第28話 理想と現実は違うということ
さくら先生と会って話してから一週間が経った。「またね」の一言が今でも心に残る。いつも別れ際は「またね」って言い合うはずなのに。今回だけは心の中でざわざわする。
明日は遂に『ハレアゲ』の放送が開始される。待ちに待ったアニメ化なのに何だかテンションが上がらない。リアタイ視聴予定であるが、ちゃんと見られるだろうかという謎の不安が生まれる。
今日も兄は帰宅が遅いらしい。兄を待っていると多分リアタイ視聴できるだろう。そう思って兄の帰宅を待つ。
今日は姉も私も各々入浴済みである。最近は兄妹で入浴することが少なくなってきている。やはり兄の帰宅が遅かったり、そもそも帰宅しないことが多くなっていることが原因であろう。まぁ、流石に推しと一緒に入浴とか照れるしいいのだけれども。
姉は告白してからというものあいかわらず猫なで声で兄とは話す。しかし、兄の帰宅が遅い日には出迎えに来なくなった。心情の変化なのかそれともただ単に起きていられないほど遅くに兄が帰ってきているのか分からない。私は長年の深夜アニメリアタイ視聴歴があるので夜更かしは得意である。そのため、私だけ兄を出迎えることもしょっちゅうだ。
現在深夜2時、姉や父母も眠りについている。兄はまだ帰宅しない。『ハレアゲ』放送開始時刻は2時25分だ。あと25分。リアタイ視聴への不安は何だったのかきちんとテレビの前で待機している。刻々と放映開始時刻に近づく。
放送開始時刻10分前のことである。頭痛が走る。
「痛っ!」
まるで後ろからハンマーのようなもので殴られたような痛さである。実際そんなことがあると病院に救急搬送された方が良いのだが、私は行けなかった。その場に倒れこみ、目が開かない。まるで金縛りのように身動き一つすら取れない。
「色乃ちゃん、ごめんね。うち、色乃ちゃんとの約束守れそうにない」
どこからか先生の声がする。するはずのない声。どこから? 脳内に直接語り掛けている。
「何ですか? 約束って?」
「『またね』って言ったのにもう会えないかもしれない。私の中の色乃ちゃんとの思い出や色乃ちゃんの存在すらもゼロに等しい」
先生の声と私は会話ができるようだ。
「それってどういう意味ですか!?」
「元々うちらがこうして出会ってしまったこと自体がこの世の矛盾なのは分かる? 色乃ちゃんが転生する前の世界でうちらは知り合いやった。でも、この世界でもうちらは知り合い。そんなはずがないねん。今いるこの世界に敷島色乃という人間は存在しないはずやのにうちにはその存在しない人間との記憶があるっておかしいねん」
「言いたいことは分かります」
「だからこの世界に色乃ちゃんは存在してはいけない。早く前居た世界に帰って!」
「そんなこと言っても帰る手段は分からないじゃ……」
ほわほわお姉さんのいつもの口調とは思えないほどきつい。そして私の言葉を遮って言う。
「帰る方法はただ一つ。拓央君と結ばれること。血の繋がりにこだわりを持つ拓央君と結ばれることで色乃ちゃんと拓央君が血の繋がらない赤の他人であることが証明されるから。しかし、フラれてしまった場合は赤の他人であることが証明されず、この世に存在し続けなければいけない。その上うちと色乃ちゃんは赤の他人ということになる。それで矛盾はなくなる」
「もし、結ばれたとしてもお兄ちゃんや先生とはお別れ……?」
「そういうことになるの。でもうちと色乃ちゃんの関係性は消えない。『前居た世界に帰って』と言ってしまったけど、どうするかは色乃ちゃんに託したわ」
「待って! 先生!!」
さっきまで身動き一つ取れなかったのに手足も動くし、目が開く。あの激痛も嘘のように消え去った。気が付くと『ハレアゲ』放送開始まであと1分。
玄関の扉が開く音がした。兄が帰ってきた。すぐさま階段を駆け下り、兄に抱き着く。
「お兄ちゃん! おかえりなさい!」
「びっくりした! ただいま。」
「ねぇ、お兄ちゃん。今から話すこと信じてもらえないと思うけど聞いてほしい。そして返事をちょうだい」
「お、おう……」
「お兄ちゃんあのね、私はお兄ちゃんの妹じゃないの。私は赤の他人。敷島色乃って名前なの。お兄ちゃん、いや、声優芦原拓央のただのファンなの。何故かこっちの世界に転生して私たち兄妹になったの。お兄ちゃんは私のこと変だって思ったことないの? お兄ちゃんが話してくれる思い出話を一つも覚えていないことや、女装してもらった時に知らない学校の制服持っていることとか。桜之宮さくらさんとやたら親しかったのは転生前の世界で家庭教師をしてもらっていたから。これが証拠のツキッター。私、敷島色乃のアカウント」
兄は頑張って理解しようとしてくれていたが、なかなか理解が追いつかない様子である。うんうんと頷くだけだ。決定的な証拠として何故か残っていたツキッターアカウントを表示した。しかし、そう甘くはなかった。
「エラーになってるぞ」
「本当だ! 何で!? 昨日まであったのに!」
「あまり理解できないが話を続けて」
「お兄ちゃんとしてじゃなくて芦原拓央君という男性として好きです! 付き合ってください!」
「赤の他人だから好きそういうことか?」
「そういうことになってしまうね……」
「ごめん。俺にはやっぱ理解できないし、色乃との思い出があるから。色乃にはなかったとしても。色乃生まれてきた時のこと覚えてるし。妹としてしか見れない」
「そう……。分かった。ごめん、疲れてるだろうに引き留めて」
「いいんだ。でも好きって言ってくれてありがとう。俺も色乃のこと好きだし、愛してる」
「やっぱりそういうことさらっと言えちゃうんだね。いつも仕事で言ってるから?」
「そんなことないよ」
「そうだよね。私も愛してる。形は違うかもしれないけれども」
「それはしかたがねぇーことじゃないか? 色乃にとっては赤の他人だし」
「何それ、冷たい。でも私が言い出したことだよね」
「色乃も疲れてるだろう? 早く寝ろよ」
「うん、おやすみ」
「おやすみ。愛してる」
「愛してる」という言葉が滲んで汚くなる。理想と現実は違う。結ばれることが理想だとしたら血の繋がった兄妹であることが現実だ。
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