第29話 日常生活の中で変化しないものはない

 結局『ハレアゲ』はリアタイ視聴できなかった。勘が当たってしまった。まぁ、リアタイ視聴できなくても見逃し配信やら録画もあるから良いのだけれども。

 今日は土曜日。兄は仕事で姉は休日を友人と過ごすとのこと。自室で録画が溜まっているアニメを見るには絶好の日である。早速昨夜と言うか日付変わって今日放送された『ハレアゲ』を見よう。

 推しと推しとの共演はずっと夢に見てきたことだった。こんな日が来るとは想像もしていなかった。芦原拓央君と桜之宮さくら先生の記念すべき共演作だ。

 録画リストの先頭にある『ハレアゲ』を選択する。未視聴のアニメがずらりと並ぶ。ここ最近アニメ見ていなかったからか。珍しいこともあるものだ。

再生すると第1話特有のOPは流れず、主人公が語り始める。作画も綺麗であり、原作通りと言っても過言ではない。主人公役である拓央君の声もイメージにぴったりである。これから有名なシーンである主人公とヒロインが出会うシーンだ。ここで初めてヒロイン役であるさくら先生が話す。今までの先生のイメージとは違う。演技が開拓されたようだ。その上、ヒロインの声もイメージにぴったりである。「流石うちの推し!」と思わず自画自賛してしまう。いや、自分じゃないから自画自賛とは言わなくね?

主人公がハーレムの中で学園生活を送るラブコメであるが、コメディな雰囲気が1話ではないのもこの作品の特徴である。そのためか真剣に見入ってしまう。良作画も相まって今のところ笑える要素がない。むしろこんな大人気ヒロインの役を勝ち取った先生に対して私のほうが泣きそうである。推しの晴れ姿を拝んでいるような気持であった。

コマーシャルでは早速ブルーレイ&DVDが発売されるという宣伝や、原作、OPテーマの宣伝まで『ハレアゲ』一色である。勿論私は円盤買うよ!

第一話は原作通りに進み、良作画のうちに終了した。次週からは登場人物も増え、ラブコメらしくなるだろう。今回は推したちの演技と作画に魅了される30分間であった。第一話特有のEDテーマは次週からで、OPテーマがEDに組み込まれる演出。それも「あぁ、新しいアニメが始まった」という新鮮な気持ちにさせてくれて好きである。

思っていたよりもいいできであり、推したちの演技に光るものを感じた。兄である拓央君には直接感想を言うことができるけれども、先生には直接伝えられないかもしれない。もし、本当に先生が私との記憶を失ってしまっていたら、そう考えるだけで悲しくなる。結局拓央君と私は結ばれなかったがために赤の他人であることを証明できなかった。二次元と三次元はやはり違う。フィクションの世界では2人が恋をし、両想いになる。しかし、ノンフィクションの世界は違う。両想い、男女の関係にはなれなかった。やはり兄妹であることがこっちの世界では現実なのだ。

 先生が脳内に直接語り掛けてきた時の説明通り本当に私との記憶を失うのか半信半疑であった。試しに先生にRINEを送ってみる。しかし、数日返事を待っても来ない。それどころか既読もつかない。本当に私のことを忘れてしまったのだろうか。

 ふといつも先生と集まっていたカフェに行く。今日は先生がいつも飲んでいたココアを注文する。注文したココアを受け取り、空いている席に着く。1人でボーっと改札から出てくる人たちを見る。その人混みから来るはずのない先生の姿を探してしまう。

 残り少ないココアを一気飲みし、そろそろ帰宅の準備をしようとした時に知っている香りが鼻腔を通り抜ける。甘く、どこか懐かしい。

「先生!」

 この香りと足音がずっと探していた人、桜之宮さくら先生であることを確信し、思わず大きな声で呼びかける。その呼びかけに先生が反応し、私のほうへ振り向く。振り返り美人過ぎでしょ!

「え、うちのこと……?」

「先生、やっぱり……」

振り向いてもらえたから期待していた。「色乃ちゃん」っていつものように笑顔で呼んでくれることを。そんな期待をもあっさり裏切られてしまう。

「誰かと間違ってるんじゃないですか? 先生なんて初めて呼ばれたから」

「あ、そうかもしれないです! 人間違えです。あはは」

 先生が私に関する記憶は失ってしまったということを理解してしまった。適当に誤魔化したつもりだったが、動揺が隠し切れない。

「人間違えには気をつけてね」

「ごめんなさい」

 笑顔はいつもと同じなのに、私の記憶だけ失ってしまったということを知ってしまうと寂しくて、切なくてやるせない。『ハレアゲ』の感想も話したかったのに。せっかく再会したのに。

 先生はレジのほうへ、私は店の外へ行く。先生の後ろ姿を見つめながら先生と私の関係に終止符を打った。きっとずっと覚えていると思う。学生時代に先生が家庭教師として家に来てもらったこと、勉強よりもアニメの話のほうが盛り上がってしまったこと、兄も信じてくれなかった転生の話を唯一信じてくれたこと、全部が思い出だ。思い出でありながら過去でしかない。でも先生には過去なんてない。今が一番大切である。それは先生に限らず私も同様である。

「ありがとう……」

 先生のいる店内に向かって消え入りそうな声で呟く。

 口腔内にほんのり残るココアの香り。鼻腔内のチェリーブロッサムの甘い香りは消え去った。

 人間関係を築くのは難しく、幾多の時間を積み重ねてやっとできるのにぐちゃぐちゃに壊れ、崩れさる時はあっという間である。そして関係はあっけなく終わる。そうやって今まで人間関係が終わってきた。だから友達は作らないし、そもそも友達ができたことなんてなかった。友達だと思っていた人たちは友達ではなかった。先生とも多くの時間を過ごしてきたつもりだったのに。初めて人間関係の構築に努力したのにそれもぶっ壊れてしまった。というか私は何一つ悪くなくない? 拓央君と結ばれないといけないこのシステムが悪いだろ!

 こんな形で日常が変化するとは思いもしなかったけれども日常生活の中で変化しないものはない。変わっていないようで常日頃から何かしらの変化は生じているのだ。私はそう学んだ。

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