第30話 時の流れに身を任せて適当に生きる
この世界に転生してから早3年が経った。私を取り巻く環境も劇的な変化を遂げていた。
兄は相変わらず超人気男性声優であり、『ハレアゲ』の2期放送も決まっている。2期が決まるまでが長かったよね。ずっと待っていたんだよ! 原作は佳境を迎えていた。『ハレアゲ』以外にもソーシャルゲームやアニメにも引っ張りだこ。それは3年前も同じか。バラエティー番組のナレーションなどの仕事もこなしている。
「ただいまー」
「おかえり」
特に劇的な変化を遂げたのは姉であろう。2年前に職場恋愛で結婚し、実家を出た。1年前に子どもが生まれた。姉の結婚については兄が一番反対していた。シスコンが結婚を妨げるところであった。フラれたことを機に兄への気持ちが吹っ切れたのかは謎であるが、交際から結婚まで順調のようであった。それでもブラコンという本質に変化はないように思う。ただ、あの猫なで声は聞くことができなくなった。すっかり母の顔である。そして兄は姪にめちゃくちゃ甘い叔父へと変化した。姉と姪が実家に帰ってくるたびにおもちゃやお菓子、服などを買ってくる。正直姉どころか私も、父母も呆れてしまっている。そういう意味では兄も変わったような気がする。いや、あのシスコンっぷりから想像できていたけれども。姉の旦那さんも一緒に実家へ帰ってくると兄は説教をする。可哀想だからやめてあげてほしい。兄があんな感じであっても、どんな姉でも愛してくれる人でいい人だと感心してしまう。
「お姉ちゃん、晩ご飯は食べて帰るの?」
「食べて帰りたいけど帰ってご飯作らなきゃだし」
「そっか。お兄ちゃんそれまでに帰ってこれるかな……」
「にぃーやんにも会いたいけど仕方がないよ。旦那君も疲れて帰ってくるし」
私は無事に臨床実習や国家試験などの地獄を乗り越え看護師として働いている。なかなか苦しい道のりではあったもののこうして働いていられることには感謝している。だって看護師なってなかったらただの引きこもりキモオタニートになっていたよ。保険が利かないニート!
「あんたは今日休みなの?」
「今日は明けだよ」
「そう、お疲れ」
「おつあり」
兄ほど重症ではないけれども私もなかなか姪には甘い。姪は最高に可愛い。子どもが可愛いのか、それとも自分の姪だからかわいいのか。まぁ、どちらも一理ある。
私は結婚や子どもどころか浮いた話がない。何なら友達も相変わらずいないからね! 職場でも必要最低限の会話しか交わさない。常に変化していくことのほうが多いはずなのにこういうところだけは相変わらずで情けなくなる。
「お姉ちゃん、仕事は復帰しないの?」
「そのうち復帰したいけど今は何にも考えてないわ」
「そっか。まぁ、まだ子どもが小さいしねー」
そういえば子どもで思い出したけど、この3年の間で桜之宮さくら先生にも子どもが生まれた。いいお母さんしているのかな? 3年前のカフェで再会したのを最後に先生とは会っていない。勿論先生の記憶が戻ることもない。私の記憶は鮮明に先生との思い出を覚えているのに。もう先生とは知り合いではないけれども今も先生のことは推し声優だし、たまにイベントに顔を出すこともある。そのたびに「なんて残酷なことなのだろうと」感じてしまう。でもそれで良かったのかもしれない。
先生との思い出だけは残ってしまい、転生前の兄妹との記憶は何一つとして覚えていない。むしろ覚えていないのではなく知らないというのが正しい。それを思うと転生前の世界に戻りたかったと思うこともあるけれども、もし戻れたとしたならば拓央君と両想いなのに私は今いる世界にはいられなかった。両想いになれたとして、私がこの世界から消えたら拓央君の想いはどこへ消えるのだろうか。そう考えるとこの世界に留まることは間違えではなかったと思える。
きっと私の想いや記憶はどこへ行っても消えない。もし今ここで存在が消えたとしたら兄や姉の記憶から私は居なくなってしまうけれども、私の中ではこっちの世界での記憶は残ると思う。そんな気がする。転生については何も解明されぬまま、転生前の世界に帰るチャンスももうない。この世界に馴染んでしまい、この世界の住人なのだと自分に言い聞かせる。敷島色乃を捨て、芦原色乃として生きる。そう決意した。
「ただいま」
「え、お兄ちゃん!?」
「ちょっと家の近くまで来たから」
玄関の扉が開く音がしたのでそこまで行くと兄が一時帰宅していた。姉と姪がいるナイスタイミングで帰宅したので偶然なのかそれともやばい力が発動しているのか……、考えると怖くなってくる。
「もしかして冴香と彩歌来てるのか?」
「来てるよ」
「おじちゃんが遊びに行ってあげるぞ!」
語尾にハートマークまで見えそうだ。これから兄の『姪コン』っぷりが炸裂する。姪コンとは、姪コンプレックスのことである。今即興で考えた。
「彩歌、おじちゃんが来たよぉ~」
「あら、にぃーやん。仕事は?」
「ちょっと近くまで来てたから」
「あ、そう……」
姪もどうやら兄のことが好きな模様。そこまで姉のDNAを受け継がなくても良いのに……。兄が居ると特に楽しそうにしている姪。私は姪にも好かれず、嫌われずなポジションである。なんかそれはそれで寂しい。それでも姪の笑顔が見られるならそれでよい。
転生前の世界で憧れた家族というものを実感したこともこの世界に留まって良かったと思う一つの理由である。前の世界に戻っていたらこんな可愛い姪とも出会えなかったし。
声優ガチ恋声豚もちゃんとこの世界の人間として頑張ってるんですよ! 別に帰られなくったって私1人消えようが向こうの世界もこっちの世界も廻り続ける。困ることも地球が爆発することも、人類が滅亡することもない。
2人の姉妹は失恋という傷を負いながら各々の人生を歩んでいる。
声豚転生!今日から人気声優の実妹(いもうと)だしラブコメしたい 金星 @kintantan522
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