第23話 色乃と拓央は変わらないが、冴香は変わっていく
もうすぐで拓央君の組んでいるユニットのライブがある。勿論関係者席ではなく、ファンクラブ会員として参戦する。転生後にまたファンクラブ入り直したんだよ! 偉い!
今回は両日ともに2枚チケットを確保してある。姉と行きたかったから。拓央君の、兄の声優としての姿を見てほしいからだ。
ライブのリハーサルも大詰めになってきており、最近は帰宅時間が遅い。しかし、今日は珍しく早く帰ってくるそうだ。それでも日付が変わった頃にしか帰ってこないだろう。それまでに姉が帰ってくるはずだ。
一人で家にいても何もすることないし、ライブの予習として過去のライブDVDでも見るとする。どんな拓央君もかっこいいし、イケボだし、面白いし最高なんだよなぁ……。感嘆のため息をつく。素晴らしいパフォーマンスに会場一帯のコール、揺れるサイリウムの波。これぞライブである。
今日はお母様とお父様と夕飯を食べ、風呂に入って再びライブDVDを鑑賞する。これは姉にも一度は見てもらいたい。しかし、オタクにいい印象を持っていない姉をそのような場所へ連れて行けるだろうか。そこは無理してほしくない。姉に意向を聞いてみようと思う。
ライブDVDを見ていると時間を忘れちゃうんだよな。もう日付が変わっている。しかし、姉は帰ってこない。そんなこと思っていると玄関が開く音がする。姉が帰ってきたのかと思い、玄関まで行くと兄がいた。
「ただいま」
「おかえり、お兄ちゃん。お姉ちゃんから連絡来た?」
「いや、何も。まだ帰ってないのか?」
「連絡来てないし、まだ帰ってないんだよね」
「珍しい。まぁ、いい大人だしそんなに心配しなくてもいいんじゃないか?」
シスコンらしからぬ返答であるが、言いたいことは分かる。しかし、そこで兄を煽るのが末っ子というものですよ。
「でも、想像してみて。もし暗い夜道で一人歩いていたとして背後から痴漢されたり、最悪通り魔に遭ったらどうするの? お姉ちゃん小柄だから抵抗できないよ。きっと怖いよ!」
「そ、それはかなりまずい。冴香は世界一可愛い妹だからな! 絶対汚らわしい虫が付いてくる! そんな虫に指一本触れさせないぞ!」
流石シスコン! ネットでの煽り耐性はあるくせに妹のことになるとまるでダメだ……
。
「ていうか、お兄ちゃん! 『冴香は世界一可愛い妹』ってどういうこと? 私は!?」
ぷくーと頬を膨らませながら聞く。それにドヤ顔で答える兄はやはりシスコン。
「勿論色乃も世界一可愛いに決まってるだろ!!」
「お、お兄ちゃん……!」
私は涙しながら兄と熱い抱擁を交わす。何だ、この茶番劇。
「とりあえずRHINE送っておこう」
「だな」
「お兄ちゃんは風呂入ってきなよ。私は今度のライブの予習してくるからさ!」
「お、おう……」
何でそこは引き気味なんだよ……。喜べよ。
姉にRHINEを送ると思っていたよりも早く返事が来た。ライブ鑑賞を終えたので、ナイスタイミングで風呂から上がってきた兄に報告する。
「お姉ちゃん今日は友達の家で泊まるんだってー」
「そっか、変な虫に襲われていなさそうで何よりだ」
嬉しそうにしているけれども、あのー……、服を着てください。私には刺激が強すぎます!
目を逸らしながら会話を続ける。やっぱり姉についてだ。
「お姉ちゃんが家に帰ってこないって珍しいよね?」
「それもそうだな」
「お姉ちゃんが家を出る時『日付が変わらないうちに帰る』って言ってたのに。それにお兄ちゃんがいつもより早く帰ってくること教えてこんなことってある?」
「たまには友達と過ごすのもいいんじゃないか」
「友達と過ごすのはいいけど、あんなにお兄ちゃん大好きで、お兄ちゃんを迎えることをスタンバイしているんだよ? なんかおかしくない?」
「それは、まぁ……。もしかして、兄離れ!? ヤダ!」
「あのお姉ちゃんのことだしそれはないでしょ」
「でも、あんなに世界一可愛くて、世界一美人で、世界一優しい女の子だから……、まさか、彼氏か!? 彼氏なのか……」
まだ確証がないどころか兄の勝手な妄想だけなのによくそこまで落ち込めるな……。まるで子供を目玉焼きにされた親ニワトリの画像のようだ。
「色乃は彼氏なんていないよな!? お兄ちゃんが認めた相手じゃないと許さん! RHINEとかでオンナになってないよな!?」
「安心して、お兄ちゃん。彼氏どころか友達もいないから!」
「ごめん」
そんなガチなトーンで謝んないでよ! 自分で言って辛くなってきたわ。
「まぁ、彼氏とも決まっていないし、連絡ついたからいいじゃん。今日はとりあえず休もう。ね?」
「そうだな。明日も朝早いし」
「お疲れ様。おやすみなさい」
「ありがとな。おやすみ」
それぞれ自室に行き、寝床へ就く。
翌朝下の階からの物音で目が覚める。どうやら兄はもう家を出るようだ。玄関から出ようとする兄の姿が見えたので声をかける。
「いってらっしゃい。今日も頑張ってね」
「色乃、起こしてしまったか。悪い。いってきます」
目をこすりながら兄に手を振る。それに気付いたのか兄は振り返る。
「今も昔も変わらないな。色乃は俺の物音で目を覚まして玄関まで来て見送ってくれる。だから実家を出られない。」
「昔って?」
「色乃が小学校に入るまでの頃かな」
「そう。早く行かないとダメなんじゃないの?」
「あ、そうだ。いってきます!」
「いってらっしゃーい」
兄も私の知らない私との思い出話をする。また複雑な感情が生まれる。まるで私が知っているかのように話されても返答に困るし、何より過去の自分の人生を悲観的に捉えてしまう自分がいる。そのような複雑な感情との戦いが待っていようとは転生直後は思ってもみなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます