第26話 屍のようなシスコン

 つい言葉が先走る。

「そんなことに意味なんてないじゃん」

姉と兄は私のほうを見つめ、暫く沈黙が続く。この沈黙味わったことがある。グループワークで私が発言すると流れるやつ。だから私は発言しなくなるんだよ!

「あ、えっと、そういうことだよ!」

「どういうことだよ!」と自分でもツッコんでしまう。自分で自分のフォローもできない恥ずかしさがこみ上げてくる。

「そうよね、意味がないことよね……」

 姉のことだから反論するかと思っていたが、あっさり認められてしまった。兄は俯いてしまう。

 再び沈黙が続くかと思いきや姉がぽつりぽつりと話し始める。

「あのね、実は好きな人がいたの。でもフラれちゃった」

 そんな急なカミングアウトに若干1名めちゃくちゃ動揺しているんだが……。いや、私も驚いているけれども。この人は重傷だよ。言わずもがな兄だけれども。そんな兄をよそ目に話を淡々と続ける。

「初めてにぃーやん以外の人を好きになったかも。こんなに優しくしてもらって惚れたのも初めてだし、年齢的にも焦っていたのも事実」

 もう兄のHP(ヒットポイント)はないに等しい。まるでセミの抜け殻のようだ。もう哀れで見てられないので兄のほうには目は向けないようにする。

「相手は本当に私のこと好いていてくれたかは分からない。好意を抱いてくれているものだと思っていたけど。にぃーやんのことも昔あったことも全部話して……、『何も気にしない』って言ってくれたのに」

話が進むにつれ嗚咽を漏らす姉。ここからは無理に話をさせなくてもいいと思ったが、姉はまだ話を続ける。

「相手がある日にぃーやんのことを調べたみたい。思っていたよりにぃーやんが有名人だったこと、私がブラコンなこととかが原因だって。ひっそり暮らしたいし、兄と自分を比べて劣等感が生まれるから一緒にはなれないって」

 姉の話を聞いていると自分勝手な相手だなと思う。私には現実の恋愛なんて分からない。私の恋愛経験ではシチュエーションCDで一方的に好き同士になってしまう、もしくは声優や二次元のキャラクターを一方的に好きになるからだ。人間って難しい。恋人どころか友達すらできないし。

 姉は誰も発言しないことを確認し、再び話し始める。

「相手も『好きだ』って言ってくれて、ずっと両想いだって思っていたのに……。やっぱり私のこと好きでいてくれるのはにぃーやんしかいないような気がして。血の繋がっていなければ付き合ったり、結婚できるのかなって思ったの。血が繋がってたら好きになっちゃダメなの?」

 さっきまでセミの抜け殻だった兄が口を開く。

「もしもの話をしても仕方がないし、冴香と兄妹として過ごしてきた時間はかけがえないから否定しないでほしい」

 姉はハッとし、口を押さえながら謝った。

「ごめんなさい。にぃーやんと過ごしてきた時間を否定したかったんじゃないの」

「そんなつもりがないのは知ってる」

 兄と姉のやり取りをそっと見守るしかなかった。私はやっぱり赤の他人でしかないから。兄や姉、家族の中では私はずっと兄妹であるが、私の中では私は他人であり、どこか壁を感じる。それが切ない。

 姉は顔に伝った涙を拭い、兄の方へむき直す。そして大きく深呼吸をし、覚悟を決めたように真剣な眼差しで言う。

「にぃーやん、私はやっぱり一番にぃーやんのことが好きだよ。世界一、宇宙一。そんなありきたりな言葉しか出ないけど。でも誰よりもにぃーやんのこと愛してるよ! 私は血の繋がった兄妹でもいいの。世間体とか法とかそんなのどうでもいいの……。兄妹でも愛があれば私はそれで……」

 兄は姉の言葉を遮るように言う。

「ダメ。冴香が俺のこと好きでいてくれるのは嬉しいし、俺も冴香のこと世界、宇宙一愛してる自信はあるがそれでもダメなんだ。やっぱり兄妹以外の何者にもなれないんだよ」

 最後の一言は弱々しかった。でもそれが兄なりの妹への愛し方なのだ。どうあがいても兄妹では結ばれないのが現実なのだ。世界中を探せば血の繋がった兄妹でも結ばれた人たちもいるだろう。しかし、それはこの兄妹にとって非現実的なのだ。

「そっか。どうアプローチしてもにぃーやんは変わらないんだね。にぃーやんらしいと言えばにぃーやんらしいかも」

 そう小声でクスッと微笑む姉は吹っ切れたように見えたのだった。

「ごめん……。俺のこと好きでいてくれて、愛してくれてありがとう。嬉しいしぞ」

 照れながらも最後の最後に添える言葉イケメンな兄。だーかーらー、そういうところが勘違いしそうになるんだよ! と心の中でツッコんだ。

 愛の形というのは難しい。いろんな愛の形があり、みんな誰かに愛を注いでいる。

 姉の告白から一夜が開け、いつものように猫なで声が聞こえてくる。「何歳児だよ! 27歳児だろ!」と思わず言いたくなる。しかし、今は年齢のことに触れるのはタブーだ。と言うか今後一切年齢について触れると殺されるかもしれない。

「にぃーやーん、おはよ! お弁当作ったから食べてね」

「ありがとな」

「えへへー、いいよ」

「じゃ、行ってくるな」

「いってらっしゃーい」

 昨夜のこともあったし、今朝は兄を見送る姉と仕事に行く兄の2人きりにしてやろうと配慮する。まぁ、階段の上からこっそり見てるんですけどね。

 兄が家を出たのを確認し、階段を降りる。

「お姉ちゃんおはよう」

「おはよう」

 さっきまでの猫なで声は何処へやら。姉は低いトーンで昨夜の話をしてくる。

「そ、その……、昨日は恥ずかしいものを見せたわね。ごめんなさい」

「いいよ。そんなこと」

「あと、ありがとうね。今日は2人きりにしてくれて」

 どうやらこっそり階段の上で様子を見ていたことがばれていたらしい。しかし、何も知らないふりをしてはぐらかす。

「何のことやら」

「はぐらかしても無駄よ。私にはお見通しよ」

 やはり姉は強し。負けた。

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