワシャ洗う仕草をするセルリアンがいた。

 そのへんのセルリアンとはわけが違いそうだ。…逃げたほうがいいだろうか?

「逃げる?下手に相手したらヤバそうな感じするよー。」

「いいや!ここで逃げても誰かが襲われたらだめなのだ!ガンガン戦うのだ!」

 …アライさんはやる気満々らしい、私は覚悟を決めて、深呼吸して心の中の野生を輝かせた。





 体の中がじわじわと暖められているかのように、さらに体を持ち上げられたように軽く感じる。いつやってもこの「野生解放」は慣れない。

 と、そんなことをぼんやり考えている暇はない、私は駆け出して飛び上がりセルリアンへ飛び蹴りを繰り出した。が、左へヒラリとかわされてしまう。

 だが、これでいいのだ。いつまでもアライさんのそばにいては戦いにくい、ちょうどセルリアンもこちらへ間合いを詰めてきてくれて好都合だ。

 こちらへ駆け寄るセルリアンに、手を軸にして立ち上がりながらの足払いをかける。セルリアンのスネに足が命中した。

 セルリアンはバランスを失い大きくすっ転んだ。背後でアライさんがセルリアンの頭を脇に挟んで締め付けているのが見えた。

 さて、セルリアンを踏みつけてやっつけてしまおう。私は手についた砂を払いながらセルリアンのそばへ歩いていった。

 すると突然、足元にきゅっと何かを巻かれた。足元を見ると、セルリアンの伸びたしっぽが巻かれている。

 …ずるいぞ。しっぽを振り払うよりも前に、私の体は宙を舞った。ムチのように振るわれ、地面に叩きつけられる。

 何度も叩きつけられたあと、空中で放り投げられてしまった。


 背中から地面へ落ち、強い衝撃が私の体と体の中を襲う。

 あまりの痛みに、声ではなく息が漏れた。

 砂埃のなかから、私そっくりのシルエットが見える。

 一瞬で状況が逆転しまった。それと、立ち上がろうにも苦しくて痛くて立ち上がることすらできない。

 今にも「野生の光」が消えそうだった。












 絶体絶命の危機に、何かがすっ飛んできた。すっ飛んできた何かはセルリアンを巻き込み地面へ衝突した。私は吹っ飛んできた何かを目で追った。

 アライさんだ、アライさんがふっとばされてこっちへ来たのだ。反対側をみるとセルリアンが手をクイクイと招くように動かして挑発している。

 地面に手を付けて、足で勢いをつけて立ち上がるアライさん。

 牙をむきながら、小さく、だけど威圧的に吠えながらアライさんがセルリアンのもとへ向かっていく。下敷きにしたセルリアンには目もくれずに。

 …アライさんにまた助けてもらっちゃった。

 ゆっくりと、傷ついた体を励ましながら立ち上がる。

 目にもう一度炎を輝かせ、遠くでよろめくもうひとりの私を睨みつけた。

 間合いを詰めながら両腕を構える、セルリアンも同じように手を構えた。

 …お互い睨み合いながら隙を伺う。風の音が聞こえる。

 まるで嵐の前のような静寂が私達を包む。最初の一風を私の爪が吹かせた。

 赤い軌跡を描きながら、セルリアンの腕へ伸びていく。

 左腕へ命中し、深い傷を与える。セルリアンの腕は、ガクガクと震え、だらりと腕を垂らした。

 私は爪についた黒い液体を降るって払いながら、間髪入れずにセルリアンに追い打ちをかける。

 ガードができなくなった胸元に一発、更に二発、今度は爪で、もう一度拳さらに二発。攻撃を受けてのけぞりガードを解いたセルリアンに膝を、爪を、拳を。さらにさらにセルリアンへ拳を叩き込み続ける。

 ダメ押しの一撃をセルリアンへプレゼントした。セルリアンはよほど嬉しかったのか、後ろへ大きくのけぞっていく。

 トドメの蹴りを入れようとそばへ寄った瞬間、黒い腕が私の体の腹部へ向かって下から振り上げられた。

 とっさに腕を掴んで受け止めた、いや、受け止めてしまった。



 掴んだ手をセルリアンの黒い肉体がうずうずと飲み込んでいく。

 手が食べられている、私の背筋に恐ろしい寒気が走った。

 手を引き離そうとすると、さらにすごい速さで手を飲み込んでいる。いや、もう既に腕を飲み込まれつつある。

 このままでは私の全身が飲まれてしまう…。だけど……私は掴んでいる腕を握りしめた。

 みし、みしと腕を折るつもりで握りつぶしていく。セルリアンが悲鳴を上げ、もがいて自分から離れようとする、が私の手がそれを許さない。

 更に爪を出して、腕を挟み続ける。

 逃がすものか。

 ブチッ、とセルリアンの腕が音を立てて千切れた。セルリアンは大声をあげて私の手の拘束を解いた。私はちぎった腕を武器のように握り、セルリアンの頭部へ振りかざした。

 腕はセルリアンの頭へ命中し…そして……………パッカーンと粉々に飛び散っていった!

 あたり一面にキラキラと虹色の結晶がダイヤモンドダストのように散らばっている。私は深くため息をついた。


「ふぇ、フェネックーーーーーーッ!!」

 後ろから私を呼ぶ声が聞こえる、振り返ってみるとアライさんはセルリアンと向き合って手を掴んで押し合っている。

「た、助けてほしいのだーーっ!もうアライさんのうでがパンパンなのだーーーっ!」

 …私はすこしため息を付いて、そばによってセルリアンの頭部へチョップを振りかざす。はい、パッカーン。

「はい、助けに来たよーアライさーん。」

「わああああん!ふぇねっぐぅー!もうだめだとおもったのだー!命の恩人なのだー!」

 アライさんは私に抱きつきながらわんわん喚いている、ふふふ。

「あぁ、でもよかったよー。怪我はなさそうじゃないかー。」

「あっ…ふぇ、フェネックは…大丈夫なのか…。」

 アライさんの背中を擦る手を止めて、手のひらを見た。手袋はもうずたずたに切れていて、あちこち傷だらけだった。

「…ううん、どこも怪我してないよー。」

「う、ううっ…ふぇねっくもぶじでよかったのだーっ!!わーーっ!」

 更にわんわん泣き出してしまった。私の太ももに、アライさんのしっぽの感触が当たる。

 本当は怖かったんだろうな…よく頑張ったねぇ…。私は泣いてるアライさんの背中をさすってあげた。













 …しばらくして、アライさんは泣きつかれて寝てしまった。爪痕の残る岩を枕に、すぅすうと寝息を立てて穏やかに寝ている。

 私は…絵を持ってずっと考えていた。

 足元にライターが転がっていた。

 おそらく、アライさんが持ってきたのだろう。ライターを拾い上げて、絵に視線を移した。

 セルリアンは、この絵から生まれたのだ。だけど、セルリアンは絵を真似たのではなく、私達を真似た。

 この絵は持っていたら危険なのでは無いのだろうか?

 今回はどうにか退けることができたし、生まれたのも2体だった。だが、もしどちらかが負傷してたら?何体も生まれたら?

 いつも勝利の女神が私達に微笑んでいるわけではない。…ライターに視線を向けた。

 絵は紙の上に描いている、紙はとても燃えやすい。

 …ライターで燃やしてしまえば、跡形もなくなるだろう。少し怖いが、それよりもっと怖いことから逃れるだろう…だけど。

 この絵は…あの子からもらった絵だ。

 他でもない…アライさんと私を助けてくれたあの帽子の子から…。それを燃やしてしまっていいのだろうか?

 だけど、自分の命には変えられるだろうか?

 でも、もしまたあの子にあったらどんな顔をすればいい?

 本当に大事なものはなんだろうか、またしても私は選択を迫られていた。

 私はライターをしまった。

 絵に罪はない。もちろん、それを描いたキュルルにも。

 だがこのままでは、あの子達が危ないだろう。…あの子達を見つけて、早く知らせなければ。

 …また、旅が始まる。私達を誘うかのように、まばゆい朝日が私達を照らしていた。











 つづく。









































 ~もうひとつのおわり~

 私はライターのボタンを押した。オレンジ色の炎が私の目の前で灯る。

 そして、その小さな炎は紙の端へ燃え移り、手を離すと燃えながら風に飛ばされて…消えてなくなってしまった。

 私は、大事なものを燃やした。

 だが…これで、これでいいんだ。これで、もう忘れてしまおう…。絵も、あの子のことも…。

 私は、ゆっくりとまぶたを閉じた。

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みちのりのはてに。 しろみこさん @siromikosan

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