第24話 両手を左右に激しく振る、腕を振り回す、上半身を反らすなどの過激な応援行為は禁止とさせていただきます
姉が帰ってこなかった週末から2週間が経った。兄が心配し過ぎてRHINEを送りまくっていたらしいが、特に何もなくケロッとした表情で帰宅された模様。
それから2週間後、ついにこの日がやってきた。
「眠いし、寒いんだけど!」
「まぁまぁ、お姉ちゃん。そんなこと言わずに。物販はそういうものだよ」
「この行列、横断歩道5つ分まであるわよ……」
「いつもこんな感じだよ」
「あぁ、そう」
今日は拓央君と夕樹君のユニットのライブである。姉の説得に成功した。最初は興味ない!の一点張りであったが、「お姉ちゃんの知らないお兄ちゃんの姿が見れるよ」とか、「せっかくお兄ちゃんかっこいいのにもったいないなー」と煽ることによって連れ出すことに成功した。
姉も本当は兄の活動について興味あるみたいで、貸したCDをちゃんと音楽プレイヤーに落とし込んでいたり、ユニットの公式ホームページを覗いたり事前学習をしていたようだ。
既に物販は開始の時刻を過ぎているが、なかなか列は動かない。そう思っていると急に一気に列が動く。まるで大名行列のようだ。先の方からは音楽が微かに聴こえてくる。物販会場に近づいている証拠だ。
「あ、もうそろそろだね」
「そうなの?」
「音楽聴こえてくるでしょ?」
「うん。あ、この曲案外好きだと思った曲」
「私も好き! 恋愛をテーマにした曲が多いけどこういう仲間を思う曲もいい」
「そうね。アップテンポなメロディーにも惹かれたわ」
「あ~、確かに。案外お姉ちゃん分かり手だね」
「そ、そんなことないわよ」
語っている時のお姉ちゃんは新鮮な物に触れたようなキラキラした目だったのに、褒めると照れてぷいっとそっぽ向いてしまう。そういう反応を見るのも楽しかった。今まで誰かとライブに来ることなんてなかったから。
ライブ会場付近の駅では明らかこのライブに来る人がたくさん居た。それはオタク知識に疎い姉でさえも何となく同じライブに行くであろうことを察することができていた。だから明らかなオタクを見て最初は怯えていた。いつまでも嫌な思い出は消えない。姉は深い傷を負いながらも私のわがままに付き合ってくれた。でも段々慣れてきたのか、怯える様子もなく物販に付き合ってくれている。流石適応能力が高い姉だ。
拓央君こと兄について語っているとすぐに物販会場に着き、ライブ会場限定グッズやCDを購入する。これこそ爆買いである。姉もコンサートライトとブロマイドを購入する。そして物販会場から少し離れた場所で購入したブロマイドを眺めながら姉は小声で呟く。
「やっぱり、にぃーやんかっこいいな……」
「でしょ!」
思わず前のめりになってドヤ顔で姉に問いかける。布教したコンテンツに他人がはまってくれるのが嬉しいのがオタクの性である。
ワイワイ盛り上がっている会場付近で思わぬ会話が聞こえてくる。
「あの子、めっちゃ拓央に似てない?」
「確かに。横顔がそっくり」
「もしかして妹だったりして」
「そんなわけないでしょ。めっちゃ小さいし。拓央の妹なら遺伝でもっと大きくなるでしょ」
「それは言えてる」
全く見知らぬ女性ファン2人組の声であった。勘が良すぎるというか、よく他人のこと見ているというか、褒められたことではないが感心する。その2人組の声が姉の耳にも届いていたのか再び怯える。
「また嫉妬されそうで怖い。ここはにぃーやん目的で来ている人が多いし」
「大丈夫だよ! 私たちが兄妹なんて特定しようがない人たちだから」
「そうかしら……」
「まぁ、ここじゃ寒いし、落ち着かないからちょっと離れたとこ行こう」
「うん」
姉はバッグからマスクを取り出し、装着する。その姿はさっきまでの覇気が全く感じられなかった。うつむいて、更に小さくなってしまっているようにも見える。
始発電車に乗ってライブ会場に到着してからグッズを購入するまで約4時間。流石に疲れる。でも4時間程度で済んで良かった。
ライブ会場から3駅ほど離れた場所に行くとオタク燃えるゴミ……ではなく、人混みは解消される。同じライブに行く人もちらほら見かけられるが、大分姉も落ち着いた様子である。
「お姉ちゃん、もう大丈夫だよ。それに会場に行っても大丈夫。私がついてるから」
「いつもより頼もしいわね。分かったわ。あんたに任せる」
そう言いながらさっき装着したマスクを外す姉はどこか一皮剥けたようだった。
しばらくショッピングモールを見たり、カフェでゆっくりしてからライブ会場へ向かう。その時はマスクを再び装着する。マスクがあるとやはり横顔は分かりにくいので目立たない。身長は遺伝的ではないのに対し、横顔はとても遺伝的だからな。劣性遺伝とかその辺の生化学を思い出す。ライブの日までそんなこと思い出したくねぇ!
ライブ会場の最寄り駅は混雑により身動きが取れない。会場に入ることができたのは開場30分後のことである。
やっとの思いで指定席に着き、コンサートライトなどの応援グッズを準備する。私は勿論拓央君のイメージカラーであるイエローのコンサートライトを片手に四本ずつ、計八本を操る。必殺技バルログで。必殺技も何もオタクはバルログ得意だろ? 私なんか手が小さくて不器用だからコンサートライトを八本しか操ることができない。本当はもっとイエローで埋め尽くしたいのに。ごめんね、拓央君。
それを横目にドン引きしている姉。姉は先ほど買ったコンサートライトに私が貸したコンサートライトを片手に一本ずつ持っている。なんか可愛い。
私たちの座席はアリーナ席で広い通路側である。これは……! 姉に一番端の席を譲る。その方が姉の精神的にも思い出にもいいだろう。
音楽が大音量でかかっており、既にコンサートライトを点け、振っている人もいる。会場のボルテージは上がってきている。
開始時刻になると今までかかっていた音楽が止まり、会場が暗くなる。そして拓央君と夕樹君の読む注意事項が始まり、会場中からは歓声が聞こえてくる。注意事項が終わると正面にある大きなスクリーンからカウントダウンが始まり、会場中も声をそろえてカウントする。勿論私たちも。
カウントが終わると炎を使ったド派手な演出で拓央君と夕樹君が登場する。1曲目は物販に並んでいた時に姉も好きだと言っていた曲から始まる。姉もコンサートライトを曲に合わせながら振る。私もバルログしたコンサートライトを振る。ちなみにぐるぐるはしない。しかし、大声でコールはする。もはや奇声ではないかと思われる。それにドン引きするの辞めてよ、お姉ちゃん。
姉は何だかんだ目をキラキラさせながらライブを楽しんでいる様子。興味ないとか言ってたくせに。まったくもう、素直じゃないんだから!
拓央君と夕樹君はトロッコに乗って座席と座席の間の広い通路を渡る。トロッコは距離感近くてやばい。トロッコに乗った2人の距離が近い遠い関係なく、会場中の黄色い歓声は耳が痛くなるレベルまで上がる。そして、二人を乗せたトロッコが私たちの目の前を通過する。拓央君もとい兄は私たち姉妹に気が付き投げキッスとウィンクをしてくれる。これはガチ恋勢あるある『私に向けてくれたファンサ』である。姉もこれには嬉しそうな表情であり、やはり連れてきて良かったなと初めて思った瞬間であった。
どんどん次の曲へと進み、今回のライブについてのトークも交えながらあっという間に楽しい時間は過ぎる。「次の曲が最後の曲です」と告げられると、会場中から終わりを惜しむ声が響く。しかし、曲は始まり、そして終わる。2人は舞台袖へと消えていった。
最後の曲が終わった直後から会場中から「アンコール」という声が響き渡り、それに合わせてコンサートライトが揺れる。姉も会場に居る一員として「アンコール」と叫ぶ。しばらくすると拓央君と夕樹君がライブTシャツに着替えて登場する。まだまだ歌っていない曲はある。2曲歌った後に2人は笑顔で「アンコールありがとうございます」とファンに向けて言う。その笑顔はどんなコンサートライトやサイリウムよりも眩しい。
アンコールでは歌うだけでなくライブの感想を述べる2人。「今日のライブ盛り上がって超楽しかった! 終わりたくない」と。拓央君が言うとファンからも同意の声が挙がるが、そういうわけにもいかない。次の曲が最後だと告げられては会場中が寂しさに溢れる。そして2人の「本日はご来場いただき誠にありがとうございました」と言う声がマイク越しに聞こえる。しかし、私は重要なことを見逃していなかったし、大多数のファンもきっと見逃していない。あることを。
再び二人は舞台袖に帰る。その直後から「アンコール」の声が会場中を地響きのように揺らす。姉は困惑気味である。そう、これがダブルアンコールだ。それに応えてまた2人が何らかの形で登場することは予想できる。何故なら、イヤモニを外さずに挨拶し、戻っていったからだ。
ダブルアンコール後は2人がスタンド席の周りを一周する。アリーナ席のみならず、スタンド席のファンにも嬉しいサプライズである。ライブ会場限定CDに収録された新曲を歌いながら、走る2人。会場のボルテージはさっきのアンコールよりも上がり、最高潮である。
スタンド席の周りを一周し終わり、ステージに戻った2人はイヤモニを外し、ピンマイクをオフにしてから手をつなぐ。そのつないだ手を上に挙げ、2人声を合わせて「本日はご来場いただき誠にありがとうございました」と言い、深々とお辞儀をする。お辞儀は1分以上続いていたと思う。お辞儀が終わるとファンのみんなに向けて投げキッスをしてくれる拓央君に会場中がメロメロになる。そういうことをすぐするから勘違いしちゃうんだからね!
これが本当に最後である。終演のアナウンスが流れてくる。もはや誰も聞いていないのでは。皆がそれぞれライブについて口々に語り始める。それは私たち姉妹も同様である。
「お姉ちゃん、どうだった?」
「キラキラしてて、最高だった。にぃーやんには酷いこと言っちゃったけど、やっぱり声優でいてくれて良かった。こんなにたくさんの人を幸せにできるなんて誇らしいことだよ」
「そうだね。やっぱり拓央君……、お兄ちゃんは最高だね!」
「うん」
二次や声優などのサブカルチャーにより深い傷を負った姉をも笑顔をにし、幸せな気持ちにさせてくれるそんな兄が誇らしかった。
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